33 期待 ~2~ ルイスside
翌日は図書館に行った。
アレンとエレナ嬢の息のあった会話がおもしろい。2人は図鑑コーナーに向かうようだった。
さて、僕は何を読もうか。棚を見渡すが、読んだことがある本ばかりだ。
そうだ、フィオナ嬢は何を読むのだろう。僕はフィオナ嬢を探すことにした。
フィオナ嬢は経営学の棚の前にいた。
実家の商会をうまく経営するために学ぼうとしているのだろうか。努力家な一面を目にしてなぜか嬉しくなった。
高いところにある本を取りたいようでひょこひょこしている様子に笑みをこぼし、近づいた。
「この本であってる?」
本を取り、手渡す。
「あ、ありがとうございます! それです!」
ペコペコするフィオナ嬢。フィーに頭を下げられたくはなくてフィオナ嬢を制止した。
「そんなに恐縮しなくていいよ。さ、テーブルへ行こう」
フィオナ嬢をうながしてテーブルに向かう。
本を読むフィオナ嬢を見つめる。フィオナ嬢は、きっとフィーだ。本人に聞いてみようか。いや、まだ彼女が言い出さないということは何か理由があるのだろう。しばらくはそっとしておいた方がいいかもしれない。
本を読むフィオナ嬢の青い瞳が輝く。ラピスラズリのような深く鮮やかな青。
おや。アクアマリンでは、なかったか。フィーの瞳の色は。
フィオナ嬢がフィーであるという推測にひびが入る。瞳の色が変わることなどあるのだろうか。いや、記憶違いだろうか。
わからない。
次の日、街を視察した帰り道。僕はソフィア嬢と歩いていた。
「大丈夫? 体調でも悪い?」
顔色のすぐれないソフィア嬢に話しかけると、ソフィア嬢は慌てた様子で返事をした。
「いえ、元気ですよ」
「そう、それならよかった。今日は時々集中できていないようだったから。普段は少しも時間を無駄にしたくないといった様子で熱心に学ぼうとしているだろう?」
ソフィア嬢は顔を赤らめた。
「体調は問題ないなら、何か悩み事でもある? 私でよければ何でも相談にのるよ」
「いえ、大丈夫です」
瞬時に拒否されて目を瞬かせる。僕は嫌われているのだろうか。
「あ、その、悩みはないから大丈夫という意味で」
「そう? また何かあったら言って」
嫌われているわけではなかったようだ。
「あの」
自ら口を開いたソフィア嬢に視線を向ける。
「想いを寄せる方がいらっしゃると耳にしたのですが」
彼女もその話を知っているのか。僕は苦笑いをした。
「君も噂を聞いたんだね。フィーってつぶやいたところを見られてしまっていたようだね。アレンから聞いたよ」
「申し訳ありません、勝手に憶測を……」
ソフィア嬢は目を伏せた。
「いや、気にしなくていいよ。事実だしね」
ソフィア嬢が顔をあげる。アクアマリンの瞳に見つめられて、どきりとした。ああ、この瞳だ。フィオナ嬢がこの瞳を持っていたら……。
「フィーは、好きな人の愛称だよ」
フィオナに視線を向ける。深い青が輝いている。
「ルイス様のような方に想いを寄せられるなんて、その方はきっととても幸せですね。私も素敵な方とご縁があるといいのですけれど」
ソフィア嬢の眼中に僕はいないのだな、そう思った。乗馬の時には僕を意識していたじゃないか。なぜか、嫌だ。
「そう、だね。そうだといいけど……。ソフィア嬢は賢くて優しいから、引くてあまただよ。学園を卒業して社交界に出れば、きっと男女関係なく多くの人に囲まれる人気者になるよ」
フィーは僕に忘れてほしいと思っていたりしないだろうか。少し切なそうなソフィア嬢を励まそうと言葉を選ぶ。ソフィア嬢は魅力的だ。勉強熱心で、素直で、かわいくて……。
いやいや、僕にはフィーがいるのだ。浮気は良くない。
フィオナ嬢ではなくソフィア嬢がフィーだったら……。あるいはフィーはこの学園に通っていなかったらフィー以外の女性に目を向けたって。
ソフィア嬢が横を見たので、自然と僕も視線を追った。彼女の視線の先には小さな白い花が地面から生えていた。
「あの花、気に入ったの? 摘んでこようか?」
ソフィア嬢は首を横に振った。
「いいえ。摘んでしまったらすぐに萎れてしまいますが、そのまま地に生えていればまだまだあの花は咲き続けられますから。お気持ち、ありがとうございます」
そうだった。フィーもそういう子だった。
いろいろな花が咲くたびに楽しそうに見つめていたけれど、摘むことは決してなかった。理由を問うと、今のソフィア嬢と同じことを言ったのだ。
木から落ちてきた、花びらの状態ではなく花の形を保った淡いピンクの花をプレゼントすると、嬉しそうに笑っていた。
ソフィア嬢がフィー、そんなことはあるだろうか。
ソフィア嬢のプラチナブロンドの髪が、日の光に透けて輝いた。




