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初恋と想い出と勘違い  作者: 瀬野凜花


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31/46

31 偽物

 エレナと街に行った帰り、用事があるというエレナと別れて部屋に帰ろうと歩いていると、ルイス様とすれ違った。


「こんにちは、ルイス様」


 ルイス様は気づかなかったようで、先を見つめて早足で歩き去っていく。

 通路は広いわけではない。普段のルイス様ならば気づかないことはないだろう。


 ルイス様はどこへ行くのだろうか。湧き上がった好奇心に、ルイス様の後をついていくことにした。




 ルイス様が向かったのは、庭園だった。


 柱の影から覗くと、ルイス様が誰かと一緒にいるのが見えた。


「お呼び出しに応じていただき、ありがとうございます。ルイス様」


 その声に私は目を見開いた。フィオナの声だ。

 2人は既に恋人となっていて逢瀬を楽しもうとしているのだろうか。あるいは、フィオナもルイス様のことが好きで、想いを伝えようとしているのだろうか。

 いずれにしろ、私が聞いていい話ではないだろう。部屋に帰ろうと動きだしたその時。


「あの手紙に書かれていたことは本当なのか」


 ルイス様の声が聞こえて、私は思わず視線をそちらに戻した。

 問い詰めるような、どこか懇願するような響き。


「本当です」


 手紙。フィオナからルイス様への手紙だろうか。何が書かれていたのだろう。

 いや、早くこの場を離れなければ。盗み聞きは良くない。


「君が、フィーなのか?」


 踏み出そうとした足がぴたりと止まる。どういう意味だろう。フィーはフィオナのことではなかったのか。


「私は長い間、この学園で再会できるのを心待ちにしていた人がいた」


 まさか。嘘でしょう。


「私はその子のことをフィーと呼んでいた。フィーと学園で会えたら嬉しいと思っていたことは、フィー以外の誰にも話したことはない。フィーという女の子と知り合ったときのことも、1人の使用人にしか話していない」


 フィーは、私のことだったの?


「なぜ、知っている」


 フィオナは目を瞬いた。


「なぜって……。手紙にも書いたでしょう。私がそのフィーだからですよ。もっと早く言えばよかったのに、ずっと黙っていてごめんなさい。ルー」


 どうして。頭が混乱する。フィオナは、今何と言ったのか。フィオナが、フィー?

 違う。フィーは私だ。フィオナはどうしてそんな嘘をつくの。

 ルーって、呼ばないで。


「それは、本当か? 本当に、君がフィーなのか?」


 ちがう。ちがう。


「もちろんです」


 フィオナが無邪気な笑顔をルイス様に向ける。


 ルイス様がゆっくりとほほえむのを、私は呼吸も瞬きも忘れて見つめていた。買ったばかりのオレンジ色の日記帳をかたく握りしめて。


 ああ。無理だ。


 私はその光景を見続けることに耐えられず、走ってその場を後にした。




 部屋に戻って、ずるずると座り込む。

 ルイス様は、ほほえんでいた。きっとフィオナがフィーだということを信じたのだろう。


 私が本物のフィーだと名乗り出る?


 今更私が名乗り出たとして、ルイス様に信じてもらえるだろうか。

 私がずっと、ルイス様にフィーだと明かさなかったのが悪いのではないか。


 そもそも、あの時に嘘をつかなければ。いや、それではお父さまの言いつけに背くことに……。


 沈んでいく考えを振り払おうと水を飲む。しかし、思考は止まらない。


 ルイス様は、フィーは平民だと思っていただろう。それに、ルイス様の記憶の中のフィーは茶髪で青い瞳の女の子のはずだ。


 そう。ちょうどフィオナのような。


 私は瞳の色こそ変わらないものの、髪の色は薄くなってプラチナブロンドに変わった。

 フィオナと私、どちらの方が信ぴょう性があるかなんて。


 ああ。

 長い長いため息をついた。

 

 こんな思いをすると分かっていたら、あの時友だちになりたいなんて言わなければよかった。友だちになったとしても、好きにならなければよかった。


 そんな心にもないありえない妄想をして、私はベッドに倒れこんだ。日記帳を強く握りしめすぎたのか、日記帳を離そうとしても手が開かない。


 もうすぐエレナが戻ってくる頃だろうか。せっかく気分転換に付き合ってもらったのに、また心配させてしまうかな。


 私は目を閉じた。今はもう、何も考えたくない。

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