2 友だちがほしい
「僕には1人も心を許せる友だちがいないんだ。みんな僕のことを公爵令息のルイス・ウォーレンとして見ている。ただのルイスとして対等に付き合ってくれる友だちなんて、いない」
ルイスは切なそうに息を吐くと、言葉を続けた。
「分かってるんだ、本当は。僕と公爵令息という身分を切り離して考えることなんてできないということは。だって、たとえ僕が身分を気にせずに付き合ってほしいと言ったとしても、僕がいつ怒って公爵令息という身分を振りかざすか分からないんだから。それに、ようやく仲良くしてくれそうな子が現れたと思っても……」
ルイスは言葉を切って黙り込んだ。
私にも心当たりがあった。私も、友だちがいない。
両親が私に友だちができるようにと何度か同年代の令嬢たちとの交流の場を設けてくれたが、令嬢たちは萎縮して、決して緊張を解いてくれなかった。なんとか打ち解けようとして話しかければ、答えてはくれるけれど、いつも私がどのような返事を期待しているのかをおそるおそる伺っている気配を感じる。
たまににこやかに答えてくれる令嬢がいて喜ぶのだが、高位貴族である私と仲良くなって実家を優遇してもらうことや、未だ婚約者がいないお兄さまの目にとまることが目的であり、話したことをすべて大げさに褒められて逆に悲しくなってしまうのだった。
そんな令嬢たちと親しい友だちになれたことは、残念ながら今まで一度もなかった。
幸いなことに、私にはお兄さまがいる。歳は7つも離れているけれど、いつも優しく遊んでくれるお兄さまが。でも、ルイスは一人息子で兄弟がいない。それは、きっと……。きっと、とても寂しかっただろう。
そんなことを考えながら沈黙していた私を見つめて、ルイスはまた悲しいそうに口を開いた。
「こんなことを平民の君に言っても、困らせてしまうだけだよね。ごめん。今の話は忘れてほしい」
そう言ってどこかに去って行こうとするルイスに、私は慌てて声をかけた。
「わ、私も友だちがいないんです」
「え?」
ルイスが足を止めて振り向いた。引き止められたことに少し安心しながら、私はスカートの裾を握って目をぎゅっと瞑り、思い切って言った。
「私も友だちがほしかったのです。ですから、私でよければ、お友だちになってくれませんか!」
ルイスは公爵令息であるため、私に遠慮せず話してくれる友だちになってくれるのではないかと思ったのだ。それに、ルーとならきっと仲良くなれると、なぜか確信していた。
目を瞑ったままの私の耳に、震えた声が聞こえた。
「本当に? 僕と友だちになってくれるの?」
ゆっくりと目を開けてルイスを見ると、目を見開いたルイスの顔が見えた。私はそっと答えた。
「公爵令息のあなたの友だちが私でいいのなら」
ルイスの目が、少しずつ輝いていく。
「いいに決まってる! なら、敬語はやめて楽に話してくれないかな。僕のわがままかもしれないけど、身分なんて気にせずに話したいんだ」
私は少しだけためらった。友だちになるのはともかく、敬語を使わないなんて……。でも、それ以上に親しい友だちが欲しいという思いや、ルイスの思いに応えてあげたいという気持ちの方が強かった。
「いいよ」
私はにっこりと笑った。そして、少しだけ勇気を出して、言ってみた。
「ルーって呼んでも、いい?」
何年か前に本で読んでから、友だち同士で愛称で呼び合うことに憧れていた。せっかく初めての友だちができたのだから、愛称で呼んでみたい。そう思った。
ルイスは、呆気にとられたような表情をした。返事を待っていると、ルイスの瞳がきらきらと光って。
その光が、ぽろりと瞳からこぼれ落ちた。
ルイスの涙に私はうろたえた。
「ご、ごめんね! 泣かないで。そんなに嫌だったならルーって呼ぶのはやめるから」
「やめないで!」
私の言葉を聞くやいなや、ルイスが叫んだ。その勢いに驚いていると、ルイスは涙を袖で乱暴にぬぐい、深呼吸をした。
「ルーって呼んで。突然泣いてごめん。愛称で呼ばれることに憧れていたけど、今まで両親ですら呼んでくれたことがなかったから。嬉しかったんだ。君がそう提案してくれたことが」
私は友だちなら愛称で呼びあってみたいと憧れていたけれど、家族はソフィーという愛称で呼んでくれていた。だから、ルイスが家族に愛称で呼んでもらったことがないことに驚いた。
「ご両親に愛称で呼んでってお願いしたことはなかったの?」
「ないよ。2人とも、立派な後継者になるために努力しろ、現状に満足せずもっと上を目指せ、しか言わないんだ。僕のことを息子としてじゃなくて、後継者として見てるんだよ」
苦しそうな表情で語るルイスに、私も胸が痛くなった。
「寂しいね」
私にはそれしか言えなかった。励ましの言葉をかけるのは、正しいことではない気がした。
暗くなった雰囲気を変えようと、私は笑顔で右手を差し出した。
「ルー。あなたは私の初めてのお友だちよ。よろしくね」
ルーはゆっくりと笑顔になり、そっと私の手を握った。
「よろしくね。フィー」
私たちはのんびりとしたペースで言葉を交わした。そして、少しずつ友だちができた実感が湧いてくると、2人で目を合わせてくすくす笑った。
友だち。
その響きは、なんだかくすぐったかった。
しばらくして、私たちは木の根元に寝ころんだ。
会話を続けながら、2人で木の枝やつぼみやその向こうに見える空をながめていると、ルーが思い切ったように口を開いた。
「フィーは貴族ではないだろう。どうして貴族の、ましてや公爵令息の僕と友だちになってくれたの? 黙って帰っても良かったはずなのに」
私はハッとした。友だちができたことに舞い上がって忘れていた。私はルーに嘘をついている。ルーは正直な気持ちを話してくれているのに。お父さまに出された条件は守らなければいけないけれど、ルーに必要以上に嘘をつきたくはない。だから。
「私も友だちが欲しかったし、ルーは貴族であることをひけらかさないだろうなと思ったから。それに……」
「それに?」
「ルーとならきっと仲良くなれる、友だちになれるって直感したの。実際、ルーと話すのはとっても楽しいもの!」
だからせめて、気持ちだけは嘘をつかずに、まっすぐに伝えよう。