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初恋と想い出と勘違い  作者: 瀬野凜花


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25 シチューを作ろう

 グループ分けが無事に終わり、先生の誘導で私たちが向かったのはキッチンではなく、畑だった。


「どうして私が畑なんかに来ないといけないのよ。部屋に帰ろうかしら」


 ぶつぶつと文句が聞こえてきて、私はこの合宿の内容に料理が含まれている理由を何となく理解した。令嬢は料理をしないのが普通であっても、料理がどのようにして出来上がって食卓に並んでいるかを理解しなくても良いということではないのだ。私は家族や使用人の皆に恵まれていたわね。


 さすがに貴族たちに収穫を手伝えというわけではないらしく、私たちはシチューの材料にするにんじんと玉ねぎとカブの収穫の様子を見学した。


 畑にはたくさんの植物が植えられていた。どこを見てもオレンジ色のにんじんも、丸っこい玉ねぎやカブもない。


 そういえば、野菜の中には土の中に埋まっているものがあるのだったわね。

 料理をしながら聞いた話を思い出して納得する。私が野菜を見るときには既にきれいに洗われて葉の部分は切り落とされているので、こうして土に埋まっている姿を見るのは初めてなのだ。


 私からしてみれば周囲の葉と同じに見える葉も、くいっと引っ張られて土の中に埋まっていた部分が姿を見せると、そこにはオレンジ色のかたまりがぶら下がっている。


 本当に土の中に埋まっているのだと、言葉だけで知っていた事実を私自身の目で確認することができて感動する。


 ひと通り収穫作業を見学して満足して顔を上げると、見学する私の横に立っていたエレナがぼうっとして暇そうにしているのに気がついた。


「ごめんなさい、エレナ。しっかり見学ができたわ。待たせてしまったわね」


 声をかけると、はっと意識をこちらに向けたエレナはにこっと笑った。


「いいのよ、熱心に見学していたわね。私は領地で見学したことがあったから特に目新しいことはなかったのだけれど、初めて見た時は新鮮よね」


「そうなの。野菜って本当に土に埋まっているのね!」


「どうして茶色い土の中から鮮やかなオレンジ色のにんじんが出てくるのか、不思議よね」


 エレナの言葉に強く頷いた。本当にその通り。不思議。


 周囲を見渡すと、それぞれが自由に見学をしている様子が見えた。ルイス様はアレン様と一緒に、シチューとは関係ない野菜も見学している。土の様子も触って確認しているようだ。畑に興味のない人たちは、会話に花を咲かせたり、勉強熱心なルイス様を見て感心したりしている。フィオナは少し離れたところに植えられていた白い花を眺めて楽しんでいるようだ。


 その後再集合した私たちは、牛を遠くから見学した。のんびりと草をはんでいる。今日シチューに入れる牛肉の牛は、元々はあの牛たちと一緒に飼育されていたのだと説明があった。生きていた牛のお肉をいつも食べているのだと改めて認識した。おいしそうにのんびりと草を食べている様子を見ていると、心が痛む。

 何人か倒れた令嬢もいたらしい。無理もないわ。私も倒れてしまうかと思ったもの。


 そして長めの昼食休憩を挟んでようやく、調理をする段階になった。近くのレストランの料理人たちが指導のために来ている。


 まずは野菜を切るようだ。皆料理に慣れていないので最終的には料理人の方々が切ってくれるそうなのだが、全員が少しは包丁を握り野菜を切るようにと言われて、それぞれが恐る恐る包丁を手にした。


 何度も料理をしていれば、手際はともかくとしてある程度包丁の扱いには慣れてくる。私はゆっくりと丁寧に野菜を切っていった。隣で小気味良い音が聞こえてそちらを見れば、フィオナが慣れた手つきでテンポ良く野菜を切っていた。


「フィオナ、包丁の扱いが上手ね。ソフィアもゆっくりだけどスムーズだわ」


 感心したような様子のエレナ。しかし、その手元には傷ひとつ付いていないにんじんが転がっている。


 苦笑すると、エレナは「見られてしまったわね」と恥ずかしそうに笑った。


「手を切ってしまいそうで怖いのよ」


「利き手で包丁を握って、反対の手の指先は丸めて野菜を押さえてゆっくりと切ってみて。落ち着いて挑戦すれば大丈夫よ」


 手元のカブで実演しながら説明すると、エレナはようやく包丁を握って、目の前のにんじんと格闘し始めた。危なっかしい様子にヒヤヒヤしながら見守っていると、前から声をかけられた。


「ソフィア嬢、私にも教えてくれないかな」


 ビクッと肩が震える。そう、意識しないようにしていたのだが、私の前にはルイス様がいるのだ。話しかけられた途端に顔が熱くなって、緊張しているのがルイス様に気づかれませんようにと祈りながら、平静を装って「もちろんです」と答えた。


 エレナにした説明を、ルイス様に対してもう一度繰り返した。説明している内容は同じなのに落ち着かない。


 話せて嬉しい。仲良くなりたい。可愛いと思ってほしい。


 でも、好きという気持ちは気づかれたくない。


「教え方が上手いね。私でも切ることができたよ。ありがとう」


 ありがとうという言葉一つで舞い上がった。エレナがおっかなびっくり野菜を切って大騒ぎしているのも、アレン様がフィオナに教えてもらっているのも耳に入らない。


 その後、サイコロ型に切られた牛肉と一緒に野菜を煮込んで味付けをしたはずだが、あまり記憶はない。頭の中でルイス様の「ありがとう」が繰り返し再生されていた。


 完成したシチューを5人で食べた。野菜の形も大きさも不揃いで味付けもシンプルで、普段食べている料理には遠く及ばないはずなのに、みんなで作ったシチューはとてもおいしくて、あたたかかった。「おいしいね」と笑い合って、幸せでいっぱいの胸とお腹を抱えて部屋に戻った。


 部屋でくつろいで3人で話しているうちにうとうとしてきて、私は眠りに落ちた。幸せな眠りだった。少しして目が覚めると2人も寝ていた。ブランケットを取ってきて2人の肩に掛ける。今日の思い出を忘れないうちに日記に綴ろうと思い立ち、カバンを開けた。


 その時、何か違和感を覚えたような気がして、私は首を傾げた。改めてカバンの中をのぞいてみたり部屋を見渡したりしてみたが、特におかしいところはない。きっと気のせいね。

 気を取り直して日記を開いた。今日は書くことがたくさんあるわ。

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