39 フィオナの独白 ~1~ フィオナside
運命だって、思ったの。
数年前、ある手紙を読んだ時に。
私は、ラスタ商会を営むラスタ家の娘として生まれた。
幼い頃から父の仕事場に入り浸っていた私は、そこに訪れる人とも仲がよかった。
その中に、ラスタ商会への手紙を運んできて、ラスタ商会からの手紙を取引先に届けてくれる郵便屋のお兄さんもいた。お兄さんは優しくて、父がお兄さんに預ける手紙をまとめている間はいつも相手をしてくれた。
あの日も、いつものようにお兄さんに話し相手になってもらっていた。
手紙が準備できた父に呼ばれたお兄さんは、仕事道具のカバンをその場に残して父の仕事場に入っていった。
目の前に残されたカバン。
お兄さんが大切にしているそれに興味がわいた私は、そっと手を伸ばしてカバンを開けた。
カバンの中には、お兄さんが届けなければならない手紙が入っていた。
手紙の束をペラペラとめくる。一つ一つが個性的な封ろうは、幼い私の目を楽しませた。
その中に、かわいいピンク色の封ろうの手紙があった。よく見てみたくて、その手紙を束から抜き取った。
封ろうだけではなく封筒も繊細な花柄で、私は目を輝かせた。
その時、お兄さんが戻ってきた。
悪いことをしている自覚はあった。大慌てで手紙の束をカバンに戻して閉め、素知らぬ顔をしてお兄さんを迎えた。
気付かれないかとドキドキしていたが、お兄さんは「またな」とニカッと笑って去っていった。
よかった。バレなかった。
ちょっとした冒険を終えた後のような気分になりながらふと手元に視線を落とすと、そこにはさっきのかわいい手紙が一つ。
まずい。
私はパニックになった。
どうしよう……。絶対に怒られる。
嫌だ、怒られたくない!
そこでひらめいた。
そうだ、内緒にすればいいんだ!
天才的なひらめきだが、この手紙を持っているところを誰かに見られたら一巻の終わりである。こそこそと周囲をうかがいながら無事に自分の部屋にたどり着いた。
さて、この手紙はどうしよう。誰かにバレないように捨てられるのかな……。
そこで、私の中の好奇心が再びムクムクと湧き上がった。どうせ捨てるのなら、中身を見てからでもいいんじゃないかな。
思いつきはすぐに決行するべきだ。
父の口癖を思い出して、早速開封することにする。
かわいい封筒からどんな手紙が出てくるのか。ドキドキ。
期待は裏切られなかった。かわいい封筒からは、さらにかわいい便せんが出てきたのだ。
アネモネがデザインされたその便せんには、小さな女の子らしい文字がつづられていた。
貴族だろうか。高級そうなしっかりとした紙に、美しい文字。内容も読んじゃえ。
それは、ウォーレン公爵家の一人息子のルイス様宛の手紙だった。封筒をひっくり返してみても差出人の名前はなかった。
ルイス・ウォーレン様。聞いたことがある。私と同い年で、とってもかっこよくてとっても賢いらしい。「娘はあんな人と結婚させたいわ」と母がうっとりしているのを見たこともあった気がする。
手紙を読み進めると、差出人はルイス様に対して何か嘘をついていたらしい。悪い人ね。ルイス様に嘘をつくなんて。
パンもアップルパイもおいしかった、全力で走って競争したのも楽しかった、なぐさめてくれてありがとうと書いてある。脈絡がない文章で意味が分からない。
貴族でも文章を書くのは苦手なのね、と私は肩をすくめた。
手紙には、「もし嘘をついていた私のことを許してくれるなら返事が欲しい」とも書かれていて、返信するときの方法もていねいに書かれていたけれど、私はあっさり読み飛ばした。もう捨てるし、どうでもいいもの。
それよりも私の目を引いたのは「王立中央学園」という言葉だった。ルイス様はそこに通うらしい。つまり、そこに行けばルイス様に会えるってことだ。
手紙を読んだのもきっと運命なのだ。王立中央学園、行ってみてもいいんじゃないかしら。
私は読み終えた手紙をこっそりと捨てた。お兄さんが慌てた様子で商会に駆け込んできて「手紙を落としたかもしれない……。知らないか?」と聞かれたが、しらを切った。だって、怒られたくないもん。もう捨てちゃったし。
代わりに、「手紙はちゃんと届けたってことにしたら?」とアドバイスしておいた。




