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1 出会い

 あたたかいおひさまの光。小鳥のさえずる声。風に揺れる葉の音。

 今日も、新しい1日が始まる。


 もうすぐ侍女のマリーが私を起こしに来る時間だ。

 ベッドから起き上がって伸びをしていると、ちょうどマリーの軽やかな足音が聞こえてきた。部屋にノックの音が響き、ドアが開いた。


「おはようございます、お嬢さま」


「おはよう、マリー!」


 元気よく挨拶を返すと、マリーは目を見張ってほほえんだ。


「起こしに来る前からお嬢さまが起きてらっしゃるなんて。よほどお出かけが楽しみなのですね」


 そう、今日はフェルノ家の領地にある邸宅に来て初めてのお出かけの日だ。私はこの自然に囲まれた邸宅で過ごすことが好きだった。そんな私に、12歳までかかる予定だった教育内容を10歳で終わらせたごほうびとして、お父さまが3か月の間フェルノ領で自由に遊んで過ごすことを許可してくれたのだ。


 王都にある本邸からフェルノ領に来ているのは私とマリーだけだ。

 教育を早く終わらせたごほうびは何が良いかと聞かれてフェルノ領に行きたいとおねだりしたとき、お父さまもお母さまもお兄さまも、私と離れるのは寂しいと言って反対した。3人はそれぞれ仕事や学園があるので、王都を離れることはできない。


 もちろん、私も今までに家族と3か月もの間離れて暮らしたことはなかったので寂しいという気持ちはあった。しかし、それ以上に自然に囲まれて過ごしたいという気持ちが強かった。

 私があまりにもフェルノ領に行くことを熱望したために、家族で何度も話し合いを重ねて、3か月だけなら良いという結論に落ち着いた。

 

 ただし、普通の貴族令嬢は、教育が始まる前のような幼い頃ならばともかく、教育を終えて立派な淑女となった後に自然の中で自由に遊ぶようなことはしない。庭園を優雅に散歩する程度だ。私がフェルノ領で遊んでいたことが知れ渡ると、おてんばだと噂されてしまうおそれがある。

 そのため、お父さまは外で遊ぶときはフェルノ家の令嬢だと知られないようにするという条件を出した。


 昨日までは邸宅の周りを探検しつつ遊んでいたのだが、もっと開けた場所でピクニックしてみたくなった私は、今日はフェルノ領と隣の領の境のあたりにあるマリーのおすすめの場所に連れて行ってもらうことになったのだ。


「行ってきます!」


 期待に胸をふくらませた私は、朝食を済ませると料理長のニックが作ってくれた昼食を持って質素な馬車に乗り込んだ。


「マリーがおすすめしてくれたところなのだから、きっとそれはそれは素晴らしい景色の場所なのよ! 楽しみ! ニックはどんな昼食を用意してくれたのかな。ちゃんと変装しているからどんなに走り回っても地面に寝転んでもいいよね? ああ、楽しみ!」


「それほど期待されると、期待にお応えできるのか少し心配になりますが……。ええ、素晴らしい景色ですとも。自由に過ごせるのもこの3か月だけですからね。お嬢様のお好きなようにお過ごしください」


 私は、馬車に揺られながらマリーに興奮気味に語った。変装のための庶民の服装も気分を高揚させる。私の母親に扮したマリーは、穏やかに相槌をうちながら聞いている。そうこうしているとあっという間に目的地に到着した。


 馬車から降りると、そこにはすばらしい景色が広がっていた。


 春の爽やかな空。太陽にうっすらとかかりそうな白い雲。若々しい草と可愛らしく咲く色とりどりの花に覆われた地面。少し遠くには2本の木が立っていて、その根元でうさぎが飛び跳ねている。さらに少し遠くには森も見える。のどかな景色。


 私はほうっと息をもらした。

 

 草花の優しい香りに包まれながら、私はうさぎが見えた木の辺りに向けてのんびりと歩き出した。マリーは、私を邪魔しないように馬車のところから見守っている。


 2本の木の下に着いてみると、うさぎは逃げてしまったのか周りを見渡しても見つからなかった。少し残念に思いながら木を見上げると、遠くから見てもよくわからなかったが、よく見ると淡いピンク色のつぼみをいくつもつけている。中には今にも咲きそうなほど膨らんでいるものもあった。


 私はつぼみを見上げながら自然とほほえんでいた。


「咲くのが楽しみ。きっときれいな花だもの。早く咲かないかな」


「うん、そうだね」


 心臓がドキリと跳ねた。マリーの穏やかな声ではない。高いけれど優しい響きの、聞いたことのない声。さっき景色を見渡したときは私とマリー以外に人なんていなかったはずなのに、どうしてマリー以外の人の声が聞こえたの?


 驚きと緊張に破裂しそうなほどドキドキしている胸を手で抑えながらも慌てて声がした方を見ると、同じ年頃の男の子がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 濃い青の髪に黄緑色の瞳。その顔立ちはとても整っている。服装は動きやすそうだが、質が良く繊細な柄の刺繍が入っていて貴族然としている。


「君、名前は?」


「あっ、えっ、えっと」


 男の子の容姿と、先ほどの驚きによる心臓の激しい鼓動に気を取られていた私は、男の子の問いかけにすぐに反応できず、言葉につまった。


「ねえ、君の名前を教えて?」


 私はソフィア・フェルノだと名乗りかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。


 (フェルノ家の令嬢だと知られてはいけないのだったわ! どうしよう、偽名を名乗った方がいいのよね。でも、偽名なんてそんなにすぐに考えられないし! それに、どんな偽名を名乗ったか忘れそうだし、呼びかけられても反応できなさそうだし、あああ、どうしよう!)


「聞こえないの?」


 少しいらだったような男の子の声に、私は弾かれたように答えた。


「フィ、フィー! フィーよ」


 ソフィアのフィから取った名前。これなら呼びかけられたときに自分のことだと認識できそうな気がする。


「そうか」


 男の子が、ふっと笑った。その場の空気が緩んでほっとした私は、男の子に問い返した。 


「あなたのお名前は?」


 男の子は名を口にするのをためらうような様子を見せた。私には名前を聞いたのにも関わらず、自分が名前を聞かれることは想定していなかったかのように。黙って男の子を見つめて答えを待っていると、男の子は少し小さな声で答えた。


「ルイス・ウォーレン」


 私ははっとした。ウォーレンといえばウォーレン公爵家。この場所はフェルノ領とウォーレン領の境。そしてウォーレン公爵家の一人息子の名前は、ルイスだ。

 侯爵令嬢である私にとって、公爵家のルイスは元々目上の存在である上に、今の私は庶民の格好をしている。つまり、私が今とるべき行動は。


「こ、公爵家の方とは知らず、失礼いたしました。申し訳ありません」


 慌てて頭を下げると、ルイスが悲しそうな小さな声で言った。


「ねえ、顔を上げて。お願い。今だけでいいから。今だけでいいから、僕を君の友だちみたいに扱ってよ」


 悲しそうな声と予想もしていなかった言葉に驚いて顔を上げた。目の前には、泣きそうな顔をしたルイスがいた。


 ――どうして?


 心の中で思っただけのつもりだったけれど、実は声に出していたのだろうか。あるいは、声には出していなかったけれど表情に疑問があらわれていたのだろうか。ルイスは理由を語り始めた。

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