41 合宿最終日
合宿最終日。
生徒たちは皆、合宿が終わることを惜しみながらも家に帰ることもを楽しみにしているようで、朝からにぎやかだ。
買い込んだお土産がカバンに入りきらずに苦戦する者、計画的に荷物を整理していて既にのんびりお茶を飲んでいる者、最後まで楽しもうと街に出ていく者。
そんな中、私たちのグループは個室に5人で集まり、張りつめた空気をただよわせていた。
私はこっそりと4人の顔を見た。
私の左隣に座るエレナは、一見普段通りに振る舞っているもののどこか冷たい雰囲気だ。
右隣のルーは腕組みをしてフィオナをにらんでいる。
フィオナは両手をかたく握りしめて膝の上に乗せ、唇を噛んでいる。
アレン様はルーから何も聞かされていないのか、異様な雰囲気の面々をちらりと見てはそわそわしている。
そんなアレン様から「何か言ってくれ」とでも言いたげに見つめられて、私はため息をついた。
「その、何から話そうかしら」
とりあえず沈黙を破ろうと声を出すと、ルーは腕組みを解いて今度はすらりと長い脚を組み、フィオナを冷たくにらみつけた。
「まずはフィオナ嬢の話が聞きたいな」
普段通りのおだやかな口調とは裏腹の冷え冷えとした視線にフィオナが凍りついた。
昨日ルーとフィオナの間で何があったのかは知らないが、ルーがフィオナに対して怒っているということは分かる。でも、そんなに威嚇したらフィオナも話しにくいのではないかしら。
「フィオナ。実は、昨日庭園でのルイス様とあなたの会話を少しだけ聞いてしまったの。ごめんなさい。それで、あなたがフィーと名乗っているのを聞いたの。どうして嘘をついたのか、教えてくれないかしら」
「え?」
ルーが驚いたようにこちらを見た。そういえば、昨日ルーの後をついていって会話を聞いてしまったことは言い忘れた気がするわ。
「ごめん、その、傷つけてしまっただろう。理由を話させてほしい」
「いいの。昨日ルーから聞いた話でなんとなく分かったから」
うっかり途中で寝てしまったけれど。
「でも」
「ありがとう。本当に大丈夫よ。分かっているから」
ルーにほほえみかけると、ルーは安心したように椅子に座り直した。
「あの。おれ、状況が全く分からないんだけど。誰か教えてくれない?」
おそるおそる聞くアレン様に、ルーがざっくりとフィオナはフィーと嘘をついたことを説明した。
説明が終わったところで、皆の目が自然とフィオナに向かう。
「あなたの話が聞きたいの」
うながすと、フィオナは言葉につまりながらも話し始めた。
私の書いたルー宛の手紙を読んだこと。学園に入学してルーに会えて嬉しかったこと。日記を読んで私が手紙の差出人だと分かったこと。私がフィーとして名乗り出る気がないのならば、自分が名乗っても良いのではないか、もし私が対抗してきても髪色や名前などから本物だと信じてもらえるかもしれないと考えたこと。
ぽつりぽつりと語られる言葉に怒りがわいた。
手紙が届かなかったのはフィオナのせいなのか。
手紙がきちんと届いていれば。
私の荷物を勝手にあさるなんて。
嘘をつくなんて。
友だちだと思っていたのに。
しかし、私以上に怒っているルーやエレナを見ていると冷静になれた。いや、エレナがフィオナに詰め寄りそうでひやひやしていて怒っている場合ではなかったというのが正しいかもしれない。
ルーのことはアレン様が「まあまあ、とりあえず最後まで聞いたほうがいいよ」となだめてくれていた。
話が終わった途端、我慢の限界だったエレナが怒鳴った。
「あんた、よくそんなことができるわね!?」
「エレナ、落ち着いて……」
「落ち着いていられないわよ! ソフィアももっと怒るべきよ。友だちだと思っていた人に裏切られたんだから」
私は目を伏せた。
何を言えばいいのかわからない。
ルイス様は怒っているのは伝わってくるが、何も言わない。沈黙がむしろ恐ろしい。
私も怒っているのだ。それをどう表せばいいのか、そもそも表すべきなのか分からないだけで。
縮こまっているフィオナを見つめる。
「フィオナ。友だちだと思っていたあなたにカバンの中身を勝手に見られて日記を読まれたことに、私も怒っているわ。それに、悲しい」
フィオナは目を合わせてくれない。
「でも、私がフィーだとすぐにルイス様に伝えていれば起こらなかったことかもしれないし、日記を合宿に持ってこなければよかったのでしょうね」
沈黙を貫くフィオナに、もやっとする。何か言ってくれればいいのに。
「平民であるあなたが侯爵令嬢である私に対してしたことは、本来ならば罪として問われるのでしょうが」
そこで一旦言葉を区切った。
フィオナは顔を伏せたまま「罪」という言葉に反応したのか目をギュッと閉じた。
ルーもエレナもアレン様も、黙って見守ってくれている。
私はゆっくりと目を閉じ、息を吸った。
「今回は罪には問いません。二度目はありませんから」
はっと顔をあげたフィオナに、出ていくようにうながす。エレナやルーは何か言いたげな顔をしていたが、フィオナが部屋から出ていく様子を黙って見送った。
ドアが閉まり、力が抜ける。
「よかったのか?」
ルーに問われて、「ええ」とつぶやいた。
「ルイス様も何か言いたいことはありましたよね。勝手に罪には問わないと決めて出ていかせてしまってすみません」
ルーはかぶりを振った。
「いや。ソフィア嬢が納得しているならそれでいい。つらかっただろう」
ルーの「つらかっただろう」という言葉を聞いて、突然涙があふれた。エレナが細い手でやさしく背中を撫でてくれる。
思った以上にフィオナのことを友だちとして大切に思っていたのだと、失って初めて気がついた。
あふれ出す涙を呼吸を落ち着かせて止め、ハンカチで涙をぬぐった。
私が落ち着いたところで、エレナが明るい声で空気を変えた。
「それよりも。ルイス様とソフィアは恋人になったのでしょう。ソフィア、おめでとう!」
私は真っ赤になった。なぜ知っているのかと一瞬疑問に思ったが、答えは決まっている。私が話した覚えがないのだから、ルーが話したのだ。
ルーをにらみつけると、「まずい」と書かれていそうな表情を浮かべたルーは何度も謝罪の言葉を口にした。
「ごめん、フィーと恋人になれたことに浮かれてたんだ。エレナ嬢なら話してもいいかなと思って、つい言ってしまった。フィーから伝えたかったよね。本当にごめん」
「そうだ、ルイス。今日全部話すって、昨日寝る前に言ってたよな。約束は守れよ?」
アレン様に詰め寄られたルーは、恋人になった経緯を苦笑しながら説明した。
アレン様とエレナが満足するまで、ルーは質問攻めにあった。
話を聞き終わったアレン様はフッと柔らかく笑った。エレナもにっこりと笑う。
「何はともあれ、おめでとう。おれ、ソフィア嬢のこと応援してたからさ。ソフィア嬢が、ルイスが探していたフィーって女の子だって分かって良かったよ」
「どうなることかと思ったけど、2人が恋人に慣れて良かったわ。身分もつり合っているし、いずれは結婚するのでしょう?」
2人の祝福の言葉に心が温かくなる。
エレナの最後の言葉に赤面したが、ルーが当然のように「もちろん」と答えるのでさらに恥ずかしくなってしまった。
結婚。ルーと結婚、するのかな。
ルーと結婚する未来を想像すると、そこには幸せそうな自分がいた。
「ルーとなら絶対に幸せになれるって自信があるわ」
何気なくそう口にすると、エレナとアレン様に冷やかされて、ルーは耳まで真っ赤になって黙り込んでしまった。そんなにおかしなこと、言ったかしら。あ、気が抜けてうっかりルーって愛称で呼んでしまったからかも。




