7 そのお味は
いつもの場所に到着した私の目に一番に飛び込んだのは、淡いピンク色に染まった2本の木だった。
1週間前には一輪しか花をつけていなかったその木は、今は咲きこぼれるピンク色を悠々と抱えて、風に枝を揺らしていた。
木のふもとに歩み寄って木を見上げる。満開の花は風に吹かれ、はらはらと花びらを散らしていた。
先週、たった一輪だけで咲いていた花を見た時は繊細さに息をするのもためらった。
しかし、一斉に咲きほこると、その一輪一輪の繊細さが嘘のように思えるほど、力強く、美しかった。
私は木の幹のすぐそばに布を敷いて座り、その太い幹に背中をあずけた。そこから見える周囲の草花も、空も、枝の合間から降りそそぐ陽の光も、やさしくてあたたかい。
舞い降りる花びらをそっと手で受け止めて、光に透かした。花びらは、淡いピンク色ではなく透明な白色に見えた。
ぽかぽかとした春の陽気に包まれて、私はそっと目を閉じた。
風のせいだろうか。髪が動くのを感じて、うとうとしていた私は少し重いまぶたを持ち上げた。
「あ、起こしてしまったかな」
誰かがつぶやく。まぶたが重い。私は重力に逆らうことなく再びまぶたを下ろした。
「また寝た?」
誰だろう。少し考えて、ルーの声だ、と気づいた。
そう、ルーの声ね。ルー。あれ、どうしてルーの声がするの?
そこまで考えて、私はぱっと目を開けた。ルーは目を丸くして、慌てたように口を開いた。
「ご、ごめんね! 起こすつもりはなかったんだ。気持ちよさそうに寝ていたし」
「うん」
私は寝ぼけながら返事をした。あくびをかみ殺しながら立ち上がって伸びをする。ルーがなぜか気まずそうに後ずさった。
「ほ、本当にごめん」
「いいえ、待ち合わせしてたのに寝ててごめんね」
「気にしないで、これほど気持ちいい天気なんだから眠くなるのも当たり前だよ」
ルーは少し私の様子をうかがっているようだったけど、私が謝ると優しく笑って許してくれた。思う存分伸びをしてすっきりした私は、再び木の根元に敷いた布に腰を下ろした。
「ほら、ここに座って! 昼食にしましょう」
私を見下ろす形になったルーに、右隣りの空いたスペースをぽんぽんと叩いてうながす。ルーは何も言わずにおとなしく横に座った。私は持ってきたバスケットの中でサンドウィッチの包みを開けてルーに見せた。
「今日の昼食はサンドウィッチにしてみたの。中身は4種類なんだけど、ソースで味付けしたお肉ときゅうり、卵ときゅうり、レタスとハムとチーズ、レタスとささみとトマトなの。食べたいものがあるといいんだけど」
ルーがいろんな味を食べたいと言っても好みの味のものをたくさん食べたいと言っても問題ないようにと考えて、バスケットの中には少し小さめに切ってあるサンドウィッチがそれぞれ4つずつ入っている。全部嫌いだったらどうしようか。ルーは優しいからどれも嫌いでも我慢して食べようとしそう。そんなことを考えながら来たのだけど。
「わあ、とってもおいしそうだ! フィーが良ければ全部食べてみたいな」
目を輝かせたルーに、私はほっとしてバスケットを差し出した。
「もちろんよ!」
ルーは早速卵ときゅうりのサンドウィッチを手に取ってかじった。
「おいしい!」
シンプルだけど何よりもうれしいその言葉にくすぐったい気持ちになって、ふふっと笑い、私も同じサンドウィッチを食べることにした。口の中に広がるバターの風味と、卵のまろやかさ、きゅうりのさっぱりさが合わさってとてもおいしい。
「おいしいね」
ルーに笑いかけると、ルーも「うん!」と満面の笑みを返してくれる。私が1つのサンドウィッチを食べ終わるまでの間に、ルーは残りの3種類のサンドウィッチもそれぞれ1つずつ平らげ、おいしいという言葉をくれた。私がソースを作ったお肉ときゅうりのサンドウィッチの味が一番心配だったのでこっそり表情を盗み見ていたけれど、口に入れた瞬間に少し目を見開いてぱくぱくと食べていたので安心した。
4種類のサンドウィッチを勢いよく食べ終えて、ルーはふうっと一息ついた。
「ねえルー、どの味が好みだった?」
少し気になったので聞いてみる。ルーは少し考えて答えた。
「そうだな、どれもおいしかったけど、ソースがとても好みだったから、肉が入っていたサンドウィッチが一番おいしかったかな。もう少し食べてもいい?」
「どうぞ、おなかがいっぱいになるまでいくつでも食べていいよ!」
一番頑張って作ったソースを褒められて気を良くした私は、ルーにサンドウィッチをすすめて、鼻歌を歌いながら2つ目のサンドウィッチを手に取った。
2人でサンドウィッチを完食して満腹になった私たちは、ようやく満開の花を見上げた。
「ねえ、少し離れたところから見てみない?」
ルーの提案で、私たちは木から少し離れて振り返った。
「きれい……」
透き通るような青い空に白い雲。黄緑色のやわらかそうな草が生えた地面。そしてピンク色の花に包まれた木。まるで1枚の絵画のようなその景色に、私はため息のように言葉をもらした。
「見て、木の下のところ。散った花びらが敷き詰められた絨毯のようだよ」
ルーの言葉に2本の木の根元を見ると、確かに花びらがピンク色の絨毯のように見える。
「ほんとね! あの場所に座っていた時は気づかなかったけれど、実は私たち、とても贅沢な絨毯の上に座っていたのね」
すてきな発見に心を躍らせる。
きっと次に来た時には花は散ってしまうから。私たちは、その後思う存分その美しい景色を眺め、時には会話をしながら、夕焼けに桜が染まるまで、ゆったりとした時間を過ごしたのだった。




