42 初デート
合宿から帰ってきて数日経ったある日。
私は王都の中心部にある噴水にむかっていた。
今日は、ルーと2人で会おうと約束した日だからだ。いわゆる、デートである。私たちは噴水で待ち合わせをしているのだ。
貴族の男女が会う時は、本来ならば男性が女性の家まで馬車で迎えに行き、そこから目的地へ向かうので待ち合わせはしない。
それにもかかわらず私たちが待ち合わせをしているのは、私がまだ両親にルーとの関係を話せていないからだ。
お父さまは私には最高の男性と結婚してほしいのだと言って、私が男性を連れてきた時には厳しい目で審査するのだと意気込んでいる。
昔手紙を出して返事が返って来なかったことを嘆く私を見て、ルーに対して「許さん!」と息巻いていたことを覚えている私としては、なかなかルーと恋人関係になったことを言い出しにくかったのだ。
ルーはそんな私の気持ちを尊重してくれて、待ち合わせにしようと提案してくれたのだった。
噴水の前につくとルーは先についていて、私の姿を見つけると手を振った。
私はルーに駆け寄った。
ルーは街で浮かないようにシンプルな服を着ていた。白いシャツに紺色のベスト。ズボンは細身で、スラリとした長い脚を強調していた。身長の高いルーはどんな服でもかっこよく着こなすことができるようだった。むしろ服がシンプルだからこそ、その顔の良さが引き立っている。
「ルー、その服、とっても似合ってるわ」
ルーは目を細めた。
「ありがとう。君も、とっても綺麗だ。その服……。あの花の色に、よく似てる」
そう。私が今着ているワンピースは、あの思い出のピンクの花に似ていて一目惚れして購入したものだった。既製品で平民の服なので着る機会はあまり多くはないが、大のお気に入りだった。
「ルーもそう思う? お気に入りなの」
くるりとその場で一回転すると、スカートがふわりと揺れた。
さっそくお店を見てみようと歩き出した私の手は、すっぽりとルーの大きな手の中におさまった。
私は少し動揺したものの、必死に平静を装った。私は男性に慣れていないからちょっとしたスキンシップでも照れてしまうのだが、ルーはどうやら照れる私を見て楽しんでいるようなのだ。今日はルーの思い通りの反応なんてしないわ。
そう決意したものの、子どもの頃とは違う大きくて骨ばった手は、ルーが男性であることを意識させる。
だめだめ。今日こそは、頑張るのよ。
繋いだ手とは反対の手で気になったお店を指さした。
「あの店に行ってみたいわ」
今日はなんだか良い感じだわ。普通に話せてるもの。
そう思ったのも束の間。ルーの手の力が一瞬緩んだかと思うと、指と指を絡めて繋ぎ直された。
うわぁぁぁ、むり。
私はプシューッと音が出そうなほど頬を紅潮させ、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。
頭上からルーがくすくす笑うのが聞こえてくる。いつもルーの方が上手だ。
むくれた私は、ルーに連れてこられた最近人気のおしゃれなカフェで甘いケーキを食べて、すぐに機嫌を直した。
「フィーは本当にケーキが好きだね」
「ええ! 甘いものは最高よ」
フルーツがたくさんのっていて彩り豊かで、スポンジはふわふわで、生クリームの甘さとフルーツのすっぱさのバランスがちょうど良い。
おいしくケーキをほおばる私を見て、ルーはしみじみと言った。
「フィーとまた会えて、こうして恋人として過ごせてるなんて、信じられないよ」
「ずっとフィーだって言えなくてごめんなさい」
私がもっとさっさと勇気を出してルーにフィーだと明かしていれば。さらにいえば、私はルーがウォーレン公爵家にいることを知っていたのだから、一度手紙に返事が来なくてもめげずにもう一度手紙を出したりウォーレン公爵家を訪問したりと、学園入学前にも方法はあったはずなのだ。
「いいんだよ。今こうして幸せな時間を過ごせている、大切なのはそれだけだ」
ルーは肩をすくめた。
「合宿でフィーと同じグループでよかったよ。そうでなければ、僕はまだソフィアがフィーだってことを知らなかったかもしれないからね」
確かに。同じグループだったからこそ悲しいこともあったけれど、同じグループだったからこそ私がフィーだと明かす状況になったとも言えるわ。
「アレン様に感謝しないとね」
突然飛び出したアレン様の名前にルーは目を丸くした。
「アレンに? どうして?」
「だって、アレン様が私たちと同じグループになることを提案したから、ルーは私たちと組んでくれたんでしょう」
「確かに、そうだったな。次に学園でアレンに会ったらお礼を言わないと」
私はそうねと頷きながらケーキをもう一口食べた。うん、フルーツがたっぷりでおいしい。
「きっと、アレン様は私のために提案してくれたのよ。アレン様は私がルーのことを好きなことに気がついていて、応援してくれていたもの」
「え、それは初耳なんだけど」
ルーは目を瞬かせた。
「その話はアレンから聞くとして。フィー、アレン様って呼び方、やめようよ。フィーの方が身分は上なんだし」
じとりとした目を向けられて、私は首を傾げた。
「どうして?」
「なんか嫌だから」
すねたようなルーの表情はめずらしい。
「それなら何と呼べばいいの? アレン?」
「それはもっと嫌」
じゃあどうすればいいのよ。「リーガル伯爵令息」は他人行儀すぎだし。
むむっと口を突き出すと、ルーはしゅんとした。
「ごめん。他に呼び方、ないよね。僕だってエレナ嬢って呼んだりしてるんだし」
「いいのよ。急にどうしたの?」
ルーは目をそらした。
「その、僕だけ名前を呼ばれるっていう特別感が欲しかったというか、なんというか……」
かわいい。
「私がルイスって敬称なしで呼ぶのも、ルーって愛称で呼ぶのも、1人だけよ。大好き」
精いっぱいの想いを込めてそう伝えると、ルーは赤面して「僕も、大好き」とつぶやいた。
私が照れる様子を見てルーが楽しんでいる気持ち、なんとなく分かる気がするわ。
夕焼けに照らされる橋の上。
「これ、プレゼント。受け取ってくれるかな」
ルーが差し出したのは、ネックレスだった。ペリドットが夕陽を反射して輝いた。
「え……、きれい……。もらってもいいの?」
私は突然のプレゼントに目を瞬いた。
でも。
「私も、渡すか迷っていたものがあるの」
一日持ち歩いていたカバンに入れてあったそれは、アクアマリンがさりげなく光るカフスボタン。
「受け取ってくれる?」
いたずらっぽく笑うと、感極まった様子のルーに抱きしめられた。
「もちろんだ。ありがとう」
お互いの瞳の色の宝石。自分の色を身につけてほしいと願う理由なんて、一つしかない。
ルーはポケットから小さな箱を取り出した。
心臓がドキリと音を立てる。
そっと開かれた箱の中に入っていたのは、金属製の指輪ではなかった。細いピンク色の糸で繊細に織られた生地が花を形づくり、その根本には太い毛糸が縫い付けられている。
「僕と、結婚してくれませんか」
ゆっくりと告げられた言葉は、私の心に幸福をもたらした。
「はい」
微笑むと、ほっとしたようにほおを緩めたルーが毛糸を私の薬指に結びつけた。
花が好きで、でも花を手折って愛でるよりも根をはやして咲き続けてほしいと願う私のための、私のためだけの、婚約指輪。
豪華な宝石の一つも使われていない貴族らしくない婚約指輪は、ルーの真心がつまった、かけがえのない宝物。




