23 合宿初日
1週間の合宿初日。合宿の間寝泊まりする部屋に荷物を置き、広い部屋を見渡したエレナは、真剣な表情でこちらを振り返った。
「私たちには、今から決めなければならない重要なことがあるわ」
もったいぶったエレナは、深く息を吸った。
「それは……、誰がどのベッドを使うかよ!」
そう。今回の合宿は1人1部屋ではなく、数人で1つの部屋に泊まることになっているのだ。3人部屋がほとんどだったため、以前の発表のときと同様、私とエレナとフィオナの3人でグループを組んだのだ。
部屋は3人で1週間を過ごすのに十分な広さで、中心には柔らかそうなソファとテーブルがある。ベッドが3つあり、それぞれのベッドの横には机が置かれていた。3つのベッドのうち1つは窓側にあり、日当たりが良い。エレナが言っているのはそのベッドのことだろう。
「私はあのベッドじゃなくてもいいから、エレナとフィオナで相談してちょうだい」
私は肩をすくめた。
「わ、私もこだわりはありませんので、ぜひエレナがお使いください」
部屋割りを決める時に、「平民の私が身分の高いお2人とご一緒するなんて……!」と萎縮していたフィオナは、今も部屋の端に立って両手で窓側のベッドを指し示し、エレナに譲った。
「フィオナもそう言っているのだから、エレナが使うといいと思うわ。あとフィオナ、もう少し緊張を解いて楽にしてくれると私も嬉しいのだけれど」
「いえ、そんな……」
「あら、本当に? それなら遠慮なく!」
逆効果だったようで一層身を縮めるフィオナと、大喜びでベッドに向かうエレナに苦笑する。合宿初日の今日は同じ部屋の人をはじめとして、クラスメイトたちと友好を深めるための時間として自由に使っていいことになっているのだが、フィオナと打ち解けることはできるだろうか。
荷解きを始めたエレナにならって、私もかばんを開いた。ノートや筆記用具などの勉強に必要な道具を机に置き、美容関係の用品を整理していると、水色の日記帳が目にとまった。日記帳を取り出してぱらりとめくる。
日記帳は私のお守りのようなものだった。想い出を詳細に綴った日記帳。ルイス様の声や顔を忘れていく中で、読み返すことでルイス様と過ごした時間を思い浮かべることができる日記帳は、心の支えだった。ルイス様に噂の真偽を聞くのだと決意した私は、悩んだ末に合宿にお守りを持ってくることにしたのだ。
「ソフィア、そのノートには何が書いてあるの?」
いつの間にか荷解きを終えていたエレナに声をかけられて、反射的に日記帳を閉じて机の上に置いた。日記帳には、学園に入学してルイス様に再会してからの出来事や想いも書いてある。マリアにも絶対に読まないようにと言ってあるのに、エレナに見られたら恥ずかしすぎる。
「じゅ、授業の板書よ」
「あら、その割にはソフィアがそのノートを持っているのを見るのは初めてよ。何の授業のノートなのかしら」
下手な嘘はあっさりと見破られる。にやりと笑ったエレナに嫌な予感がして、後ずさった。
「ルイス様への想いなんてものが書かれてたりして」
私は顔を真っ赤にした。早くこの場から逃げ出したくて、驚くフィオナには構わず、ドアに向かって走った。
「あら、図星なのね! ソフィアは分かりやすいから助かるわ! ちょっと話を聞かせなさいよ!」
楽しそうに笑いながら部屋の外まで追いかけてくるエレナに、私は必死に逃げた。話す。話すけれど、落ち着く時間が欲しい。令嬢たちに驚かれながらも、私の息が切れるまでの数分間、追いかけっこは続いた。
「はー、疲れた。もう走りたくない……」
げっそりした私に対して、同じだけ走ったはずのエレナはけろりとしている。
「ソフィアが逃げるからじゃない」
ため息をつきながら部屋に着いてドアを開ける。
「フィオナ、ごめんね。急に2人とも出ていってしまって」
「いえいえ、お気になさらず」
フィオナは、いつもにも増して激しく顔の前で手を振った。
「ごめんなさいね、フィオナ。ソフィアをからかうのはおもしろいから、ついうっかりね」
おもしろい、うっかりでからかわれて追いかけられるのは困るんだけど。再びため息をつきながら、エレナに読まれる前にかばんに戻そうと日記帳を手に取る。持ってこなければよかった。
私の恋の話で勝手に盛り上がるエレナとその相手をしているソフィアの会話を聞いて、本日何度目か分からないため息をつきながら日記帳をかばんにしまった。
この合宿の間に、ルイス様と話ができますように。




