21 醜い心
ルイス様のことを気にしながらも変わり映えのない学園生活を送り、季節は春から夏に移り変わった。制服は半袖になり、暑さを感じながら日々を過ごしていた。
ルイス様は誰にでも優しい。もちろん席が前後である私にも親切にしてくれて、あの10歳の時のことを思い出すことが多くなった。ルイス様は週に何度か令嬢たちと昼食をとることにしたらしく、定期的に令嬢たちに囲まれて食事をしているのを見かける。ルイス様はいつも完璧な笑顔で、その時間をどう思っているのかはわからなかった。
あの令嬢たちの中にルイス様が好きな方はいらっしゃるのかしら。そんなことを考えると、胸がきゅっと縮こまるような痛みを感じる。ルイス様を取り囲む大勢の令嬢たちと順番に過ごしているのか、一緒にいる令嬢が毎回異なり、特定の令嬢と過ごしていないのが救いだった。……救い? どうして私はルイス様が特定の方と親しくなっていないことを喜んでいるのかしら。
最近の私はどこかおかしい。ルイス様とは毎日必要最低限の会話しか交わしていないはずなのに、「おはよう」とほほえまれるだけでその日は気分良く過ごせるのだ。きっと、私にとって初めての友だちだから特別なの。そう自分に言い聞かせた。
そんなある日教室に着くと、令嬢たちが興奮した様子で一箇所に集まっている。よく見ると、興奮した様子で話す1人の令嬢の周りに大勢の令嬢が集まっているようだった。令息たちは少し離れたところでため息をついている。令嬢たちの輪の一番外側にエレナやフィオナもいて、話を聞いているようだ。
「おはよう、エレナ」
「あらソフィア、おはよう」
エレナは気遣わしげに私を見つめた。
「何の話をしているの?」
首をかしげる。教室中の令嬢たちが興味を示す話って何かしら。
「それがね、ルイス様には好きな方がいらっしゃるらしいのよ」
ためらいを見せながらエレナが発した言葉に、私は目を見開いた。心臓がドクンと跳ねた。ルイス様に好きな人がいる?
「そう」
やっとの思いでそれだけを口にした。ルイス様に好きな人がいる。きっとその人は幸せだわ。ルイス様に想いを寄せられて断る人なんているわけない。
うらやましいな。
遅れて到着した令嬢にせがまれて中心の令嬢が最初から話し出した話が、ぼんやりとそんなことを考えている私の耳にも届いた。教室は令嬢たちの歓声で騒がしいのに、令嬢の話はやけに鮮明に聞き取れた。
「実はね、先輩から聞いた話なのだけれど。一昨日の話よ。庭園にたたずんでいたルイス様がね、ぽつりと女性の名前をつぶやいたのですって! それはそれは切なそうに。愛称だったそうよ。恋をしていらっしゃるに違いないわ!」
「なんて名前だったの? もったいぶらずに教えなさいよ!」
「私だって知りたいわよ。先輩は忘れたって言って教えてくれなかったのよ。ひどいと思わない?」
「それはひどいわね!」
「愛称で呼んでいるなんて、親しいお方に違いないわ! ルイス様が愛称で呼ぶ方はこの学園にいたかしら?」
「いないとおもうわ。2人でいる時だけの愛称だったらロマンチックね」
「ルイス様が一方的に愛称で呼びたいと思っているだけかもしれないわよ。それならば切なそうな様子だったことにも説明がつくわ」
「あら、それなら私たちにも可能性はあるじゃない」
「全員に可能性があるわよ!」
「私だったらどうしましょう!」
キャーと叫ぶ令嬢たち。その先輩から呼んでいた愛称を聞き出すようにというミッションが中心の令嬢に課されている様子をぼんやりと眺める。
「大丈夫?」
心配そうにのぞきこんでくるエレナに、私は弱々しい笑顔を向けた。
「……大丈夫じゃないかも」
認めるしかない。いつの間にかルイス様にまた恋をしていたのだと。
以前よりも強い想いは、気づかないふりをして押さえつけている間にもふくれあがって、一度気づいてしまえばもう再び押さえ込むことはできなかった。胸の中がルイス様への恋心と切ない気持ちでいっぱいになる。
「……私は授業に出なくてもいいけれど、あなたは嫌でしょう。また放課後に、ね?」
エレナの優しさが心に染みる。「ありがとう」と頷いた。
教室にルイス様が入ってきて、令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように解散した。
「おはよう、ソフィア嬢」
ルイス様はいつも通り挨拶をしてくれる。
「おはようございます。ルイス様」
ルイス様の顔が見れない。ちゃんと挨拶できただろうか。不自然ではなかっただろうか。隣の席のエレナを見ると、聞きたいことが伝わったのかうんうんと頷いてくれて、少し安心した。
恋愛小説を読んでいて、嫉妬なんて感情は醜いと思っていた。好きな人の愛する人が自分ではなくても、好きな人の幸せを祈り、2人が結ばれるのを応援できるような恋ができる女性はかっこいいと、もしそんな状況になった時は綺麗な心を持っていたいと、そう思っていた。
淡い初恋をしただけの私の考えは浅かった。実際にその状況に置かれてみれば、少なくとも私には到底無理だと理解した。
切なげに名前を呼んでいたならば、ルイス様の想いは叶わないものなのかもしれない。
相手の女性には別の好きな人がいるのかもしれない。
ルイス様が想いを諦めてくれたら。
私のことを見てくれたら。
あの10歳の頃の話も、あの手紙の行方の答え合わせも、何もできていないのに。ルイス様の幸せも祈れず、失恋を祈って、私に都合のいいことばかり考えてしまう。相手の女性がうらやましくてしかたがない。
ああ、なんて醜いんだろう。




