31 偽物
エレナと街に行った帰り、用事があるというエレナと別れて部屋に帰ろうと歩いていると、ルイス様とすれ違った。
「こんにちは、ルイス様」
ルイス様は気づかなかったようで、先を見つめて早足で歩き去っていく。
通路は広いわけではない。普段のルイス様ならば気づかないことはないだろう。
ルイス様はどこへ行くのだろうか。湧き上がった好奇心に、ルイス様の後をついていくことにした。
ルイス様が向かったのは、庭園だった。
柱の影から覗くと、ルイス様が誰かと一緒にいるのが見えた。
「お呼び出しに応じていただき、ありがとうございます。ルイス様」
その声に私は目を見開いた。フィオナの声だ。
2人は既に恋人となっていて逢瀬を楽しもうとしているのだろうか。あるいは、フィオナもルイス様のことが好きで、想いを伝えようとしているのだろうか。
いずれにしろ、私が聞いていい話ではないだろう。部屋に帰ろうと動きだしたその時。
「あの手紙に書かれていたことは本当なのか」
ルイス様の声が聞こえて、私は思わず視線をそちらに戻した。
問い詰めるような、どこか懇願するような響き。
「本当です」
手紙。フィオナからルイス様への手紙だろうか。何が書かれていたのだろう。
いや、早くこの場を離れなければ。盗み聞きは良くない。
「君が、フィーなのか?」
踏み出そうとした足がぴたりと止まる。どういう意味だろう。フィーはフィオナのことではなかったのか。
「私は長い間、この学園で再会できるのを心待ちにしていた人がいた」
まさか。嘘でしょう。
「私はその子のことをフィーと呼んでいた。フィーと学園で会えたら嬉しいと思っていたことは、フィー以外の誰にも話したことはない。フィーという女の子と知り合ったときのことも、1人の使用人にしか話していない」
フィーは、私のことだったの?
「なぜ、知っている」
フィオナは目を瞬いた。
「なぜって……。手紙にも書いたでしょう。私がそのフィーだからですよ。もっと早く言えばよかったのに、ずっと黙っていてごめんなさい。ルー」
どうして。頭が混乱する。フィオナは、今何と言ったのか。フィオナが、フィー?
違う。フィーは私だ。フィオナはどうしてそんな嘘をつくの。
ルーって、呼ばないで。
「それは、本当か? 本当に、君がフィーなのか?」
ちがう。ちがう。
「もちろんです」
フィオナが無邪気な笑顔をルイス様に向ける。
ルイス様がゆっくりとほほえむのを、私は呼吸も瞬きも忘れて見つめていた。買ったばかりのオレンジ色の日記帳をかたく握りしめて。
ああ。無理だ。
私はその光景を見続けることに耐えられず、走ってその場を後にした。
部屋に戻って、ずるずると座り込む。
ルイス様は、ほほえんでいた。きっとフィオナがフィーだということを信じたのだろう。
私が本物のフィーだと名乗り出る?
今更私が名乗り出たとして、ルイス様に信じてもらえるだろうか。
私がずっと、ルイス様にフィーだと明かさなかったのが悪いのではないか。
そもそも、あの時に嘘をつかなければ。いや、それではお父さまの言いつけに背くことに……。
沈んでいく考えを振り払おうと水を飲む。しかし、思考は止まらない。
ルイス様は、フィーは平民だと思っていただろう。それに、ルイス様の記憶の中のフィーは茶髪で青い瞳の女の子のはずだ。
そう。ちょうどフィオナのような。
私は瞳の色こそ変わらないものの、髪の色は薄くなってプラチナブロンドに変わった。
フィオナと私、どちらの方が信ぴょう性があるかなんて。
ああ。
長い長いため息をついた。
こんな思いをすると分かっていたら、あの時友だちになりたいなんて言わなければよかった。友だちになったとしても、好きにならなければよかった。
そんな心にもないありえない妄想をして、私はベッドに倒れこんだ。日記帳を強く握りしめすぎたのか、日記帳を離そうとしても手が開かない。
もうすぐエレナが戻ってくる頃だろうか。せっかく気分転換に付き合ってもらったのに、また心配させてしまうかな。
私は目を閉じた。今はもう、何も考えたくない。




