第2話 いきなりの危機
土煙が視界いっぱいに広がり、細かな石がパラパラと降ってくる。
軽い耳鳴りと、頭痛がした。
口の中に含まれた砂利と砂を吐き出しながら、杖の腹に刻まれた彫刻に魔力を通す。
信頼できる相棒が通された魔力に応え、使い慣れた術式が俺の頭上に展開される。
開いた魔法陣は8つ、敵へ向けた。
視界の端で、ふらつきながら立ち上がる影が見えた。
「ミリー、5カウントだ。合わせろ。」
「了解、任せて頂戴。」
そう聞こえた後、隣から魔力が膨れ上がった気配がした。
「5、4、3、2、1。」
魔法陣から、8つの圧縮された魔力が噴き出すと同時に、体の芯を揺らす波動が放たれた。
ミリーは、人種ではなく、獣人種だ。しかも、肉体的にも魔力的にも恵まれた狼族である。
彼女たちは、生まれながらの狩人であり、人や動物を捉え、追い詰める技術に長けている。
今放たれたのも、狼族に伝わる固有術式の止力咆哮も、その1つだ。体の動きだけでなく、魔力の操作を阻害する。
音に乗せられた魔力の波動は指向性が与えられているにも関わらず、俺の体に圧迫感を与えた。
一緒に戦った経験が無ければ術式の制御に影響があったかもしれない。
俺が放った赤爆術式が、止力咆哮が届くのに数瞬遅れて着弾した。
土煙が上がるのに少し遅れて、爆音が響く。
「3人残っているわ。距離詰めてくる!」
「分かった、ここで迎え撃つ。」
ミリーの後ろに下がりながら俺はそう答えた。
立ち位置を変える間に、左手で補助魔薬を取り出し2粒口に入れる。
4つの炎矢術式を展開した。
ミリーは、腰につけていた鉈を既に構えている。
腰を落とし、半身で術式が飛んできた方向に体を向け備えていた。
目を閉じ、大きな耳を立てて、些細な音も逃さないようにしているのだろう。
2人の呼吸音だけが聞こえる。攻撃を待つ立場になると否が応でも体に力が入る。
さっきまで、煩い程響いていた谷間を抜ける風が葉を揺らす音も、河原で水が流れる音も小さく感じられる。
突然、ミリーが地面をえぐるような踏み出しと共に、右手の鉈で樹を巻き込みながら斬撃を飛ばした。
倒れる樹の間から、3人の影が飛び出す。
全員が仮面を付け表情は見えず、体はやはり小さい。
1人はミリーの方へ、2人は俺の方へ、斜面を下る重力を利用して突進してきた。
刀を両手で構え、時間差で迫ってくる2人の敵に対して、遠い方へ展開していた4つの術式を放つ。金属の鎧ですら溶かし貫通する火矢が飛ぶ。
接近してきた敵の切り下ろしを杖ですらし体を入れ替わる。相手の右手を取り捻り、体を落とす。
体制が崩れ、膝をついていた敵の顔に膝を入れる。2度、打撃を入れると仮面が割れ、剥がれた。
仮面が外れた素顔は、思っていたよりも幼く、鼻から血が流れている。
相手の腕を掴んでいた手を逆に握られ、
「今だ!斬れ!」
と叫ばれた。
再度顔を踏みつけ、手の拘束が緩んだ瞬間を狙って、後ろ向きに転がる。
頭があった位置を、飛んできた斬撃が抜けていったのが見えた。
手を使って跳ね起きた時には、刀を上段に構えた仮面の子供が目の前に迫っていた。
引き延ばされた時間の中、杖を構えて受け流そうとするが、どうやっても間に合いそうにない。
「やば、これ死ぬわ。」
俺は、致命傷を負うことを覚悟し、そうつぶやいた。