28 街歩き
次の日の朝になっても、私は悶々としていた。ルイス様がフィオナを見るまなざしが頭から離れない。あの後、少し落ち着いた私は平静を装って席に戻った。ルイス様にもフィオナにも泣いたことを悟られてはいないと思う。アレン様とエレナの気遣わしげな視線はわずらわしかった。1人になりたかった。
部屋に戻ると、フィオナが部屋を離れたタイミングでエレナに「大丈夫?」と聞かれた。沈黙していると、必死に私をなぐさめようと言葉を並べる。大丈夫なわけがない。
ルイス様は、恋をしている瞳をしていた。
そう確信したから、私はあれほどの衝撃を受けたのだ。自室ではなく、誰かに見られてしまうかもしれない図書館の隅で泣いてしまうくらいの。
エレナも同じように感じたから「大丈夫?」と聞くのでしょう? 私の片想いは叶わないと感じたから、励ましの言葉ではなくてなぐさめの言葉をかけたのでしょう?
自分が卑屈になっているのを感じる。
エレナには「大丈夫よ」とだけ返して、ベッドに潜りこんだ。寝たら忘れるかもしれない、気持ちが少しは落ち着くかもしれないと期待して。
そんな期待も虚しく砕け散ったわけだけど。
朝に集合した時には、ほぼ悟られないであろうくらいには表情を取り繕って、様子を伺うエレナにはにこやかに昨日なぐさめてくれたことへのお礼を言った。少しほっとしたような表情を浮かべたのを見て、きちんと取り繕えたようだと安堵した。
実際の私の心はボロボロだ。今すぐ自宅に帰って大声で泣きたい。
今日は街を歩きながら民たちの暮らしを実際に見て、時には話を聞いて、将来領地を経営する時などに活かそうということらしい。
なかなかない機会だ。私がぼんやりしている間にもルイス様は積極的に話しかけて、話を聞いている。見習わないと。
空が赤らんできた頃。
「そろそろ帰ろうか」
ルイス様の言葉に頷き、私たちは並んで歩き出した。時折ルイス様とフィオナが話しているのを見て動揺しながらも、有意義な時間を過ごせたと思う。部屋に帰ったら、今日見聞きしたことや感じたことをしっかりと書き留めよう。
ルイス様とアレン様が、前を歩きながら今日知ったことについて語り合っている。将来の領地経営にどのように活かすのかも話し合っているのが漏れ聞こえてくる。
ルイス様がフィオナと歩いていないことに安堵して、そんな自分が嫌になった。好きな人の恋を、幸せを応援できない自分が。それに、フィオナとルイス様が両想いの可能性もあるのに。
エレナは私が1人になりたいのを悟ったのかフィオナと話している。歩きながら視線を落とし、足元を見つめた。ルイス様に再び恋をしてから、私はどんどん醜くなっている気がする。恋愛小説の中の恋は、辛いこともあっても幸せでいっぱいなのに。私の恋は大違いだ。そもそも、この気持ちに「恋」というきれいな言葉を当てはめてもいいのだろうか。
恋する気持ちなんて、捨ててしまいたい。
「大丈夫? 体調でも悪い?」
突然話しかけられてバッと顔をあげると、先ほどまで前でアレン様と話していたはずのルイス様が隣にいた。アレン様はというと、エレナに話しかけて顔をしかめられているところだった。
「いえ、元気ですよ」
いきなりのことに頭が真っ白になりかけながらもどうにか返事をした。
「そう、それならよかった。今日は時々集中できていないようだったから。普段は少しも時間を無駄にしたくないといった様子で熱心に学ぼうとしているだろう?」
頬が熱くなる。集中しきれない様子を見られていたことへの恥ずかしさと、普段の様子を好きな人に褒められたことへの嬉しさに。
「体調は問題ないなら、何か悩み事でもある? 私でよければ何でも相談にのるよ」
「いえ、大丈夫です」
拒否してしまってから、はっとする。ルイス様は善意から相談にのろうとしてくれたのに。傷つけてしまっただろうか。私の悩みをルイス様本人に話すなんて無理、その思いが強くてとっさに言ってしまった。
「あ、その、悩みはないから大丈夫という意味で」
しどろもどろになりながら弁解する。
「そう? また何かあったら言って」
気にする様子もなくそう言ったルイス様は、話が終わっても私の横を離れることなく歩き続けている。フィオナに話しかけなくていいのだろうか。今はエレナとともにアレン様に振り回されているけれど。
「あの」
勇気を出すなら今しかない。
「想いを寄せる方がいらっしゃると耳にしたのですが」
そう、元々はこの話をしたいと思って合宿に来たのだ。切なそうにつぶやいた「フィー」は、幼き日の私のことなのか。私ではないとしたら、その人に恋をしているのか。
「君も噂を聞いたんだね」
ルイス様は苦笑した。
「フィーってつぶやいたところを見られてしまっていたようだね。アレンから聞いたよ」
「申し訳ありません、勝手に憶測を……」
人の話を本人のいないところでしていた自分を恥じて、足元を見つめた。
「いや、気にしなくていいよ。事実だしね」
ガバッと顔をあげてルイス様を見上げた。
「フィーは、好きな人の愛称だよ」
ルイス様の視線を追う。その先には、アレン様に何かを言い返しているエレナの横で笑うフィオナがいた。フィオナ。そうか。フィオナの愛称が、「フィー」なのか。
私のことかもしれない。そう期待した気持ちがしぼんでいく。
「ルイス様のような方に想いを寄せられるなんて、その方はきっととても幸せですね。私も素敵な方とご縁があるといいのですけれど」
ルイス様に笑顔を向ける。既に好きな人がいるルイス様に私の気持ちを知られたくなくて発した言葉が、心の傷をさらにえぐった。
「そう、だね。そうだといいけど……。ソフィア嬢は賢くて優しいから、引くてあまただよ。学園を卒業して社交界に出れば、きっと男女関係なく多くの人に囲まれる人気者になるよ」
好きな人に褒められて嬉しい気持ちもありながらも、素直に喜べない。
たとえ本当に人気者になろうとも、たった一人、ルイス様が私のことを好きになってくれなければ、意味がないのに。
忘れられるだろうか。この気持ちを。
誰か他の人を愛せる日は、来るのだろうか。




