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4 早く会いたい

 たったの数時間話しただけの関係なのに、私にとってルーの存在は大きなものになりつつあった。


 侯爵令嬢としての身分に気をつかい気をつかわれることなく話すことができる人は、今までは家族しかいなかった。マリーやニックをはじめとした使用人たちは私をかわいがってはくれるけれど、彼らにとって私は仕えるべき主人であるため、ある程度の距離を保ち、それを崩すことはない。


 ルーは私と同じ10歳だった。私とお兄さまは7歳離れているため、私にとって同年代の人と気楽に話すのは生まれて初めての経験だった。ルーとの友だちとしての対等な関係は、想像していた以上に心地よいものだったのだ。


 私はルーにまた会える日が楽しみでしかたがなかった。早く1週間が経たないかと毎日ずっと考えていたからか、食事をしていても、庭を散歩していても、本を読んでいても、あまり集中できなかった。


 そしてとうとう、約束の日が来た。私はそわそわしながら支度をして馬車に乗り込んだ。


 ようやくルーに会える。


 高揚する気持ちが抑えられずに馬車の窓の外を流れる景色を見ながら鼻歌を歌っていると、横から視線を感じた。そちらを見てみると、マリーが優しい目で私のことを見ていた。私は少し恥ずかしくなって赤くなった。


 この1週間のことを思い返すと、今日を楽しみにしてそわそわしていた記憶が大部分を占めている。そんな私を使用人たちはどう思っていたのか、ふと気になった。


「この1週間の私の様子、おかしくなかった?」


 マリーは目を丸くして、ほほえんだ。


「最初、使用人たちはみなお嬢さまがいつもと違うご様子なので不思議がっておりました。お嬢さまに初めてご友人ができたのだと説明したらとても喜んで、それ以降はお嬢さまがどのようなご様子であってもあたたかく見守っておりました。ただしニックを除いて、ですが」


 使用人たちにそのような目で見守られていたことすら気づかないほど、ふわふわとした気持ちでこの1週間を過ごしたことに初めて気づいた私はさらに赤くなった。しかし、マリーの最後の言葉が気になり、聞き返した。


「ニックを除いて? ニックはどうしていたの?」


「ニックはしょんぼりしておりました。もちろんお嬢さまにご友人ができたこと自体はとても嬉しく思ったようですけれど。お嬢さまは、いつもはニックがお作りした食事を美味しそうに召し上がって笑顔で感想をおっしゃっているでしょう? それが、この1週間のお嬢さまは食事をしているときもご友人のことを考えていらっしゃるご様子でしたから。しかも、昨日お嬢さまはニックに今日は昼食がいらないとお伝えになりましたよね。それを聞いたニックの様子といったら。まるで捨てられた犬のようでしたよ」


 マリーはくすくすと笑った。

 私は申し訳ない気持ちになった。確かに、ここ数日は食事のときも集中していなかったし、ニックにあまり料理の感想を伝えていなかった気がする。


「そう……。今日の夕食のときは、ニックにたくさん食事の感想と日頃の感謝を伝えることにする」


「ええ、それがよろしいかと思いますよ」


 私は少しためらってから言った。


「ねえ、他の使用人たちも、この1週間の私に対して何か不満を感じている様子はあった?」


 マリーは眉尻を下げた。


「ええ、皆寂しがっておりましたよ。私たちのお嬢さまがご友人に取られてしまうって」


 私はぽかんとした。


「ルーに取られるって?」


「今よりもずっと幼い頃から仕えている者が多いですからね、使用人にも満面の笑みを向けて優しい言葉をかけてくださる可愛いお嬢さまがみな大好きなのですよ。そのお嬢さまが突然ぽっと現れたご友人のことをずっと考えていらっしゃって、使用人に笑顔を向けてくださることが減ったのですから、嬉しいと同時に寂しく、ご友人のことがうらやましく、ねたましいのです。使用人でありながらお嬢さまの笑顔や優しい言葉を望むのはおこがましいとは思うのですが、かく言う私も、その使用人のうちの1人でございまして」


 熱く語っていたマリーが、はっとして咳ばらいをした。


「申し訳ありません、少し話し過ぎてしまいました。このようなことを申し上げるつもりはなかったのですが」


 私は頬を少しだけ赤くしたマリーに抱きついた。


「マリー、いつも本当にありがとう! 大好きよ!」


 マリーは目を見開き、恥ずかしそうにしながら抱きしめ返してくれた。そして、照れ隠しのように口を開いた。


「お嬢さま、先週もこのように私に抱きついていましたよね。最近は昔に戻ったようです。教育も終えられたのですから、もっと大人らしく成長された姿を私に見せていただきたいものです」


 そんな風に注意するマリーの顔を見上げてみると、言葉とは反対に嬉しそうな顔をしていた。

 私はにっこりと笑った。

 マリーは、嬉しそうにしていたことが私に知られたことに気づいたのか少し気まずそうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「こちらこそ、いつも明るい笑顔のお嬢さまに元気をいただいております。ありがとうございます。私も大好きですよ、お嬢さま」


「私のほうがもっと大好きよ!」


「何をおっしゃいますか、私のほうがもっともっともーーっと大好きに決まっています」


 馬車の中は、私とマリーの弾けるような笑い声と幸せな空気で満たされたのだった。

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