30 相談 ~2~
ゆっくりとカップを持ち上げ、紅茶を一口飲む。温かい紅茶がのどを滑り落ちて、お腹のあたりがじんわりと暖かくなる。渇いたのどをうるおして、私は口を開いた。
「私、長い間友だちがいなかったの」
ぽつり、ぽつりと言葉をこぼす。
本当に心を許せる友だちが欲しかったこと。ずっと対等に話してくれる人が現れなかったこと。そんな時、ルイス様に、ルーに出会ったこと。
体を動かすことが好きなエレナは、私が幼少期に貴族らしくない生活をしていたことをきっと馬鹿にしない。それに、エレナと過ごしてきた時間はそれほど長くなくても、エレナが人に私の話を漏らすことはないだろうと信用するには十分だった。
ルーに出会って、初めて友だちと呼べる存在ができたこと。ルーと過ごす時間は本当に大切なものだったこと。でも、ルーに本当の身分や名前を明かすことは最後までできなかったこと。そして、きっと淡い初恋だったこと。
エレナは一度も口を挟むことなく、相槌もうたず、ただ頷いたり時には目を見開いたりしながら、静かに聞いていた。
「学園に入学して再会して、また恋に落ちたの。でも、ルイス様は、フィオナのことが好きなのよ」
紅茶を飲む。エレナが声を発した。
「でも、ルイス様は好きな女性のことをフィーと呼んでいるのでしょう。それはあなたのことじゃないの?」
私は顔を横に振った。
「昨日、その話をルイス様に振ったのよ。ルイス様は、フィーは好きな女性の愛称だって言いながら、フィオナを見ていたのよ。フィオナの愛称がフィーなのよ、きっと」
「そうだとしても、望みはあるかもしれないじゃない!」
「私も素敵な人と出会えるでしょうかって言ったら、学園を卒業して社交界に出れば、きっと人気者になるよって言われたのよ。遠回しに振られているような言葉に感じたの」
エレナは言葉につまって黙り込んだ。かと思いきや、目をカッと見開いて詰め寄った。
「どうしてその場で告白しなかったのよ! まずは恋愛対象に入らないとどうしようもないわ。もしくは昔の話をしたって良かったと思うわ」
「そんな勇気、ないわよ。そもそも、他の女性のことが好きだと言われた後に想いを告げるなんて私にはできないわ。昔の話をするかどうかは私も一晩中悩んでいたけれど、話して友だちになってルイス様とフィオナが幸せそうにしているところを近くで見続けるなんて耐えられない。距離を置きたいの」
そう、そうね。ルイス様に打ち明けるなんてできないわ。心の中のてんびんが傾いた。
「そんな……」
エレナの目が潤む。
「ありがとう。話を聞いてくれて」
「いいえ。私こそ、無理に聞き出してしまったわよね。ごめんなさい」
涙声のエレナに眉尻を下げる。おかしいわね、エレナの顔がよく見えないわ。
「とりあえず、今日はゆっくり過ごしましょう。時間が経てば心も整理されて良い考えが浮かぶかもしれないわ」
エレナは私に寄り添って、あたたかい言葉をかけてくれる。涙が何度もこぼれ落ちていく。
思い切って話して良かった。
同性の初めての友だちが、エレナで良かった。
少し落ち着いて深く息を吸って顔を上げると、カバンの中からのぞく水色の日記帳が目にとまった。
「エレナ、合宿初日にあの水色のノートには何が書かれているのかって聞いたわよね」
「ええ」
何を言い出すのかとキョトンとしたエレナに、くすっと笑みをこぼした。
「あれはね、日記帳なの。ルイス様との想い出を書きとめてあるのよ。初恋は叶わないかもしれないけれど、とても、とても大切な想い出なの。ルーとの想い出は、宝物なのよ」
「日記帳だったのね。素敵だと思うわ。でも……」
「でも?」
「私との思い出も宝物にしてもらわないといけないわね! 今から思い出を作りにいくわよ!」
私の手を取ってドアの鍵を開け、ズンズンと進むエレナに声をあげて笑う。
「エレナは女の子で初めての友だちなのよ。一緒にショッピングに行ったり、紅茶を飲みながらいろいろなことを話して笑ったり。どれも私の大切な思い出で宝物だわ」
「あら、嬉しいわね。私もソフィアとの思い出はどれも大切よ。ソフィア大好き!」
エレナが抱きついてくる。
「私も大好きよ!」
笑って抱きしめかえすと、エレナはおもむろに体を離した。
「ところでソフィア、もう一冊日記帳持ってる?」
「持っていないけど?」
首を傾げると、エレナは「なんですって!?」と叫んだ。
「私との思い出も日記帳に書いてもらわないと困るわ! 今から街に行って日記帳を買うわよ!」
「今から!?」
私たちはころころと笑いながら街に行って、オレンジ色の日記帳を買った。暗くなった気分を変えてくれたエレナに感謝しながら日記帳を抱きしめた。書くことはたくさんあるわ。




