45 結婚式
結婚式の日は、透き通るような薄い水色の空にふわふわとした白い雲が浮かんでいた。
結婚式は、私の両親と兄、ルイスの両親、そしてエレナとアレン様、そしてマリーなどの限られた使用人だけを呼んだ。
後に結婚したことを大々的にお披露目するパーティーは開く予定だが、結婚式は本当に仲の良い人だけにお祝いしてほしかった。
会場にはたくさんの造花を置いてもらった。花瓶に生けるのは本物の花よりも、造花の方がいい。
一本だけ、あの淡いピンクの花の咲いた枝を特別に作ってもらった。その枝は式場の中央に飾った。
式が終わったら、家に持ち帰って大切に玄関か私室に飾る予定だ。
花柄の刺繍がほどこされたレースの純白のドレスに身を包み、美しく化粧をした私は、同じデザインのベールをお母さまにかけてもらった。
「このベールが、あなたを不幸から守って幸せに導いてくれますように」
お母さまが願いを込めてベールを下ろしてくれる。
お母さまへの感謝と幸せと、少しの切なさが涙となってこぼれた。
「あ、お化粧が……」
せっかくきれいにしてもらったのに、泣いたら崩れてしまう。
そう思うのに、止めようと思えば思うほど涙が止まらない。
「早く泣き止んで」
そういうお母さまの目にも光るものがあった。
なんとか涙をとめて、お化粧を直してもらって。
いよいよ式の時間だ。
私はお父さまのエスコートでルーの待つところへ歩いた。数人だけの、でも盛大な拍手で迎えられる。
美しいドレスは、私の背筋をぴんと伸ばした。
一歩一歩踏みしめるように歩く。
ルーの前につくと、お父さまが黙ってルーの目を見つめ、私の手を渡した。ルーはお父さまの視線に力強くうなずきを返した。
祭壇の前で、夫婦としていかなる時も愛し合い添い遂げることを誓う。定型の誓いの言葉にただ「はい、誓います」と言うだけだが、神父の述べる誓いの言葉をかみしめ、心から誓った。
指輪交換のために私は白い手袋をするりと外した。用意してあった箱を開けると、お互いの瞳の色の小さな宝石がさりげなくあしらわれた、大小二つの指輪が姿を現した。
私の差し出した左手の薬指に、ルーがペリドットの指輪をはめた。ルーの左手には、私がアクアマリンの指輪をはめる。
デザインの同じおそろいの指輪が、私たち二人の左手に輝く。
婚約指輪も素敵だったが、結婚指輪もまた魅力的だ。婚約指輪は身につけて過ごすと壊れてしまいそうなので、大切に飾っておこう。
「それでは、誓いのキスを」
神父さまに言われて、ルーが私のベールをそっと持ち上げた。覆われていた視界がクリアになる。
私がゆっくりと目を閉じると、ルーがかがんで口付けた。
まぶたを持ち上げるとルーと目が合って、ほほえみあった。
結婚誓約書にサインをして、式が終わる。
参列してくれた家族やエレナ、アレン様のところに二人で挨拶に行くと、皆が口々に「おめでとう!」「きれいね」と祝福してくれた。
「幸せになるんだよ」
「健康に気をつけなさいね」
「い、いつでも、かえってきていいんだよ」
お父さま、お母さま、お兄さまが順番に言葉をかけてくれる。
お兄さまは泣きすぎて言葉があまり出ないようだ。
「結婚おめでとう。ルイスと結婚するのが君でよかった」
「これからよろしくお願いしますね、ソフィアちゃん。あなたの言葉のおかげで、ルイスに正直に気持ちを伝えてみようと思えたわ」
お義父さまとお義母さまはまだルーとは距離があるようだが、お互いに徐々に歩み寄っているようだ。
いずれ仲良し家族になれれば良いな、なんてひそかに期待している。
私の家族とルーのご両親は、「友人とゆっくり話しなさい」とエレナとアレン様に場所を譲ってくれた。
「ソフィア、本当にきれいよ。あなたと恋愛について話している時はまさかルイス様とあなたが結婚するなんて思っても見なかったわ」
「エレナ、参列してくれてありがとう。あなたに祝ってもらえて嬉しいわ」
お礼を言うと、エレナは私のドレスをしげしげと見た。
「私こそ、招待してくれてありがとう。ウェディングドレス、すてきね。とても似合ってる。私もそんなドレスが着てみたいわ。女の子の憧れよね」
エレナはため息をついた。
「はぁ、私にも良い人が現れないのかしら。まだ恋人すらいない私には結婚なんて遠い未来よね」
一方その頃、僕はアレンと話していた。
正装に身を包んだアレンは、祝福の言葉を贈ってくれた。
「おめでとう、ルイス。初恋をしたフィーって名前の女の子を探しているけど平民かもしれない、だなんて聞いた時にはどうなることかと思ったけど。無事に見つかって、幸せな結末を迎えられてよかったよ」
僕はかぶりを振った。
「ありがとう、アレン。だけど、まだ結末じゃない。僕もフィーもこの先幸せな人生を送れてはじめて、幸せな結末が迎えられたと言えるんだ。ソフィアを幸せにできるよう頑張るよ」
「お、おう……。ルイス、おまえ、なんかかっこいいよ」
アレンは僕の返答に戸惑ったようだった。
そんなアレンに僕はこっそりささやいた。
「それより、アレン。気づいてるよ。エレナ嬢のこと、気になってるんだろう。応援しているよ」
「は!?」
アレンは絶句した。
「ちょっと待て、なんで」
うろたえたアレンに、僕はニヤリと笑った。
「お、図星?」
「おい!」
鎌をかけられたと気づいたアレンは、必死の形相で口に指を当てた。
「秘密、秘密だぞ。おれとルイスの仲だろ。ソフィア嬢にも言うなよ」
アレンに笑いながら秘密は守ると約束した。
その日は、僕たちの幸せな笑い声が晴れた空にはじけた。この日贈られた言葉も、フィーと見た景色も、きっと一生忘れないだろう。




