36 覚悟
エレナが大きな音を立ててドアを閉めて部屋を出ていく。
私のために怒ってくれるなんて。友情を感じて少し嬉しくなった。
ルイス様は閉じられたドアを見て呆気に取られている。ルイス様からしたら訳がわからないわよね。
あの後、部屋に戻ってきたエレナは私がまた暗くなっていることに驚いて、心配してくれた。庭園で聞いてしまったルイス様とフィオナの会話について話すと、エレナは憤慨した様子で近くにあった机をバンッと叩いた。
「昔ルイス様と友だちになったフィーはソフィアのことなんでしょう。フィオナは何を考えているのよ、自分がフィーだなんて嘘を吐くなんて」
「分からないわ。フィオナもルイス様のことがきっと好きなのね……」
「好きだったとしても、理由にはならないわ!そんな子には見えなかったのに。私も人を見る目がなかったってことかしら。それに、ルイス様もルイス様よ! そんな嘘を簡単に信じて」
エレナが怒ってくれるのを見て、私は目をやわらかく細めた。フィオナに対して抱いていた怒りがすうっと引いていく。元々怒っているというよりは悲しいという方が近かったけれど。
「ありがとう。エレナと友だちになれた私は幸せ者ね」
「なんでそんなことを、のほほんと言ってるの!」
感謝の気持ちを正直に伝えると、怒りが収まらない様子のエレナに叱られてしまった。
「でも、私もソフィアと友だちになれて良かったわよ」
ぼそっと言ったエレナの頬がほんのりと色づいている。
私はふふふっと笑った。改めてこんなことを言い合うのは恥ずかしいわね。
エレナは私の笑顔を見て怒りを少しおさめたようで、ため息をついて腕組みをした。
「言いづらいなら、私からルイス様に本当のことを言いましょうか?」
「ありがとう。でも大丈夫よ。言いたくなったら私の口から伝えるわ」
「そう? ソフィアから伝える方がもちろん良いと思うわ。応援してる」
その時、ドアをノックする音が響いた。
「私が出るわ」
エレナは立ち上がってドアを開けた。エレナはドアを開けるなり声を荒らげた。
「何の用ですか」
驚いたものの、その後聞こえてきた声で理由を察した。
「エレナ嬢。ソフィア嬢と話したいんだ。2人で。少しの間はずしてもらえないだろうか」
ルイス様の声。心臓が嫌な音を立てた。2人で話したい、こと? いったい、何を。
「少し待っていてください」
ドアを閉めたエレナが、「どうする?」と聞いてくれる。
どうしよう。一度帰ってもらおうか。こんな精神状態でまともに話を聞くことができるだろうか。わたしにとっては良くない話でも受け止めることができるだろうか。
少しの間逡巡して覚悟を決めた。あまり良いお話ではない気がするけれど、嫌なことは一気に終わった方がましかもしれないわ。
「話すわ」
エレナが心配そうに私の手を取る。
「本当に、大丈夫? 2人で話さなくても良いのではないかしら。私も一緒にいられるようにルイス様にお願いしてみるわ」
「いいえ。ありがとう。大丈夫よ」
エレナの心配そうな瞳を見つめる。
「本当に?」
「うーん、大丈夫、とは言い切れないけれど。もし大丈夫じゃなかったら、後でたくさんなぐさめてね」
「もちろんよ」
大きく頷いたエレナは、私が深呼吸し終わるのを待ってドアを開けた。
ドアがゆっくりと開かれる。
入ってきたルイス様はいつもはきれいに整えてある髪が乱れていて、少し息も上がっていた。
そんなに慌てて話したいことって何なのかしら。
「ソフィアを傷つけたら承知しないから」
そう言い捨てたエレナはドアを閉めて2人にしてくれた。
「話したいこととは、何でしょうか」
怖い。話を聞きたくない。だめ。聞かなきゃ。聞いて、エレナになぐさめてもらうのよ。頑張ったねって。
ルイス様の顔が見られなくて目を伏せた。
ルイス様が深く息を吸う気配を感じる。緊張しているのだろうか。
私は目をぎゅっと閉じて覚悟を決めた。
ルイス様が話し出すのをじっと待つ。
「僕は昔、友だちがいなかったんだ」
私ははっとして顔をあげた。ルイス様と目が合う。あの頃の話を、するのだろうか。どうして、私に。フィオナじゃなくて。そうだ、フィオナはどうしたのだろう。
それに、「僕」って。「私」ではなくて。
ルイス様の話は続く。
「毎日毎日、僕の身分にしか興味がない貴族たちに囲まれていて嫌気がさしていた。そんなある日、出会ったんだ。森の妖精のような女の子に」




