6 サンドウィッチ作り
次の日、私はニックと2人でキッチンにいた。他の料理人たちは、料理長であるニックが休憩にして良いと言い渡したので、嬉しそうに会話をしながら休憩しに行った。
キッチンに来たのは、私でも作ることができる料理を考えるためだ。
実は昨日、来週は私が昼食を用意するということになったのだ。
昨日家に帰って、ニックに次にルーと会う日に昼食を用意してほしいとお願いしに行くと、ニックは「せっかくですから、お嬢さまが作ってみてはどうですか?」と提案してくれたのだ。その提案はとても魅力的なものだったので、「そうするわ!」と意気込んだのだが。ここで問題が生じた。侯爵令嬢として育ってきた私は、今までに料理をした経験がない。
そんな私が安全に美味しく作ることができる料理は何か、ニックと2人で頭を悩ませることになったのだった。
「まだ10歳のお嬢さまに包丁は危ないし、火を使うのも怖いしなあ、うーーん」
ぶつぶつとつぶやきながら悩むニック。
私も少ない料理の知識で考える。
簡単に作れて手軽に食べられる、ピクニックにぴったりな料理……。
「そうだ!」
ひらめいた私は、机に手をついてガバッと身を乗り出した。
「ねえ、ニック、サンドウィッチはどう?」
ニックは目を見開いて、またぶつぶつとつぶやいた。
「そうか……。公爵家のご令息のお口に合うような料理を用意しないといけないと思っていたが、お嬢さまが作るのであれば凝った料理じゃなくても問題ないか……。材料を切ったり火を通したりするのはおれがすることにして、お嬢さまには主にパンに具材をはさむのを担当していただけば……」
ニックはギュインと音がしそうな勢いで私を見た。
「いいですね、サンドウィッチ!」
「本当? それなら決まりね!」
案が採用されて嬉しくなった私は、早速何をはさむかを考え始めた。
「卵は王道でおいしいわよね。レタスとハムはどうかな?チーズも必要ね。ルーは男の子だから、お肉も必要かも」
お父さまもお兄さまも美味しいお肉を食べているときは他の物を食べている時よりも幸せそうな顔をしているし、食べる速度も全く違うもの。
「水分が多すぎるとべちゃっとなりますが、少なすぎると今度は食べにくいですから、卵ときゅうり、レタスとハムとチーズ、濃いソースで味付けした肉ときゅうりといったところでしょうか。お嬢さまは薄い味付けがお好きですから、レタスとささみとトマトという組み合わせもあると楽しめると思います」
「おいしそう、ささみ!」
無事にサンドウィッチを作るということもはさむ具材も決まったし、一安心ね。
キッチンにある椅子は私の身長では高い。無事に見通しが立ってほっとした私は、地面から浮いた足を揺らして鼻歌を歌ったのだった。
そしていよいよルーと会う日の朝。サンドウィッチを作るため、私は再びキッチンを訪れていた。
サンドウィッチに使うパンはあらかじめニックが焼いてくれていた。ニックがパンを机の上に置くと、ふかふかに焼かれた黄金色のパンは、朝食をまだ食べていない私には抗えないほどの魅惑的な香りを漂わせている。
パンから目が離せなくなっている私を見たニックはニヤリと笑った。
「お嬢さま、今日の朝食はこちらですよ」
そう言ってニックが差し出したお皿の上に乗っているのは、サンドウィッチ用のパンよりも小さくて丸く、小さな私の手におさまるようなサイズのパンが二つ。
私は目を輝かせた。
「ありがとう、ニック! どうして私が食べたいものがわかったの?」
ニックはパンの乗ったお皿の横にサラダとスープを並べながらいたずらっぽく笑った。
「お嬢さまの食の好みはおれが誰よりも把握していると自負していますからね。パンを見たら今すぐ食べたくなるでしょう。作ったサンドウィッチを味見と称してつまみ食いされても困りますし」
まったく、もう。
私は少しふくれながら、それでもニックが言ったことは否定できなくてそっぽを向いた。
ニックは相変わらずニヤニヤしながら、朝食を取るようにすすめてくる。
素直にパンを手に取った私は、期待を裏切らないおいしさに、すぐに機嫌を直した。
「よし、朝食も済ませたし、サンドウィッチ作りに取り掛かりましょう!」
ニックの指導を受けながら、パンにバターを塗って、具材を挟んでいく。お肉の味付けにも挑戦した。ニックの言う通りに材料を混ぜてお肉にかけただけではあるのだけど、料理をしているという感じがしてとても楽しい。
ルーは喜んでくれるかな。美味しいかな。
ルーの笑顔を思い浮かべながら、気持ちを込めて、ていねいに作る。ニックが教えてくれているから、味は大丈夫なはず。
サンドウィッチを食べやすい大きさに切るのも無理を言って挑戦させてもらった。ニックは落ち着かない様子でハラハラとしながら見守っていた。いびつな形になってしまって少し不安になったけど、ニックが「とても美味しそうですよ!初めて料理に挑戦するとは思えません。絶対に喜んでいただけますよ!」と親指を立てて保証してくれたのでほっとした。
完成したサンドウィッチを丁寧にバスケットに詰める。シンプルなデザインのバスケット。少し飾りが欲しくなってきて、水色のリボンを部屋から持ってきて結んでみた。うん。かわいい。
「ニック、一緒にサンドウィッチを作ってくれてありがとう。料理人のみんなも、キッチンを貸してくれてありがとう。行ってきます!」
使用人のみんなが口々に「行ってらっしゃいませ!」と返してくれる。
私はサンドウィッチの入ったバスケットを抱えて、マリーと共に馬車に乗り込んだ。