17 入学式
入学式当日。私は期待と不安の入り混じった気持ちを抱えて、王立中央学園に足を踏み入れた。ようやくルーと再会できること、そして新しい友だちもできるかもしれないことへの期待と、ルーに忘れられていたら、嫌われていたら、友だちができず1人になってしまったらという不安。友だちと呼べる人が今までにルーしかいなかったため、友だちの作り方が分からなかった。
入学式の会場には、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが続々と到着して席についていた。王立中央学園の制服は基本の形はあるものの、スカートの長さを変えたり飾りをつけたりしてアレンジすることが許可されている。新入生たちはそれぞれ少しずつ違った制服を着ていて、見ていて楽しい。
私も例に漏れず制服をアレンジしていた。スカートのふくらみは控えめに、しかし風に吹かれるとなびくいて華やかになるように、レースは繊細に。成長するにつれて髪の色が薄くなってプラチナブロンドに変わり、外で遊ぶ機会が減って肌が白くなったために少しは大人っぽくなった容姿に合っている気がして、お気に入りだ。
私が数年ぶりにルーの姿を見たのは、入学式の最中のことだった。ルーは新入生代表として壇上で挨拶をしたのだ。私と同じくらいだった身長は遠目でもわかるほど伸びて、声も低くなって、それでいて髪の色も瞳の輝きもそのままで。久しぶりに見るルーの姿。おだやかな笑みを浮かべて堂々と挨拶をする姿は、まぶしかった。
教室に入り割り当てられた席に座る。周囲を見渡すと、皆入学前からの知り合いがいるようだった。親しげに話す令嬢たちに声をかける勇気はない。何人か顔を知っている令嬢もいるのだが、お兄さま目当てだったり侯爵家の権力目当てだったりで友だちにはなれそうにないと判断してその後連絡をしなかった人ばかりで、今さら話しかける気にはなれなかった。今年は王家や公爵家からの入学者はおらず、侯爵令嬢も私だけ。同学年の令嬢で最も身分が高い私にわざわざ声をかけにくる人はおらず、私はため息をついた。
「お隣、失礼します」
隣の席の人が来たようだ。顔をあげると、光沢のある赤い髪に黄みの強い茶色の瞳の令嬢が椅子に腰かけるところだった。知らない顔だ。美しい赤髪を持つ貴族はそう多くはない。私が会ったことがないことからも察するに……。
「お初にお目にかかります。ミュラー伯爵家のエレナと申します。隣の席となったのも何かの縁でしょう。これからよろしくお願いいたします」
エレナはゆったりと微笑んだ。予想は当たっていたようだ。
「はじめまして。ソフィア・フェルノと申します。仲良くしていただけると嬉しいわ」
私の名前を聞いてもエレナに動揺は見られない。彼女も私が誰なのか分かっていて声をかけたようだ。学園に来て初めて話しかけてくれたエレナ。友だちになれるかな。
「ではソフィアと呼ばせてもらうわね。堅苦しい話し方は苦手なのだけど、いいかしら」
「もちろんよ。私はエレナと呼ぶことにするわ」
突然口調を崩したエレナに驚きながらも、嬉しくなって笑みがこぼれた。今までは私の機嫌を損ねることを恐れているのか、気軽に話してほしいと言っても敬語を崩してくれる令嬢はいなかったから。ルー以来の敬語を崩してくれる同い年の人。彼女は他の令嬢とは違う。期待に胸がふくらんだ。
私の笑みに、エレナは目を見開き、こっそりと様子をうかがっていたらしい周囲がざわついた。
エレナは目を細めて笑い声をもらした。
「ふふ。改めてよろしくね、ソフィア」
エレナの瞳に宿る鋭い光が和らぐ。口調を崩した瞬間のエレナの探るような視線に、私は気がついていた。仲良くなれそうだと思ってくれていたらいいな。
突然、教室の外が騒がしくなった。何事かと顔を向けると、教室のドアが開いて、男子生徒が教室に入ってきた。その姿を見た途端、教室内でも歓声があがる。
入ってきたのはルーだった。ルーは教室を見渡すと、こちらに向かって歩いてきた。胸が高鳴る。ルーはゆっくりと歩いてくる。視線が合って……。
合った視線はすぐに逸らされて、ルーは私の横を通り過ぎ、私の後ろの席に腰を下ろした。
ルーは、私がフィーだって気がつかなかったのね。あるいは……。
期待しただけに、落胆する。そもそも手紙に返事が来なかった時点で、期待するのは無駄だと、ルーではなくてルイス様と呼ぶと決めたではないか。どうして期待してしまったのだろう。
「君は私の前の席かな? 会うのは初めてだね。ルイス・ウォーレンだ。これからよろしく」
「ええ、そのようですね。ソフィア・フェルノと申します。よろしくお願いいたします」
にっこりと微笑むルー、いいえ、ルイス様に、胸がちくちくと痛む。
私は今、笑えているのかな。




