8 あと2回
それからの2ヶ月間、私たちは毎週天気の良い日にはいつもの木の下で会った。週に一度の約束の日に、何回か雨が降った。雨宿りができるような場所は木の根元しかなく、どの程度の雨ならば会うのかを決めるのは難しかったので、雨の日は会わないという約束をしていた。
私は毎日、次の約束の日も晴れるようにと祈っていた。祈りが届かず会えなくなってしまった日には、ルーとの思い出をつづっている水色の日記帳を抱えて窓辺に座り、日記をパラパラとめくったり窓から外を眺めてルーといつものあの場所のことを思い浮かべたりして、来週こそは会えますようにとまた祈った。
約束の日の前日はいつも期待のあまり眠れず、マリーに「明日思いっきり楽しむために今日はゆっくり寝ましょうね」とたしなめられた。当日の朝はマリーが起こしに来る前に飛び起きて、カーテンを開けて天気を確認し、晴れているのを確認すると大急ぎで支度をして待ち合わせの場所へ急いだ。
たくさんのことを話して、たくさんの遊びをして、たくさんのおいしいものを食べた。家族に愛をそそいでもらって過ごした今までの日々も幸せだったが、ルーと過ごす時間は今までとはまた違った刺激ばかりで、新鮮で、楽しかった。
それでも、時々ルーが私のことを貴族ではないと認識してくれていることが分かる発言をすると、胸がずきんと痛んだ。私はルーにこれほどにも幸せな時間を過ごさせてもらっているのに、ルーに対して大きな嘘をつき続けている。ふとその事実が頭をよぎった時にルーの笑顔を見ると涙がじんわりと浮かびそうになって、あわててまばたきをしてごまかす。優しいルーをだましている私に泣く資格はない。
そんな中、私には王都に帰る日が迫っていた。私は、もう会えなくなることを未だルーに伝えられずにいた。でも、ルーには今は親戚の家に遊びに来ていて普段は王都に住んでいるのだと伝えてあるから、賢いルーはきっとそろそろ私が王都に帰ることを察しているだろう。
私がルーと会えるのはあと2回。次こそはちゃんと伝えなければ。
「そうか。王都に帰るのか。来週が最後なんだね」
私の説明を黙って聞いていたルーは、静かに言った。
「フィーの実家は王都にあると聞いたときから、きっと近いうちに帰るのではないかと予想はしていたんだ。むしろ思っていたより長かったくらいだよ」
少し寂しげに笑うその顔に、私は目を伏せた。
「よし、それならすべきことは決まってるね!」
ルーが突然すくっと立ち上がった。「すべきこと」というのが何を指しているのか分からず、私はぽかんと口を開けてルーを見上げた。
「すべきことって?」
「思い出作りに決まってるだろう! さあ、あの遠くの岩まで競争だ!」
いたずらっぽくにやりと笑って、ルーは走り出した。私も慌てて後を追う。
ルーに少し遅れて岩に触れた私は、呼吸を整えながらルーをにらんだ。
「ちょっと、ルー! 先にスタートするのはずるいわ! 私、立ってもいなかったのに!」
「ごめんごめん、次はちゃんと同時にスタートするよ」
ルーは肩をすくめて、木の枝で足元に線を引いた。
「この線がスタートで、先にあの木に触れた方が勝ちだ。いいね?」
「もちろん!」
私たちは、木と岩の間を何度も往復した。身長にあまり差がない私たちの足の速さはほぼ互角で、勝ったり負けたりを繰り返し、時には大きな声で笑って、時には本気で悔しがった。帰る時間になる頃には私の沈んだ気持ちはとっくに消えていて、心地よい疲れと高揚した気持ちだけが残っていた。
「今日はありがとう。こんなに走ったのは久しぶりだ。よく眠れそうだよ」
ルーは気持ちよさそうに伸びをした。
「そろそろ帰ろうか」
「待って!」
帰ろうと歩き出したルーを、私は慌てて引き留めた。
「ありがとう。私、話をしていたら悲しくなって。ルーがあの時競争しようって言ってくれていなかったら、ルーと過ごせる貴重な時間を無駄にしてしまっていたかもしれない。本当に、ありがとう」
ルーはおだやかに目を細めて私を見つめた。
「フィーも楽しかった?」
「もちろんよ! とっても楽しかった!」
私はぶんぶんと顔を縦に振った。
「それなら良かった」
にっこりと笑ったルーは、「また来週」と手を振って馬車に乗り込んで帰って行った。
私もマリーの待つ馬車に向かおうとして振り返り、見えなくなるまでルーの乗る馬車を見送った。ルーのあたたかさに包まれて胸がぽかぽかとしていた。
ルーと友だちになれて良かった。
強くそう感じた。