19 ショッピング
私は毎日エレナと過ごしていた。エレナは領地でずっと過ごしていたために王都に知り合いがあまりいないらしい。私たちは妙に気が合って、授業の合間に会話に花を咲かせたり、一緒に昼食を取ったりしていた。
入学してから数日が経ったある日、昼食を食べているときにエレナが目を輝かせて提案した。
「ねえ、ソフィア。今日の放課後に時間はある?」
「あるけど、どうして?」
「私ね、学園で友だちができたら一緒にショッピングをするって決めていたのよ!」
ショッピング? 私は目を瞬かせた。
「普段は商人を家に呼んで買い物をするけれど、たまには街を歩いて買い物をするのもいいでしょ?」
たしかに! 俄然わくわくしてきた私は、うんうんと頷いた。
「そうね、楽しそう! 何も買わなくても、エレナと街の様子を眺めながら話しているだけで楽しいと思うわ。ぜひ行きましょう!」
私の返答を聞いたエレナの行動は素早かった。
ミュラー伯爵家とフェルノ侯爵家に使いを出して今日の放課後に街に出かけることを伝え、許可をもぎ取ったのだ。
「私の家の方はあらかじめ朝食の時に軽く話は通していたもの。あとはソフィアの家だけだったから大したことはないわよ」
エレナは軽い様子で言っていたが、あれほどスムーズに済ませるのはなかなかできることではないと思う。
午後の授業は放課後が楽しみでそわそわしていた。授業中に一度もルーに気を取られなかったのは初めてかもしれない。初めての同性の友だちと初めてのショッピング! わくわくせずにはいられない。
授業には集中しなければ。そう思うのに、エレナがちらちらとこちらを振り返って、「楽しみね!」とでも言いたげにウインクしてくるものだから、授業内容が全く頭に入ってこなかった。
ようやく迎えた放課後。私たちははしゃぎながら街に移動して、気になった店は片っ端から覗いていった。
雑貨屋の前で私は足を止めた。店頭に並ぶハンカチ、そのうちの一枚の刺繍に心惹かれたからだ。濃紺の花に黄緑色の葉。ルーを思わせる配色に反応してしまう自分にため息が漏れた。
「そのハンカチ、気に入ったの? 買う?」
エレナに声をかけられて、あわててかぶりを振る。
「きれいな刺繍だと思っただけなの。エレナとおそろいのブレスレットを買ったのだし、今日はもう十分だわ」
「あら、私のこの荷物を見なさいよ。倹約家なのはいいことだけど、せっかくの機会なのよ。ブレスレットしか買ってないんだからもう一つくらい買っても問題ないわよ」
エレナの両手には、たくさんのショッピングバッグがかかっている。実用的な文房具から部屋に飾る置物、カジュアルなワンピースと、覗いたお店のほとんどで何かしらを買うものだから、かなりの量になっていた。
エレナに促されてもなおためらう私に、エレナはあっけらかんと言った。
「それなら私もハンカチは欲しいと思っていたし、お互いにプレゼントし合いましょうよ。私はそのハンカチを買うから、あなたも私にハンカチを買ってちょうだい。そうね……、このリスの刺繍のハンカチがかわいいわね」
リスがドングリを抱えている刺繍。かわいいな。お互いにプレゼント、いいかも。
「いいわね、そうしましょう」
エレナはにっこりとした。
お花の刺繍のハンカチが入った袋を胸に抱えて、エレナにお礼を言う。
「ありがとう、エレナ。大切にするわ」
「今日はたくさんのお店に入ったけれど、ソフィアは一番熱心にそのハンカチを見ていたもの。良い買い物だったわ」
エレナは意味ありげにほほ笑み、今日買ったものが入ったかばんたちを満足気にながめた。
「うーん、たくさん歩き回って疲れたわね。カフェでケーキでも食べない?」
「ぜひともそうしたいわ。のどが渇いてしまったの」
エレナの提案に賛成してカフェに移動する。エレナはイチゴの乗ったチョコレートケーキ、私はいろいろな果物が乗ったタルトを注文した。ケーキを食べて紅茶を飲み、一息ついたところでエレナが切り出した。
「ずばり聞くのだけれど。ソフィア、あなた、好きな人がいるわよね」
私はかあっと顔を赤くした。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「あら、正解なのね。お相手はルイス・ウォーレン公爵子息でしょう。あなた、彼に対する態度だけ少しぎこちないもの」
「うそ!」
「本当よ。はっきりとした差があるわけではないけれど、私にはわかるわ」
エレナは自信ありげに断言した。
「それで、ルイス様のどこが好きなの? やっぱり顔?」
興味津々なエレナにため息をつく。
「わからないわ。そもそも、気になるってだけで好きではないと思うの。自分の感情がよくわからないのだけれど」
これは本心だ。10歳のあの時は確かに恋をしていたけれど、ずっと会っておらず、手紙の返信が来なくて悩んでいるうちに、恋という気持ちではなくなってきている気がした。それでも、ルイス様ははじめての友だちで、初恋の人で。特別な存在だということに変わりはなかった。
「そうなの? 私の目には恋をしているように見えるけれど。ま、進展があったらすぐに教えてちょうだい」
納得していない顔のエレナだったが、深くは追求せずにいてくれた。それがとてもありがたかった。その後の「タイプの男性は?」「理想のデートは?」という怒涛の質問には困ってしまったけれど。




