13 あと2回 ルイスside
ある日いつもの場所に行くと、フィーは先に着いていて、硬い表情で待っていた。何かあったのだろうか。
フィーに挨拶をすると、フィーも挨拶を返してくれた後、「話があるの」と言った。
フィーの話は、王都に帰ることになったというものだった。会えるのは次が最後だと。こちらに来た時から帰る日は決まっていたが、なかなか言い出せずにいたのだと。言いづらそうにところどころ詰まりながら話していたフィーは、打ち明け終わると胸のつかえが下りたような表情を見せた。
僕の言葉を待っているフィーに、僕は言葉を選びながら口を開いた。
「そうか。王都に帰るのか。来週が最後なんだね。フィーの実家は王都にあると聞いたときから、きっと近いうちに帰るのではないかと予想はしていたんだ。むしろ思っていたより長かったくらいだよ」
次が最後。フィーと再会することはできるのだろうか。もう二度と会えないのだろうか。
フィーを見ると、足元を見つめているフィーは今にも泣きそうに思えた。
フィーの泣き顔は見たくない。どうすれば笑ってくれるかな。落ち込んだ時、僕は運動して気分を切り替える。フィーは女の子だけど、体を動かせば少しは楽しい気分になってくれるかな。
「よし、それならすべきことは決まってるね!」
僕は立ち上がった。フィーは面食らった様子で、座ったまま僕を見上げた。
「すべきことって?」
「思い出作りに決まってるだろう! さあ、あの遠くの岩まで競争だ!」
僕はフィーに笑いかけて、走り出した。フィーはついてきてくれるかな。ちらりと振り返ると、フィーが大慌てで立ち上がるのが見えた。大丈夫そうだ。
岩に触れて振り返ると、フィーもちゃんと走ってきてくれた。岩に触れたフィーは、僕をにらんだ。にらまれるのは初めてだ。にらむ顔もかわいいと思ってしまったことは僕だけの秘密だ。
「ちょっと、ルー! 先にスタートするのはずるいわ! 私、立ってもいなかったのに!」
フィーの抗議はもっともだ。僕は肩をすくめた。
「ごめんごめん、次はちゃんと同時にスタートするよ」
手頃な木の枝を見つけて、長めの線を引く。
「この線がスタートで、先にあの木に触れた方が勝ちだ。いいね?」
「もちろん!」
僕の合図で僕もフィーも走り出す。風が気持ちよかった。全力疾走するのは久しぶりかもしれない。横目でフィーを見ると、風になびく髪がきれいだった。
僕たちは何度も競走した。フィーは意外と足が速かった。僕はもっと余裕で勝ちたかったし負けたくなかったのに、少しスタートで出遅れただけでもう追いつけなかった。僕たちは勝ったり負けたりを繰り返した。勝った数を数えてはいなかったが、ほぼ引き分けだったのではないだろうか。
フィーは僕に勝つたびに声を出して笑った。その楽しそうな様子に、体を動かせばいいのではないかという考えは間違っていなかったのだと胸をなでおろした。
「今日はありがとう。こんなに走ったのは久しぶりだ。よく眠れそうだよ」
僕は伸びをした。足に残る心地よいけだるさ。フィーの気分を切り替えてあげたくて始めた競争だったが、結局僕のほうが楽しんでしまったかもしれない。
「そろそろ帰ろうか」
僕はフィーをうながして帰ろうとした。
「待って!」
フィーに引き留められる。
「ありがとう。私、話をしていたら悲しくなって。ルーがあの時競争しようって言ってくれていなかったら、ルーと過ごせる貴重な時間を無駄にしてしまっていたかもしれない。本当に、ありがとう」
楽しんでくれたんだな。提案してよかった。フィーの様子から体を動かすと気分が上がるという僕の考えは間違ってはいなかっただろうと察してはいたが、フィーの口から聞くと確信に変わった。
なにより、フィーが僕との時間を貴重だと認識してくれていたのが嬉しかった。
「フィーも楽しかった?」
「もちろんよ! とっても楽しかった!」
フィーは、首がもげるのではないかと思えるほど強く何度もうなずいた。
「それなら良かった」
僕は笑って「また来週」とフィーに手を振り、馬車に乗り込んだ。
フィーと会えるのは次が最後。もう二度と会えないかもしれない。会えたとしても、何年も先かもしれない。だからこそ、精一杯貴重な時間を楽しんで記憶に焼き付けよう。




