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初恋と想い出と勘違い  作者: 瀬野凜花


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10 出会い ルイスside

 僕はその日、初めての恋をした。




 僕は椅子に座ってぼんやりとしていた。


 今日は授業がない週に一度の日だ。父上は、子どもには自由に遊ぶ時間も必要なのだと言って週に一度は僕を自由にさせるようにと使用人たちに言いつけた。しかし、時間があったところで何をすればいいのか。遊び相手もいない。熱中できる趣味があるわけでもない。どうせ暇なら、教師の授業を受けている方がいい。


 この館に住んでいるのは僕と使用人だけだ。父上と母上は王都で仕事に追われている。両親は年に2度、領地の視察のために1ヶ月ほどこの館に滞在する。父上はその時に僕の勉強の進捗を確認して、立派な後継者になるためには現状では足りない、もっと努力しろと言う。母上はそれを黙って見ている。両親にとってきっと僕はただの後継者で、息子ではないのだ。


 友だちを作ればいい。言うのは簡単だ。会って少し話せば友だちになれる。そんな話は僕にとっては夢物語だ。貴族の令息たちは僕に媚を売るし、平民は萎縮して遠巻きにする。

 高位貴族の中には対等な友人関係を築いてくれる子がきっといる。父上も母上もそう言う。確かにそうかもしれない。だが僕はもう疲れてしまった。期待して裏切られるのはうんざりだ。

 

 あと6年経てば、僕は学園に通うことになる。貴族は基本その学園に行くから同じ歳の貴族と一気に顔を合わせることができる。その時にまた探せばいい。それまでは、ひとりだけど。


 とにかく、今日は何をして暇をつぶそうか。先週のように剣を振り回す? 先々週のようにひたすら昼寝をする? それともその前の週のように街に行く?


「よし」


 僕の身長では少し高い椅子から飛びおりる。


「本日は何をなさいますか」


「どこか開けた場所に行きたい。草の上で昼寝でもするよ。どこかいい場所はある?」


「承知いたしました。心当たりがございますので、ご案内しましょう」


 素早く側に寄ってきた執事のジェームズに聞かれて答える。彼は有能だ。僕が呼びたい時は呼ぶ前に近づいてきて、離れていてほしい時は何も言わずとも遠くにいる。今は白髪になって僕に付いているが、若い頃は祖父や父を支えて頼りにされていたらしい。物心ついた頃には僕に付いてくれていたため、付き合いは長い。ひそかに第2の祖父のように思っている。


 適当な服に着替えてジェームズの用意した馬車に乗り込む。ジェームズは馬車を操れるが、馬車の運転は御者に任せて僕の反対側の椅子に腰かけた。本人いわく、「私よりも御者の方々の方が馬車を揺らさずに快適な移動をルイス様に提供することができます。それに、御者の仕事を奪うわけにもまいりません」とのことだ。ジェームズは何をさせても一流なので、個人的には御者よりも上手く馬車を操れるだろうとにらんでいるが、御者の仕事を奪ってはいけないというのももっともなので何も言わないことにしている。


 ぼんやりと馬車の窓から外を眺めていると、馬車が止まった。反対の窓を見ると、開けた野原が見えた。僕は、馬車から降りてゆっくりと野原に足を向けた。

 野原の中央あたりに2本の木が立っている。その下に、先客がいることに気づいた。


 最初に目に入ったのは、淡い茶色のやわらかそうな髪だった。さらさらと風になびくその髪に一瞬見とれた。平民なのだろうか。貴族が着るような繊細で豪華な飾りは付いておらず、シンプルなデザインの服を着ている。だが、美しい髪はていねいに手入れされていることを感じさせる。その横顔は整っているようにみえた。


 商家の娘だろうか。

 そんな予想を立てる。近づくか、こちらの存在に彼女が気づく前に離れて帰るか迷う。迷いながら彼女を観察していると、彼女が木を見上げて何かに注目していることに気がついた。

 彼女は何を見ているのだろうか。好奇心がわいて、彼女に近づくことに決めた。


 一歩ずつ、静かにゆっくりと近づく。忍び足というわけでもないが、何かに集中している彼女を邪魔したくなかった。

 そろそろ彼女の視線の先に何があるか分かるだろう。静かに足を止めて彼女の視線をたどると、木にいくつもつぼみが付いていた。


 普段の僕ならば見向きもせず気づきもしないような小さな存在。そのいのちの息吹に目を向ける彼女は、そのきれいな容姿も相まって森の妖精のように僕には思えた。


 すると、彼女はふわりとほほえんでつぶやいた。


「咲くのが楽しみ。きっときれいな花だもの。早く咲かないかな」


 澄んだ声。僕は思わず歩み寄りながら言葉を発していた。


「うん、そうだね」


 彼女は肩をびくりとふるわせて、胸に手を当てて振り向いた。見開かれた目の中の瞳は、アクアマリンのように輝いて、美しかった。

 どうしようもなく彼女の名前が知りたくなった。


「君、名前は?」


「あっ、えっ、えっと」


 とまどったように言葉につまる彼女にもう一度問いかける。


「ねえ、君の名前を教えて?」


 彼女は一度口を開きかけてまた閉じた。視線がさまよい、慌てた様子を見せる。その瞳に警戒の色を感じ取って、拒絶されたように感じた。なかなか答えようとしない彼女に焦れる。


「聞こえないの?」


 自分の声に少しいらだちが含まれているのを自分でも感じた。彼女はようやく答えた。


「フィ、フィー! フィーよ」


「そうか」


 やはり澄んだ声だ。答えをもらえて嬉しくなり、笑みがこぼれた。


「あなたのお名前は?」


 そうたずねられて、僕はどきりとした。どうしても彼女のことが知りたくなって名前を聞いてしまったが、名前を聞けば聞き返されるのは当たり前だ。なぜそのことに思い至らなかったのだろうか。今は自然体で接してくれている彼女も、僕の名前を聞けば萎縮するだろう。あるいは媚を売るようにすり寄って来るだろうか。いや、ここは偽名を使うべきか。


「ルイス・ウォーレン」


 しかし、結局僕が告げたのは本名だった。偽名を使えば彼女の態度は変わらないかもしれない。でも、それは僕が本当に望んでいる関係ではない。そう思ったから。


「こ、公爵家の方とは知らず、失礼いたしました。申し訳ありません」


 彼女は慌てて頭を深々と下げた。やっぱりだ。予想された反応に、ため息が漏れた。僕が誰かを知ってなお態度を変えない者などいない。当然だ。僕はそういう立場なのだから。


 そうしていつも諦めたはずだった。期待することに疲れたはずだった。今まで本当の友だちなんてできたことはなかっただろう。どんなに強く願っても無駄だ。そう悟ったはずなのに。


「ねえ、顔を上げて。お願い。今だけでいいから。今だけでいいから、僕を君の友だちみたいに扱ってよ」


 どうして僕はまた、期待してしまっているのだろう。

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