5 2度目
先週と同じ場所で馬車を降りて周囲を見渡してみると、ルーは私よりも先に着いていて、あの木の下で待っていた。
マリーの分の昼食はニックが用意してくれているため、私はマリーに好きなタイミングで昼食をとるように伝えて、ルーに駆け寄った。
「ルー!」
ルーは私に気づくと、にっこりと笑って片手をあげた。
「こんにちは、フィー」
「こんにちは、ルー。一週間ぶりね」
あいさつを交わすと、ルーはうきうきとした様子で手招きをした。
「フィー、こっちにおいでよ。ここを見てみて」
近寄ってルーが指し示した枝を見上げた私は、はっと息を飲んだ。
そこには、美しく咲いた花があった。まだ閉じたままのいくつものつぼみに囲まれながら、一輪だけ咲いていた。薄桃色の5枚の花びらが、生き生きとした様子で開いていた。その花は、力強い生命を感じさせる一方で、繊細で柔らかい印象だった。
ひとたび誰かが触れたり風が吹いたりすれば簡単に散ってしまいそうな気がして、私は呼吸をするのも忘れてその花を見つめていた。
少しして、私はそっと息を吐いた。夢の世界から現実の世界に戻ってきたような感覚を覚えながら、それでも花から目を離せないでいた。すると、横から視線を感じた気がして、ルーの存在を思い出した。
せっかく会えたのに、花に夢中でルーのことを忘れていたなんて申し訳ない。何と言って謝ろうか考えながら横を見ると、視線を感じたのは私の気のせいだったようで、ルーはまだ花を見つめていた。
私の視線に気づいたのか、ルーがこちらを見て、慌てた様子で口を開いた。
「ごめん。あまりにも花がきれいで、夢中になってた。待たせてしまったかな。退屈だったらごめんね」
私は首を横に振った。
「ううん、私も花に見とれてた。あのつぼみはこんなに美しい花だったのね」
「そうだね、驚いたよ」
ルーはほうっと息を漏らした。2人でもう一度花を見ていると、ルーが「そうだ」と声を上げて、思い出したように木の根元に置かれていたかごを持ち、キラキラした目をして振り向いた。
「昼食にしようか」
ルーは大きい布を地面に敷き、私に座るように促した。
先ほどまでは花に夢中で忘れていたけれど、昼食という言葉を聞いたとたんに急に空腹を覚え始めた私は、わくわくしながらルーが包みを開ける様子を見守った。
「わあ、おいしそう!」
ルーが用意してくれた昼食は、ふかふかのパンと色とりどりの様々なジャム、そしてアップルパイだった。ルーは笑顔で言った。
「召し上がれ」
「いただきます!」
それぞれが1つずつパンを手にし、思い思いのジャムを付けてほおばる。
「おいしい」
さすが公爵家の料理人の焼いたパンだ。ふわふわで、香ばしくて、頬が落ちてしまいそうなほどおいしい。ジャムも甘くて、それでいて飽きない味で、いくらでも食べられそうだ。
「気に入ってくれたみたいでよかった」
ルーに話しかけられてそちらを見ると、ルーはにこにことして私がパンをほおばっている姿を眺めていた。
平民の格好をしているからか普段よりも開放的な気分になってパンに夢中になっていた私は、はっと我にかえった。ルーが私のことを平民だと思っているからまだましなのかもしれないが、仮にも貴族の令嬢である者が食べ物に夢中になって口いっぱいにほおばり、その姿を友だちとはいえ他人に見られるというのはいかがなものか。
私は上品に、それでいて急いで口を動かして飲み込み、咳払いをした。そして、平静を装って口を開いた。
「ええ、とてもおいしかったわ。私の分まで昼食を用意してくれてありがとう、ルー。作ってくださった料理人の方にも、おいしかったと伝えてくれると嬉しいな」
焦ったことに気づかれていないかと心配で、ルーの様子をうかがうと、ルーはにこりと笑った。
「ありがとう。ちゃんと伝えるよ。きっと喜ぶと思う。でもまだ早いよ、フィー。アップルパイを食べなきゃ。実は、運んでくるときにうっかり崩さないようにとても頑張ったんだ。だから、フィーにはしっかり食べてもらわないと」
「そうなの? 確かにとてもきれいな形ね。アップルパイもすごくおいしそう!」
よし、気づかれてはいなさそうね。よかった。安心安心。アップルパイを食べるときは今度こそ気を付けないと。
「あ、それとフィー、今度は急いで食べなくても大丈夫だよ。ちゃんと味わって食べてね」
私はがばっと顔を上げて、視線をアップルパイからルーへと移した。ルーはまたにこりと笑った。
ばれてる!
私は顔を真っ赤にしながらアップルパイを食べた。もちろんアップルパイも絶品だったので私はまたもや夢中になり、口いっぱいにほおばってからはっと気づいて慌てることになったのだった。