12 雨の日に ルイスside
それから、僕の授業がない週に一度、僕たちは会って一緒に時を過ごした。フィーと初めて会った時に彼女が見上げていたつぼみは、やがて満開になって散っていった。舞い散る花びらに囲まれてはしゃぐフィーは、森の妖精ではなく今度は花の妖精のように見えた。
何回も会っているうちに、僕はフィーのことが好きなのだと、初めて会ったあの日に恋に落ちたのだと自覚した。
そんな僕の気持ちはジェームズにはお見通しだったようだ。
「僕はフィーに会えると嬉しくなって、フィーの笑顔を見るともっと笑顔が見たい、いつも笑っていてほしいと思うんだ。こんな気持ちは初めてだ。これが恋というものなのだろうか」
僕が悩んだ末にジェームズに打ち明けると、ジェームズはくすりと笑った。
「ルイス様はフィー様にお会いになっている時が一番生き生きとしていらっしゃいます。ルイス様のお考えになっている通りかと」
ジェームズに客観的に僕がどう見えていたのかを聞かされて、僕は赤面してジェームズから逃げた。
雨の日はフィーと会う約束はキャンセルだ。フィーと話し合って決めたことだったが、雨が降ると僕はふてくされて一日中ベッドの上でごろごろして過ごした。フィーも僕と会えなくて寂しいと思ってくれているだろうか。
雨の音を聞きながら、フィーのことばかり考えた。
フィーが僕の立場を目当てに友だちになったのではないかという疑念はもう浮かばなくなっていた。何度も会っているが、彼女からそのような気配を感じたことはなかった。
フィーは僕のことを純粋に友だちだと思ってくれている。僕もフィーに対して確かに友情も感じている。しかし、僕の気持ちはそれだけではない。
フィーが僕のことを好きになってくれたら。フィーと両想いになれたら。そんなことが思い浮かぶたびに、その考えを必死に投げ捨てる。
考えてはいけない。期待してはいけない。僕は公爵家の後継者だ。いずれ公爵家にふさわしい女性を妻として公爵家を継ぐ。貴族ではない女性と結婚することはできない。貴族であったとしても子爵令嬢や男爵令嬢であれば、その人脈や領地の特産品など、なんらかのメリットがなければ選ぶことはできない。
愛する人と結婚すれば、僕は幸せかもしれない。でも公爵夫人にふさわしい身分を持たない女性と結婚すれば、苦労するのは愛する人や、家族や、使用人たちや、公爵領の領民たちだ。領民たちの生活を守るのが、僕たち貴族の義務だ。
フィーと一緒に生きていくことはできなくても、公爵夫人にふさわしい女性と結婚して愛し合うことができれば、幸せな家庭を築けるだろう。
頭では理解していても、心は思うようにはならない。フィーと結婚して笑い合う、そんな幸せな日常を空想してしまう。
フィーは僕のことをただの友だちだと認識しているのに、両想いではないのに、自分に都合のいい未来を勝手に想像する。
フィーがもし低位貴族ならば、結婚できる可能性はあるのだろうか。
僕はフィーの身分を知らない。
彼女の着ている服や髪の艶、馬車に乗ってきていること、侍女を連れていることからある程度裕福な家なのだろうと予想していた。おそらく裕福な商会の娘か、低位貴族の令嬢が身分を隠して遊びに来ているかだろう。高位貴族である可能性は低い。高位貴族のほとんどはあったことがあるし、皆僕に気に入られようと必死だった。それに、フィーのように野原で寝転がったり走り回ったりすることはないだろう。残念なことに。自然が好きな低位貴族の令嬢であればまだ望みはあるのだが。
そもそも、「フィー」という名前はおそらく本名ではない。愛称か、下手をすれば偽名だろう。そう僕が考えるのにはもちろん理由がある。
フィーという名は、貴族であればもちろん、商会の娘としてもシンプルすぎるのだ。愛称か偽名であると考えたほうが納得がいく。それに、フィーは苗字を名乗っていない。孤児でない限り、皆苗字を持っているはずなのに。
僕はフィーに信頼されていないのだろうか。あるいは、短期間だけの友だちだと決め込んでいて、別れた後は二度と会う気がないのだろうか。
フィーは今王都にある実家から親戚の家に遊びに来ていると言っていた。ということは、いずれ王都に帰る日が来るだろう。その時の彼女の様子で、また会いたいと思ってくれているか確かめよう。偽名なのではないかと、苗字を教えろと迫ってフィーが次の週から会いに来てくれなくなってしまっては困るから。
ジェームズには馬車を追って家を特定して彼女のことを調べてみましょうかと提案されたが、断った。フィーが隠したいと望んでいることを無理に暴きたくはない。
彼女は何かを隠している。間違いないだろう。しかし、フィーが僕のことを友だちとして大切に思ってくれていて、僕はフィーのことが好きだ。それはまぎれもない事実だ。
それだけで、十分なんだ。




