15 フェルノ侯爵家にて
王都に帰る前日の夜。ルーへの感情について相談したマリーに渡された恋愛小説を読んだ。恋愛小説を読むのは初めてではない。かっこいい王子様や騎士様にうっとりして、私にも好きだと言ってくれる存在が現れたらいいなと考えたことは一度や二度ではない。しかし、それはどこか非現実的で、実際に私の身に起こるようなものだと思ったことはなかった。
ところが、マリーに渡された恋愛小説を読むと、小説の主人公の感じていることと私のルーへの感情はとても似ていると感じたのだ。
恋愛小説の主人公は、恋をしている。それは分かる。では、主人公と同じような感情を持っている私は?
ルーに恋をしているの?
顔がブワッと赤くなった。
これ以上は読み進められそうにない。私は本を机の上に置いてベッドに飛び込み、枕を抱えてごろごろと転がった。ルーへの気持ちに一度恋という名前をつけてしまうと、もうただの友だちだと思っていた時が嘘のようだった。ルーの顔を思い浮かべるだけで胸がときめく。
私は、ルーに恋をしたのね。
この気持ちは、お気に入りの水色の日記帳にも書けそうにない。
王都に戻ってきてから、私は一番にこの3ヶ月にあったことをお父さまに報告した。友だちができた、楽しかった、また会いたいと興奮気味に語る私の話をおだやかに相槌を打ちながら聞いていたお父さまは、私の友だちのルーの本名がルイス・ウォーレンだということを聞くとあんぐりと口を開けた。
「ルイス・ウォーレンだと!? ウォーレン公爵家のご子息じゃないか!」
ゆったりと椅子の背にもたれていたお父さまは、ガバッと身を乗り出した。
「それで、ソフィーはソフィア・フェルノと名乗ったのか?」
「いいえ、お父さまとの約束だったもの。フィーって名乗ったから、ルーは私のことを平民だと思っているみたいよ」
私は目を伏せた。
「仲良くしてくれている友だちのルーに嘘をついてだましているのが心苦しいの。ルーに手紙で本当のことを打ち明けてもいい?」
お父さまは頭を抱えて悩み出した。
「また会う約束はしたのか?」
「王立中央学園の特待生として来てくれたら嬉しいって言われたわ。それまではルーの立場では会うのは難しいって。ルーは私のことを平民だと思っているから」
「ふむ……。ソフィーも当然王立中央学園に通うことになるわけだから、その時には会うことになるわけか……」
しばらくぶつぶつとひとりごとをつぶやきながら悩んでいたお父さまは、ふうっと息をついた。
「よし、手紙を出すことを許可しよう。ソフィーの話だと、ウォーレン公爵子息は一緒に遊んだフィーが侯爵令嬢だと知っても貴族の令嬢が野原を駆けまわるなんてと眉をひそめることはなさそうだからな」
「本当に!? ありがとう、お父さま!」
喜びに目を輝かせる私に、お父さまは条件をつけた。
「ただし、だ。まず、他の人には知られないように口止めをすること。次に、ウォーレン公爵子息の手に至るまでに誰かが手紙を読んだり検閲したりする可能性があるから、ウォーレン公爵子息だけに伝わるように手紙を書くこと。2人しか知らないエピソードの一つや二つくらいあるだろう。ウォーレン公爵子息まで届かず、途中で別の誰かに取られても問題のないようにな」
うんうんと強くうなずいた。
「最後に、学園に入るまでは会うことを許可しない。フェルノ家では、婚約者とお見合い相手を除いて学園入学までは異性と交流しないことにしている。そもそも、ソフィーに似合う最高の男を見つけるまではお見合いも婚約もさせない!」
お父さまは少し顔をしかめた。
「ウォーレン公爵子息ならばいずれ爵位を継ぐことになるだろうから条件としては良いが、大人になるまでの間に権力を振りかざして横柄に振る舞うようにならないとは限らないからな。社交を本格的にするようになって私がソフィーを託すに足る男だと認めるまでは駄目だ」
「ルーと婚約だなんて! ルーには他に好きな人がいるかもしれないし、私との婚約なんて嫌がるかもしれないじゃない。でも、ルーは横柄な大人になんてきっとならないわ!」
顔を赤くしながら、しかしルーのことを悪く言われたくはなくて、私は反論した。
「何を言っているんだ! 美人で優しくて天使のようなソフィーを好きにならないやつはいない! だから私が見極めないと! ……ちょっと待てよ」
お父さまはカッと目を見開いて叫んだ。
「おい、ソフィー! まさか、ウォーレン公爵子息のことを好きになったとか言うのではないだろうな!?」
私はさらに顔が赤くなるのを感じて、そっぽを向いた。
「答えろ、ソフィー!」
「どうしたの!?」
「大丈夫か、ソフィー!」
バン。大声を聞きつけたお母さまとお兄さまの手によって勢いよく開け放たれたドアが音を立てた。
「あなた。説明してください!」
私を背中に庇ったお母さまとお兄さまににらまれて、お父さまは切々と訴えた。
「ソフィーに、ソフィーに好きな人ができたかもしれないのだ……!」
「なんですって!?」
「なんだって!?」
お母さまとお兄さまが勢いよく振り返った。お母さまは目をキラキラと輝かせながら胸の前で手を組み、お兄さまはお父さまと同様に目をカッと見開いて私の肩を掴んだ。
「ソフィー、一緒にお茶を飲みましょう! 美味しいケーキがあるのよ」
お母さまがウインクした。
「いや、ソフィー。一緒にショッピングにでも行かないか。なんでも買ってあげよう」
お兄さまは私の肩をゆさゆさと揺さぶった。
「私は認めないぞ! ソフィーに好きな人ができたなんて! ソフィーはいつまでも私の元にいればいい! くそ、ウォーレン公爵子息、いやルイスめ。許さん!」
お父さまが怒鳴り、お兄さまが強くうなずいた。お母さまはにこにことその様子を見守っている。
私は深々とため息をついた。




