第3話 逃走と反転
目の前に刃が迫る。
視界の中がゆっくりと動き、葉の一枚一枚、布の線維の目までが見える。
「気抜きすぎ!!」
横からその叫び声が聞こえた時、強烈な衝撃と共に、体が吹き飛ばされる。
視界が回る中、斜面の下にまで落ちていくのを感じる。
「あっつ、ちょ、ま、ぐへ。」
斜面の途中で樹にぶつかり、やっと止まる。
「めちゃくちゃ、痛ぇ。左手も多分折れているな。」
痛む体を無視して、狂った平衡感覚の中、なんとか立ち上がる。
散らばったボーション類と杖をかき集め、周りを見渡すと、仮面の敵が1人倒れていた。
直ぐに距離を取り、杖を構える。
「なんで、こいつが突っ込んできたんだよ。」
思わずぼやいていると、
斜面の上から飛び降りてきたミリーが、倒れている敵の上に着地してきた。
そのまま鉈を振るい、首を一発で落とすと、顔についた大量の血をぬぐう前に、こちらを振り返り、
「何、ぼやぼやしてるの、逃げるよ!!」
と言ってきた。
首を斜面の上に投げつけ、直ぐに斜面の下に向けて走り出したミリーを慌てて追いかける。
斬撃や他の攻撃術式の斜線を切るためにジグザグに走る。
木の根や、密度の濃い下草に足を取られないように、ミリーの走った経路を出来るだけなぞる。
使える右手を使って後ろに炎矢術式を放つが恐らく牽制にもなっていないだろう。
現に、追手が飛ばす斬撃で倒れる木の音が山に響いている。
「あ~っ、もう遅い!」
そう言って、俺の体を掴み肩に乗せると走り出した。
自分で走っていた時と比べて、倍近い速さで景色が流れる。
「なんでそんなに動けないかな。」
「しょうがないだろう、純人種だし、そもそも俺は運動に向いてない。接近戦用の武器を持ってきてたらもう少し戦えたかもしれないけれど。」
「なら、少し距離取れているし、自分で動かなくていいんだから、もう少し得意の魔法で、敵を攻撃してくれないかな!」
「いやー、さっきから打ってるんだけど、敵さんかなりやるんだよな。」
女に後ろ向きに担がれるという、やや情けない体制であるが、後ろを向いているのでさっきよりも狙いを付けやすいはずなのだ。
相手の移動を考慮して、複数の術式である程度の面を制圧するように攻撃しても、一向に当たる気配がしない。
「視界の外からの攻撃にも結構反応されてると思う。いくつか打った、曲射が躱されてる。」
「えー、本当に面倒くさい相手みたいね。あなたの性格悪い射撃を躱すの大変なんだから。」
表情は見えないが声だけで、酷いしかめっ面をしているのが分かる。
「もう少しで川にぶつかる、開けた場所だから斜線切れないよ。」
「水があるならさっきよりは戦いやすい。」
「私は、動きにくくなるから、あまり好きじゃないんだけどな。足止め程度しか役に立たないよ。」
「なら、十分だ。戦って負けるとも思ってないだろ?」
「当たり前でしょ、さぁ、着いたよ。準備して。」
河原に飛び出すと、光の量の差で眩しく感じる。
4つ炎矢術式を展開し、後方の地面に向かって放つ。
衝撃とともに、土煙が舞い上がり、さっき飛び出したばかりの斜面が見えなくなる。
「飛ぶよ、舌をかまないように!」
視点の高さが急に下がり、その直後3メト程飛び上がり、川を超える。
土煙の両脇から、敵が現れて、河原に入るのが見えた。
着地の衝撃が体に掛かり、そのまま砂利の上に転がされる。
受け身を何とかとるが、山奥の川の石は大きい。今日何回目かの打ち身に体が悲鳴を上げる。
「川を渡らせないで。早く。」
あまり余裕のない声が聞こえる。
鉈で敵の攻撃を、落とし続けているのだろう。
時折、金属音と共に、魔術が拡散しているのを肌で感じる。
体を起こし、右膝だけをつき、座る。
持っていた杖を前に置き、持っていた魔力を注ぎ込んだ。
すると、ゆっくりと魔法陣が展開され、俺が寝転んでも完全に入る大きさまで広がる。
地面にしみ込んだ、魔力を押しのけ自分の都合が良い形に、流れを整理していく。
「準備できた、始められるよ。」