18 遠い距離
入学式の次の日。今日の午前はオリエンテーションで、午後からはさっそく授業だ。教師について校内を周り、順番に施設を見学していく。歩き出すとエレナがスッと横に並んでくれて、嬉しくなった。
どうしても気になってしまい、ルイス様の様子を伺った。ルイス様にも友だちができたようだ。横にいるのはアレン・リーガル伯爵子息のようだ。おだやかな表情で会話している。
「ねえ、この庭園、すばらしいわね。たくさんの花が庭いっぱいに咲きほこっているわ。ちょうど春だからかしら。夏になったらどんな景色になるかしらね」
興奮気味のエレナに話しかけられて意識をルイス様から無理やり引き剥がした。
エレナはオリエンテーションの間、ずっとこの調子で楽しそうに思ったことを語っている。
「そうね。私はあの青い花が可愛らしくて好きだわ」
返事をしながら、立派な庭園を見渡して無意識にあの淡いピンク色の花の木を探す。見当たらずにこっそりとため息をもらした。
オリエンテーションが終わり、昼食の時間になる。途端、ルイス様の周辺にわっと人だかりができた。それも、令嬢ばかりの。
「ルイス様、お久しぶりです。もしよろしければ食堂でランチをご一緒しませんか?」
「はじめまして、ルイス様。実は以前からお慕いしておりました。私も同行しても良いでしょうか?」
「ルイス様、今日は我が家のシェフが腕を振るった昼食を用意してくださいましたの。たくさんありますから、あのベンチにでも座ってぜひ召し上がってください」
口々にルイス様を昼食に誘う。
「ルイス様はまだ婚約者がいないものね。ルイス様に選ばれたら未来の公爵夫人よ。大人気ね」
エレナがこそっとささやいた。
「エレナはルイス様と結婚したいとは思わないの? 見たところほとんどの令嬢がルイス様を狙っているようだけれど」
あまりにルイス様が人気で、見向きもされない他の令息たちがなんだか悲しそうにしているわ。
「私は感情がわかりやすい素直なタイプが好みなのよ。あんな腹の底で何を考えているのか分からない男はごめんだわ」
たしかに、ルイス様はにこやかに令嬢たちの相手をしているが感情は読めない。
「そういうソフィアこそ、ルイス様はあなたと身分が釣り合う貴重な男性よ。ルイス様のところに行かなくていいの?」
侯爵令嬢である私の嫁ぎ先は公爵家か侯爵家、最低でも伯爵家が望ましい。男爵家や子爵家はたくさんあるのだが、高位貴族で年齢が合う人は限られる。同学年となるとさらに少ない。
「確かにその通りだけど、あの中に混じる勇気はないわ」
私は苦笑いをした。私もお兄さま狙いや私の権力狙いの令嬢が苦手だったけど、あれほどではなかった。幼い頃からあの調子なら、ルイス様が嫌になるのも当然かもしれないわね。
「おい、待ってくれよ! 今日は俺がルイスと知り合って初めての昼食なんだぞ! ここは同性の友だちに譲ってくれよ。学園生活は長いぞ! な、ルイス!」
アレン様が、ルイス様に群がる令嬢たちの輪に割って入った。
「そうだね。今日は遠慮してもらえると嬉しいかな」
ルイス様の表情が緩む。ルイス様本人にそう言われてしまっては令嬢たちも何も言えないようで、おとなしく引き下がった。今日は乗り切れても、明日以降はまた同じ光景が見られることになるだろう。
ルイス様はアレン様と食堂に向かうようだ。
「さ、私たちも行きましょう」
エレナに促されて私たちも食堂に向かって歩きはじめた。
午後の授業では、何度か後ろの席のルイス様と話す機会があった。
配布資料を渡せば「ありがとう」と柔和にほほ笑み、周囲の人と話し合うようにと言われた時は積極的に話し合いに加わり、私やエレナにも意見を聞いてくれる。
優秀だと噂されるのも当然な知識量と思慮深さ、そして人当たりの良さ。成長したルイス様の様子に、この数年間のルイス様の努力量を感じる。一方で私はあまり成長していないように思って、恥ずかしくなった。
ルイス様は常に笑みを絶やさず優しく話すが、私にとっては辛かった。10歳の時のルイス様はもっと表情豊かで、同じ笑顔でも、おだやかな笑みを浮かべる時もあればいたずらっぽくにやりと笑う時もあったのに。
ルイス様と呼び、ソフィア嬢と呼ばれるたびに、昔とは違う距離感に切なくなる。ルイス様に10歳の時のことを覚えているか、手紙は読んだかと聞いてみたいのに、勇気が出ない。
勇気ってどのようにして出せばいいの? 勇気の出し方が分からない私には、何もできない。




