11 友だちがほしい ルイスside
どうして? とでも言いたげな彼女の視線を受け止めて、僕は口を開いた。
「僕には1人も心を許せる友だちがいないんだ。みんな僕のことを公爵令息のルイス・ウォーレンとして見ている。ただのルイスとして対等に付き合ってくれる友だちなんて、いない」
改めて言葉にすると、その自分の言葉に心がえぐられる。どうして僕はこんな話を打ち明けているのだろう。こんな話を聞いても、貴族ならまだしも平民が友だちになってくれる可能性なんて万に一つもないだろう。
「分かってるんだ、本当は。僕と公爵令息という身分を切り離して考えることなんてできないということは。だって、たとえ僕が身分を気にせずに付き合ってほしいと言ったとしても、僕がいつ怒って公爵令息という身分を振りかざすか分からないんだから。それに、ようやく仲良くしてくれそうな子が現れたと思っても……」
気さくな笑顔の裏には、いつも僕にすり寄って恩恵を受けたいという下心があった。下心が全くない者なんてこの世に何人いるのだろうか。分かっている。瞳の奥の下心からは目を背けて、友だちとして受け入れれば良いのだ。そういう立場にいるのだから。
沈黙が流れる。彼女も何を言えばいいのか分からないのだろう、うつむいて黙りこくっている。困らせてしまった。悪いことをしたな。
「こんなことを平民の君に言っても、困らせてしまうだけだよね。ごめん。今の話は忘れてほしい」
帰ろうとして僕は馬車に向かって歩き始めた。
「わ、私も友だちがいないんです」
後ろから声がした。
「え?」
振り返ると、彼女はスカートのすそを握りしめて目を固く閉じていた。
「私も友だちがほしかったのです。ですから、私でよければ、お友だちになってくれませんか!」
信じられなかった。耳が悪くなったのかもしれない。今彼女は、友だちになりたいと言ったのか。平民である彼女が、僕の身分を知った上で。
しかも、彼女からは僕に媚を売ろうという様子は感じられず、純粋な思いのみが伝わってくる。僕には人を見極める目がないのだろうか。彼女は嘘をつくのが得意なのだろうか。
断ろう。純粋な気持ちで僕と友だちになりたいと望む平民の女の子なんて存在するわけがない。きっと本当の感情を隠すのが上手いだけだ。そう、きっと……。
身を固くして目を瞑って返事を待っている彼女を見つめる。肩が震えている。緊張からだろうか。勇気を出して言ったのだろうな。もし彼女が心から友だちになりたいと望んでいるとしたら?
もう一度だけ、信じてみてもいいのだろうか。
「本当に? 僕と友だちになってくれるの?」
声が震えるのを感じる。
「公爵令息のあなたの友だちが私でいいのなら」
おずおずと答える彼女。彼女の優しい声に包まれて、僕はそれまでの彼女への疑いも警戒も投げ捨てた。
「いいに決まってる! なら、敬語はやめて楽に話してくれないかな。僕のわがままかもしれないけど、身分なんて気にせずに話したいんだ」
「いいよ」
彼女は本当に嬉しそうに笑った。こちらを照らしてくれるような、ひまわりのような笑顔だった。
もしかしたら、彼女も巧妙に隠しているだけで下心があるのかもしれない。僕の本当の友だちにはなってくれないかもしれない。それでももう一度信じてみたいと思えた。
でも、彼女の次の言葉は全く予想していなかった。
「ルーって呼んでも、いい?」
僕はぽかんと口を開けた。ルイスだから、ルー。つまり、愛称だ。彼女は僕を愛称で呼びたいと、そう言っているのか。
気がついたら涙がこぼれていた。
「ご、ごめんね! 泣かないで。そんなに嫌だったならルーって呼ぶのはやめるから」
「やめないで!」
僕の涙に慌てて、彼女が言葉を撤回しようとするのを反射的に遮った。深く息をして気持ちを落ち着かせる。
「ルーって呼んで。突然泣いてごめん。愛称で呼ばれることに憧れていたけど、今まで両親ですら呼んでくれたことがなかったから。嬉しかったんだ。君がそう提案してくれたことが」
そう。嬉しかったんだ。これは嬉し涙だ。
「ご両親に愛称で呼んでってお願いしたことはなかったの?」
「ないよ。2人とも、立派な後継者になるために努力しろ、現状に満足せずもっと上を目指せ、しか言わないんだ。僕のことを息子としてじゃなくて、後継者として見てるんだよ」
誰かが僕のことを愛称で呼んでくれる日などいつ来るのか。今まではそう思っていた。彼女はきっと家族から愛されているのだろうな。
「寂しいね」
彼女は耳触りのいい慰めの言葉は使わなかった。代わりに、笑顔で手を差し出した。
「ルー。あなたは私の初めてのお友だちよ。よろしくね」
「よろしくね。フィー」
彼女がふふっと声に出して笑う。こんなにかわいくてこんなに優しいのに、どうして今まで友だちがいなかったのだろう。何か事情があるのだろうか。少し頭にちらついた疑問も、彼女の笑い声に散っていった。
彼女との会話は本当に楽しかった。貴族たちのような腹の探り合いもなく、発言の一つ一つに気をつかうこともない。好きなもの、嫌いなもの。普段何をして過ごしているのか。明日になれば忘れているのかもしれないと思えるささいな話まで。たくさんの話をした。おだやかな時間は心地よかった。
そんな中、僕はふと、どうして平民のフィーが僕と友だちになろうと思ってくれたのかと聞いてみたくなった。彼女が少し考えながら口にした発言は一生忘れられないだろう。
「ルーとならきっと仲良くなれる、友だちになれるって直感したの。実際、ルーと話すのはとっても楽しいもの!」
ああ、この子は「ウォーレン公爵令息」ではなく、ただの「ルー」を必要としてくれているのか。
僕という人物から僕の立場は切って離せないもので、立場を気にするのは当然で、貴族社会で生きていく上で必要なことだ。それでも「僕」という人間を見てほしいという願いを捨てることはできなかった。
僕と過ごす時間は楽しいのだと言ってくれる初めての存在。僕はフィーとの出会いに感謝した。今日、この場所にこの時間に来て良かった。
楽しそうに話すフィーの、ころころと変わる表情をながめる。どんな表情をしているフィーもかわいい。
でもやっぱり笑顔が一番かわいい。いつも笑っていてほしい。
そう思っている自分に気がついた。僕はきっとこの日に、恋に落ちたんだ。




