14 別れの日 ルイスside
今日がフィーと会える最後の日だ。しばらく会えないだけなのか、もう二度と会えないのか。どちらなのだろうか。
僕たちは、まるで会うのは最後ではないかのように、また来週いつものように会うかのように、普段通りの会話を楽しんでいた。しかし、空が夕焼けに染まり、赤色が僕たちを追い返すように迫ってきた。
「そろそろ時間だね」
空を見上げながらぽつりと口にする。フィーも僕も少しずつ口が重くなって黙り込んだ。
ずっと考えていたことがあった。王都に帰ってしまうフィーと再会するにはどうすればよいのか。フィーは僕にどこの誰なのか知られたくないのだろうから、フィーが隠したがっていることを聞きだすことなく彼女に会える可能性を残す方法はないのか。
「僕は、16歳になったら王立中央学園に通うことになっている」
僕が思いついた方法は、フィーに僕と同じ学園に来てもらうことだった。
「ウォーレン公爵家では、14歳までは領地で過ごして領民と交流を深めながら貴族としての教育を終わらせてそれ以降は領地経営を学び、14歳になったら王都に移って社交のために必要な知識を身につけることになっている。王都に戻ってからは今のように自由に使える時間は少なくなる。それに僕は公爵家の後継者だ。同じ王都に住んでいても、君と会うことはできないだろう」
彼女が貴族だったら、それほど苦労せず会えただろう。しかし彼女が貴族ではないとしたら。たとえ数年後どこかで再会する約束をしたとしても、父上に会うことを許されるか分からない。守れない約束は、絶対にしたくない。
「それで、その、こんなこと言っていいか分からないけど……」
勇気を出す。守れない約束をするくらいなら、再会できるかどうかは彼女に任せたい。
「フィーも。フィーも王立中央学園に来ないか?」
「え?」
フィーは目を丸くした。困って返答に迷っている様子に、嫌だっただろうかと不安に思いつつも言葉を重ねる。
「その、王立中央学園の生徒は貴族がほとんどなんだが、実は特待生枠というのがあって、試験に通れば貴族じゃなくても入学することができるんだ。だから、もし、もし王立中央学園での学びや人間関係が有用で他の学園よりも通いたいと思うことがあったら、選んでくれたらって。そうすれば学園でまた会えるから。いや、進学先の候補に入れるだけ、一度資料を取り寄せるだけでもいいんだ!」
早口で一気に言い切った後、僕は我に返って冷静になった。
「ごめん。無理にってわけじゃない。ただ、僕はこのまま二度と会えないのは嫌なんだ」
フィーがゆっくりとほほえんだ。
「ええ、きっと行くわ。また会おうね」
彼女がまた会いたいと思ってくれている! 飛び上がるほど嬉しくなった。
「本当に!? 楽しみに待ってるよ」
「私もルーにまた会えるのが楽しみ。きっとその時にはルーは今よりも背が伸びてるの。私たちは今は10歳だから、学園に入学するには6年後よ。再会してもルーだって分からないくらい今以上にかっこよくなってるかも」
「だ、大丈夫だよ! 僕こそ、フィーが6年経ってきれいになったら見た目ではすぐには分からないかもしれないけど、少し話せばきっとすぐにフィーだって分かるから! 今はきれいじゃないって意味じゃなくて、今もきれいだ、というかすごくかわいい! いや、僕は何を言って……待って……今以上にかっこよくなる?え、今もかっこいいって思ってくれてるってこと……?」
言うつもりではなかった気持ちが口から滑り落ちて慌てた。頭の中でフィーの「今以上にかっこよくなってる」という言葉が繰り返し再生される。
フィーの表情をうかがうと、フィーは耳まで真っ赤になって手で顔をあおいでいた。もしかして。まさか。僕がかわいいって言ったから? 両想い、可能性はあるのかな。
いやいや、今はそれを考えるべき時ではない。刻一刻と別れの時が近づいているのだ。この瞬間を大切にしなければ。
「僕は、君と出会えてよかった。初めて、対等な関係を築くことができた。君が笑顔で気安い口調で話しかけてくれるたびに、心があたたかくなった。週に一度のこの時間がとても楽しみだった」
「私もよ。私も、あなたと出会えて本当に良かった。初めてのお友だちよ。次の約束の日も晴れますようにって、毎日祈ってた」
フィーはアクアマリンの瞳からぽろぽろと涙をこぼした。僕との別れを惜しんで泣いてくれているんだ。その気持ちが嬉しい。でも。
「泣かないで。僕はフィーの笑顔が好きなんだ。かわいい笑顔が好きだ。君にはいつも笑っていてほしい」
ハンカチを取り出し、フィーの柔らかい肌を傷つけないようにそっとぬぐう。
「ね、笑って?」
フィーに笑顔を向ける。早く泣き止んでよ。笑ってよ。僕も泣いてしまうだろう。泣き顔で別れたくないんだ。君の記憶に残る僕は笑顔がいい。そして僕の記憶に残る君も。
深呼吸をしたフィーは、ゆっくりと笑った。涙にぬれて、ゆがんだ笑顔だったけど。笑ってくれた。
「そう、その笑顔だよ」
僕は目を細めた。そしてフィーのその笑顔を目に焼き付けた。視界をゆがませようとする熱いものを必死におさえつけて。
馬車に乗り込んだフィーは、もう泣いていなかった。
「ありがとう。またね」
「私こそありがとう。またね」
フィーの乗った馬車が離れていく。フィーが馬車の窓から身を乗り出して手を振ってくれる。やわらかい茶色の髪がなびいている。危ないよ、フィー。苦笑して手を振り返した。そのまま馬車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
フィーは僕の初めての友だちで、初恋の人。
再会できる時は来るのだろうか。
学園に来るかどうかはフィー次第だ。平民が王立中央学園に来ることは容易ではないし、貴族とのつながりを得たいと思わない限り他の学園に通ったほうがメリットが大きい。
それでもフィーが僕に会いに来てくれたら。あるいはそもそも王立中央学園に通うことになっている貴族だったら。その時は、両想いになれたらいいな。




