27 図書館
翌日の課題は各グループで話し合って美術館か図書館かを選び来訪するものだった。
「私はどちらでもいいわ」
「おれも」
アウトドア派のエレナとアレン様は美術館にも図書館にも興味がないらしい。残りの3人で顔を見合わせた。
「どちらかといえば図書館かな」
「私も図書館に行きたいです」
「わ、私も図書館の方が……」
満場一致で図書館に決定した。
そういうわけで図書館に到着した私たちは、思い思いの本を持って再集合することになった。
「おれ、活字読むの苦手なんだけど……」
「あら。貴族たるもの、いずれは書類とにらめっこをする羽目になるのよ。苦手意識は早いうちに無くした方がいいわ」
「エレナ嬢は何を読むんだよ」
「そうね、動物の図鑑なんておもしろそうじゃない?」
「確かに、おもしろそうだな。おれも図鑑にしようかな……って、図鑑も絵ばかりで活字は少ないだろ。エレナ嬢も人のこと言えないって」
「あら、ばれた?」
ポンポンと会話を交わしながら去っていく2人。仲がいいわね。
本棚に向き直って見上げる。今日は何を読もうかしら。最近は隣国の言語を習得しようと学んでいるところだから、隣国の言語で書かれた本がいいかも。
本棚の表示を見ながら、異国の言語で書かれた本のコーナーに移動する。日常会話程度ならばある程度こなせるようになってきたので、題名くらいならばほとんど理解することができる。
1番上の棚から順番に題名を見ていくと、恋愛小説が目にとまった。恋愛小説と、念のため辞書を持っていこうかな。
恋愛小説を手に取り、辞書を見上げる。高くて届きそうにない。脚立を取ってこないと。どこにあるかしら。
脚立を探して歩いていると、ルイス様の姿が目に入った。ルイス様は何を読むのかな。思い切って話しかけて聞いてみようか。
そう思って一歩踏み出したところで、ルイス様がどこかを見つめていることに気がついた。
何を見ているのかと気になって視線の先をたどると。
そこには、フィオナがいた。
フィオナは経営学の棚の前にいて、どの本を手に取るか悩んでいるようだった。
ルイス様に視線を戻して、私は雷にうたれたように動けなくなった。
焦がれるような瞳を、していたから。
見ているだけでその切ない想いが伝わってくるような瞳。ルイス様は、恋をしているのだろうか。誰に? フィオナに。
ルイス様がフィオナに近づいていく。驚くフィオナと軽く会話を交わし、フィオナでは届かない高さにある本を自然な動作で取って、フィオナに渡す。フィオナが何度も頭を下げて、ルイス様は笑ってフィオナが頭を下げるのをやめさせて……。
その光景を、息をするのも忘れて、ただただぼうぜんと眺めた。
気がついた時には、私は恋愛小説と辞書を持って再集合場所の丸いテーブルに座っていた。いつの間に脚立を運んで辞書を取ったのだろうか。
ルイス様とフィオナはどちらも経営学の本を読んでいるようで、本の内容について言葉を交わしながら読み進めている。ルイス様は時々本を読み進める手を止めて、隣に座るフィオナを見つめている。
何を、考えているのだろう。
もし、ルイス様がフィオナに恋をしているのだとしたら。2人の身分はあまりにも差があって。その恋が恋愛小説のような幸せな結末を迎えることはほとんどないだろう。
叶わない恋の切ない想いが瞳ににじみ出ていたのだとしたら。先ほどの焦がれるような瞳にも、説明がつく。ついてしまう。
考えすぎだ。きっと。邪念を振り払って恋愛小説に集中する。辞書を使わずとも分かる単語が多く、知らない単語も文脈から意味を推測しながら読み進めていく。
その小説は、男爵令嬢と王子の身分違いの恋の話だった。
よくある、王道のストーリー。今までにも何度も似たような設定の話は読んだことがある。
それでも、今の私はどうしてもルイス様とフィオナに重ね合わせてしまう。普段なら小説の主人公の男爵令嬢が王子と距離を縮めるたびに胸がときめくはずなのに、今の私の胸は締めつけられる。
この本を読むのはやめよう。そう思って本を閉じて顔をあげると、なんとも言えない表情をしたアレン様とエレナと目が合った。
図鑑に飽きたのね。そう思って苦笑すると、エレナは気まずそうに目を伏せ、アレン様はそわそわとルイス様とフィオナを見た。
そんな表情、しないで。
勘違いだと、ルイス様がフィオナに恋をしているわけではないと、そう思いこみたいのに。
そんな様子を見せられたら。
私は恋愛小説を持って立ち上がった。
読み終わったから違う本を取りに行くのだと、そう見えるようにゆったりと歩く。エレナとアレン様からの視線を感じながらも気づいていないふりをした。
4人のいるテーブルから見えない位置まで来て、壁にもたれかかった私はずるずるとしゃがみこんだ。
服にしわがよったり汚れたりしたら、マリアに怒られてしまうかしら。
テーブルに戻る時にはまた、いつも通りの私に戻らなければ。それが、私の、侯爵令嬢ソフィアとしての、プライド。
堪えきれなかった涙が一滴、頬をつたった。




