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第七話 失われた証拠


 夜、私は魔王の部屋に突撃した。


「魔王居る!? 居るわね! 入るわよ!」

「人族の姫は、返事も待たずに他人の部屋に入ってくるのか」


 文句を言われるも、その声に覇気はなく弱々しい。玉座ではなくソファに力なく腰を下ろす姿も相まって、昼間とは別人のような彼に怖気づきそうになるも、私はありったけの勇気を掻き集めて彼の部屋に入った。

 でも、すぐに何か硬いものがこつんと私の爪先に当たる。それが何か、見てすぐにわかった。


「ちょ、ちょっと。大事な王笏を床に転がして置かないでよ。危ないじゃない!」

「…………」

「えっと……あ、あんた晩ごはん食べてないんだって? キナコちゃんがマフィンを作ってくれたから、持ってきてあげたわよ。凄いのよ、キナコちゃん。これ野菜が入ってるんだって。ほうれん草とにんじん、色も綺麗で美味しそうよね!」


 拒まれる前に、魔王の前にあるローテーブルの上に山盛りのマフィンが入ったバスケットを置いた。焼き立てのマフィンはまだ温かく、ふわりといい匂いが柔らかく香る。

 それからどうしようか迷ったが、放置しておくのも気が引けるので、床に転がっている王笏を両手で持ち上げた。

 いや、持ち上げようとした。


「お、重い……」


 想像していたよりも、魔王の王笏はずっと重かった。ずっしりと床に張り付いたかのようなそれを、力を入れ直してなんとか持ち上げる。前世、スーパーで買ったお米一袋よりも重い。

 これまでの戦いで犠牲になった人たちの命と、悲しみ、そして魔王に課せられた責任の重さだ。


「はい、あんたの王笏。大事なものなんだから、床に置いたりしちゃ駄目よ」

「…………」


 王笏を引きずらないようになんとか運んで、魔王に差し出す。でも彼は視線は向けてくるものの、王笏を受け取ろうとはしなかった。

 ……そんなものいらない。そう口に出して、投げ捨ててしまえればきっと彼もラクなのだろう。

 でも、彼はそうしない。


「……ごめん。私、聞いちゃった。あんたの家族のこと、過去のこと」


 魔王城に帰ってきてから、皆に聞いて回った。中途半端に知っているくらいなら、全部教えて貰った方がいいと思ったからだ。

 結果として、ナタンの言う通りだった。しかし、一つだけ大きく違う点がある。


「ハトリさんが教えてくれた。あんたは逃げたわけじゃない。ハトリさんが守るために隠されてたんでしょ」

「……それが父の命令だったらしいな」


 ふっ、と息を吐くように彼が笑った。そう、彼は逃げたわけではなかった。

 エドガルドに命じられたハトリさんが、眠っていた幼い彼を抱え物置に隠したのだ。あの時は生きた心地がしなかった、とハトリさんが胸を押さえながら話してくれた。


「ナタンは昔、無敗のナタンと呼ばれていたくらいに強い戦士だった。そして同時に、父に忠誠を誓っていた。あの夜、あいつは遠征に行っていて不在だった。勇者と戦うことすら出来なかったのだ。だから人一倍悔しい思いをしたのだろうし、父を殺した勇者と、戦わずして生き延びた俺のことを恨んでいるのだろうな」


 ぽつりぽつりと、魔王が話し始める。確かにそう言われれば、ナタンの無念もわかる。

 でも、子供だった彼に何が出来たと言うのだろう。どうして弱虫呼ばわりされなければいけないのだろう。

 悔しい。こんなに悔しい思いをしたことが、今まであっただろうか。


「ねえ、あんたは勇者や人族のことを恨んでないの?」


 仄暗い思いを押さえ込みながら、私は一番気になっていたことを聞いた。だって、あまりにも不自然だ。

 家族を殺された彼が、勇者や人族に良い印象を抱く筈がない。それなのに、彼は私に争いではなく協力したいと言った。

 あの時の彼に、嘘や誤魔化しはなかった。ということは、


「魔王ジェラルド。あんた……何か、隠してない?」


 キナコちゃんやハトリさん、リュシオンにシェレグ、そしてライカ。この部屋に来るまでの間に、魔王と近しい者たちに話を聞いたものの、魔王が隠していることに心当たりがある人は居なかった。

 だから、もう本人に直接聞くしかない。


「何か、か……実は、お前をさらう時に城内の者をすでに皆殺しにしていたのだ」

「そういう嘘はいいから」

「嘘って……俺は魔王だぞ。お前たちにとっては邪悪な存在だ」

「あんたにそんな度胸ないでしょ」

「ぐう……!」


 悔しそうに唸る魔王。その可能性は私も考えたが、今までの彼を見ていればありえないことだと断言出来る。

 はあ、と重々しいため息を吐いた魔王が、私に自分の隣へ座るよう促した。


「わかった、お前には話す。長くなりそうだから、座るといい」

「う、うん」


 王笏をテーブルにぶつけないように気をつけながら、私は魔王の隣に腰を下ろした。すると、部屋の景色がよく見える。

 城内と同じように、いや、城内以上に飾り気がない部屋。ソファやテーブルもそうだが、全体的にシンプルである。

 でもシンプルさに拘っているというよりは、とりあえず使えそうな調度品を必要最低限な分だけ揃えた、という印象だ。

 ふと、窓際にウサギのぬいぐるみが飾ってあるのが見えた。しかも耳に赤いリボンが飾られている。

 ギュッと、心臓が痛む。


「いいか、姫。これから話すことは、他の誰にも話さないと約束してくれ」

「う、うん」

「まず、俺が人族を恨んでいるかどうかだが……もちろん、恨んでいるとも」


 思わず、ぬいぐるみから目を離して魔王を見る。

 でも、彼の声色は静かなままだった。


「だが、勘違いするな。俺が恨んでいるのは、一人だけだ。お前や、お前の家族をどうこうしようとは思わん」

「一人だけ?」

「そう。おそらく、勇者は最初から卑怯な手で父に勝とうと思っていたわけではない。勇者をたぶらかし、あのような愚行を犯させた者が別に居るのだ」


 魔王の言葉に、王笏から手を離してしまいそうになった。頭をハンマーで殴られたかのような衝撃だ。

 そうか、どうしてその可能性を考えなかったのだろう。


「誰? 一体誰が、勇者にそんなことを!?」

「それは……悪いが、言えない」

「何で!」

「証拠がない。十年前の俺が見たと言ったところで、誰が信じる。いや、ハトリたちは信じてくれるだろうが、人族は俺の訴えなど信じずに同胞を守るだろう?」


 言葉に詰まる。確かにそうだ。この世界には、監視カメラのような便利なものはない。魔族が訴えたところで、証拠すらない状態では人族が聞き入れるわけがない。


「俺はあの者を恨んでいるが、殺してやりたいわけではない。あいつの罪を暴き、相応の罰を受けさせたいんだ」

「でも証拠がないなら、どうしようもないじゃない」

「ああ……でも、一つだけ方法がある」


 そう言って、魔王が王笏を指さす。


「ナタンが言っていたことを覚えているか? この王笏から魔石が盗まれたと。その魔石は王竜の目であり、世界で起こった全ての出来事を記録している媒体だ。それさえ取り戻せれば、当時の記録を再生出来ると王竜はそう言っていた。それなら立派な証拠になる」

「もしかして、あんたが人族領に来たのは魔石を探すため?」

「そうだ。どこにあるかは目星が付いていたんだが……結局、見つからなかった。ふっ……考えてみれば、罪の証拠がいつまでも残っているわけがない。今頃は海の底か、山の中か」


 俯き、頭を抱えながら。今にも消え入りそうな声は、こちらが苦しくなるような痛々しさだ。


「駄目だな、俺は。動くのが遅すぎた。自分の愚鈍さが嫌になる」

「そんなことない……皆、あんたのことを凄く慕っているじゃない」

「ああ、皆いいやつだ。だからこそ、考えてしまうのだ。生き残ったのが俺ではなく、アルフィオ兄様かミシェルだったら、と」



 

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