エリスタ一族の、最後の嘘
迷宮から出ると、まだ辺りは暗い。
大きく伸びをして、再び身体強化魔法で走ろうとした時…南の方から誰か来る気配。
離れるか…エリスタ以外の迷宮の第一発見者には賞金があるから、もし探索者ギルドの確認だったら時間を取られそうだし。
それにここはブルース家の管轄っぽいし。
あっ、走ってきた。逃げろ逃げろー。
「その者っ! 止まれ!」
「嫌だねっ。イリュージョンミスト」
「うわっ!」「魔法使いかっ!」
男が五人…ブルース家の私兵っぽいか。いきなり攻撃されると思っていなかったのか、見事に混乱している。無駄なトラブルはエリスタ領と王都で充分だよ。
逃げ切って数キロダッシュ……ここまで来れば良いか。
やっぱり先に誰か見付けていた。
追われてはいないし…危ない危ない…階段で鉢合わせていたら身分証やらなんやら面倒だった。
迷宮は資源だから、核はそのままにするのが暗黙のルール。核を持ち去ると、迷宮は成長を止め、魔物が徐々に湧かなくなる。本来なら持ち帰るのが良いんだけれど、お金が絡むと人は安全よりも欲を優先する。
いずれブルース家がエリスタを占領して、安全な迷宮とそうではない迷宮の区別が出来なかった場合……沢山の人が死ぬ。
迷宮以外にも爺ちゃんが命と引き換えに封印した魔物だって居る。封印を解こうもんなら、大災害もあり得るし。
だからこの実家通い意味があるんだけれどね……あの男たちは話が通じなさそう。
『ぶるるっ!』
「あっ、なんだお前来たのか? 危ない人間が来ているから離れた方が良いよ」
ナイトホースが駆け寄って、私に顔を擦り付けて来た。可愛いのう、よしよし。
まだ時間もあるし、ナイトホースに乗ってエリスタ領の散策でもしよう。
今日は、青い月が綺麗だ……これからの私を応援してくれるみたい。
……でもなんか、学院を退学したのは少し寂しいような……まぁでも平民になったら、ルナード・エリスタは死ぬ予定だから。
母が、私をルクナとして生きて貰いたいから数年前から決まっていた。極端な親だよ全く……
「ただいまー」
「あらルクナ、早かったわね」
「疲れたから帰って来たよ。ルナードが消えても誰も気が付かないし……どうしたの、このご馳走……」
なんか、夕食が豪華だ。
誰かの誕生日とかじゃないよね。
「ふふふー、実はね。今月が終われば平民になるって書状が来たの!」
「おぉ……まじか。予定よりも早いね。じゃあ引っ越しかぁ」
「あっそれと、早速リードさんが私たちの死亡届を討伐者ギルドに出しに行ったわっ!」
「そっかぁ。これでルナードは死ぬんだねー……へぇー……あぁっ!」
あっ、まずい……大変な事を忘れていた。
「どっ、どうしたのルクナ⁉︎」
「友達に、ルナードが死ぬ事言っていない……」
「えっ、ルナードに友達なんて居ないじゃない」
「ひでえな! ちょっと、行ってくる」
「もう暗いわ。それに、ご馳走なんだから食べていって」
「……わかったよ。じゃあ朝一で行くから」
嫌われ者のルナードが死んで泣いてくれる人は、まぁ、一応何人かは居るからね。
とりあえず、父親は討伐者ギルドにエリスタ一族の死亡届けを王都に出す依頼をしたり、長話をしたり飲み会やらで帰るのは深夜だと言うので母と二人でご馳走を楽しむ事にした。
もしかしたら三人でご飯を食べるのは、これが最後なのに……困った父親だ。
「やっとエリスタ一族はエリスタから解放されるのよねぇ。感慨深いわ」
「これからこの国は大変だねー」
――ウーッ! ウーッ! ウーッ!
警報だ。
迷宮から魔物が氾濫した。エリスタでは、日常的に氾濫が起きるのだけれど……今回は丁度良いな。
「あら、良いタイミングで氾濫ね。丁度食べ終わったし、最後の仕事にでもいきましょうか」
「うんっ、終わったら新しい家見に行こうよっ。早く見たいんだっ」
「ふふっ、じゃあそのまま引っ越しましょ。荷物は収納鞄に入れてあるから」
「仕事が早いねぇー。早く行こっ!」
ん? 何か、忘れているような……まぁ良いか。これから、母と二人で新しい生活だっ。
この後、エリスタで起きた魔物の氾濫によって、三名の死者が出た。エリスタ家当主の父親リードと、母のアズと、私ルナード。
それは一ヶ月後に王都に知らされ、エリスタ一族が、ヴァン王国から消えた事を意味する。
「そうだ、リードさんには……私とルクナが住む場所とは、別の住所を教えてあるわ。エルフィ達とは後で合流ね」
「……そっか。私達が行く場所には、お父さんは連れて行けないもんね」
「そういう事に、しておくわ」
「……うん、まぁ、そういう事にしておいて」
「ルクナ、何か隠しているでしょ」
「い、いや? 何も?」
……あっ、友達にルナードが死ぬ事を言うの……忘れていたよ。
まぁ、落ち着いたらで良いか。どうせその内会いに行くし。
さて、次回から時間軸は戻り、ルクナちゃんの残念な学院生活編です(゜ω゜)




