ヴァン王国軍
ルクナ達がイチャイチャしている頃、ヴァン王国軍は魔物の氾濫に向けて準備を進めていた。
年に一度王都周辺で起きる魔物の氾濫…今回は北西の森が陥没し、開いた穴から地下に眠っていた迷宮から魔物が出現。幸い周辺に大きな街は無く、今のところ農作物の被害だけで済んでいる状況だか……
「伝令! 魔物が防衛線に到達するまで一時間も無い! 各部隊は準備を万全にし魔物に備えろ! 追って詳細は報告する!」
先行部隊が戻り、各部隊に状況を伝えていく。
騎士と魔法士の部隊が二十部隊。貴族の私兵や討伐者ギルドから募集した五百名を超える討伐者達が、魔物の氾濫に対応すべく準備を進めていた。
予測出来ない突然の氾濫で、これだけの人数を集め連携を取れるのは、長い歴史の中で魔物と戦ってきた実績からなる。
「ギーラさん、来て戴いて助かります」
「おう騎士団長、流石の剣聖でも指揮は緊張するか?」
「ははは…からかわないで下さいよ。ギーラさんが騎士団長を引退してから大変なんですから」
「若い世代に譲らないといけないからな! 期待しているぞ。前回は下位の迷宮だったが……今回はどうだかな……」
「下位でも数十名が亡くなりました。まだ若い世代は育っていません……もし中位なら、被害は甚大です」
「もうすぐ先行部隊の隊長が帰ってくるはずだ。期待しないで待っていようぜ」
騎士団長とギーラが話していると、暗い表情の魔法使い……魔法士団長が近付いて来た。
「あぁギーラ殿、助かります」
「おう魔法士団長、浮かない顔だなっ」
「はい、今日は非番で……子供が産まれる予定なんです。なんとか、生きて帰りたいと思いまして」
「そうかそうか、そりゃおめでとう! 死ぬに死ねないなっ」
「団長は最前線ですから……はぁ。せめて子供を抱いてから来たかったです」
「恨むなら、グラン・エリスタを怒らせた国を恨め。奴が居たら、今頃俺たちは昼寝でもしているさ」
団長達がギーラから耳が痛くなる程に聞いた名前……最強の男グラン・エリスタ。
この名前を知っているのは、騎士団でも少ない。
なぜ少ないかというと、グラン・エリスタは警報が鳴る前にたった一人で魔物を殲滅する。
だから鬼神のように魔物を殲滅する姿を見た者は、名前を知っている者の中でも一握りだった。
もちろん団長もグラン・エリスタを見た事が無い。普段はエリスタに篭って、有事の際にこっそり対応するからだ。
警報自体も、討伐者ギルドとエリスタが共同で開発した大規模な魔導具なのだが……それを知る者は討伐者ギルドとエリスタ家のみという現状だ。
「出来れば、お会いしたいものです」
「今もエリスタに居るんじゃないか? 会いに行けば良いだろ」
「魔導馬車で往復二週間ですよ? そんなに休みを取れません」
「そうだな、それに舗装もされていないし魔物も強いし、中々行ける奴もいないなっ」
「でも王都と違って氾濫は起きないんですよね? ある意味安全な地域ですよね」
「まぁ、そうだな。エリスタ領は、エリスタである限りは安全だな……」
グラン・エリスタが領主だった時代から、十数年間エリスタでは魔物の氾濫が起きていない。
記録では、一回も起きていない……それは迷宮がある地域で普通はあり得ない。それでも、あり得ない事が起きているのに関わらず、国は何も調査していないのが現状だ。
討伐者ギルドと探索者ギルドの上層部は知っているが、グラン・エリスタとの取引でヴァン王国に報告しないようにしていた……それをヴァン王国が知るのはエリスタ家が平民になってからになりそうだ。
「で、伝令! 伝令! ランクは中位! 中位! 数は三千を超える! 気を引き締めろ!」
「「……」」
「はははっ! こりゃ俺も生きられるか解らないなっ!」
中位の氾濫。中位は簡単そうに聞こえるが、中位の魔物の割合が半分以上という意味だ。
中位の魔物が一体なら簡単だが、それが三千を超えるとなれば別。
剣聖と云われる騎士団長でさえ、中位の魔物十体同時に襲い掛かられたら死を覚悟する程だ。
「となれば、魔法士団が先制します。全員で撃ち込めば二千は削れる計算ですが……」
「伝令! 先頭に上位の魔物を確認! 魔法の効きにくいミスリルゴーレムを確認! 予想よりも速いです! 到達まで十分!」
「あぁ……訂正します。全員で二百と言った所でしょうか」
「厄介、だな……」
状況は、最悪だった。
先頭にいるミスリルゴーレムが壁となって、初撃の威力が大幅に下がる。
こうなれば、乱戦は必須……全滅の二文字が脳裏を掠める程、追い込まれている状況だった。
「私がミスリルゴーレムを討ちます。討ち取ったら魔法士団で総攻撃をお願いします」
「アレク諸共撃つなんて私には出来ません。私も行きます」
「フエゴ、お前は子供が産まれたばかりだろ? 俺に任せておけ」
「アレク……」
「おいおい、この俺を放っておいて話を進めるな。老兵がミスリルゴーレムくらい叩き斬ってやる。お前らは、指揮を取れ!」
「ギーラさんが死んだら、誰が私達の面倒を見てくれるんですか? 一緒に行きましょう。必ず、生きる道筋はあります」
「はっはっは! 甘く見られたもんだな! ちょっと前まで子供だった奴に心配される程やわじゃねえ! 先に行くぜぇっ!」
「「ギーラさん!」」
ギーラが大剣を担ぎ、最前線から飛び出し、遠くに見える壁のような魔物達に向かって行った。
騎士団長と魔法士団長は顔を見合わせ、あの人は変わらないな……と、笑い合い……
「私達がミスリルゴーレムを討つ! 魔法士団は総攻撃の準備! 騎士団は乱戦に備えろ!」
「「「了解!」」」
騎士団長と魔法士団長は、最前線から駆け出した。
「なぁフエゴ、こうやって並んで走るのは、何年振りかな……」
「さぁな……学院の測定以来か?」
「ははっ、そうだな……騎士団長になっても、ギーラさんの背中は……デカイな」
「そう、だな。まだ、追い付けない程にデカイ……はぁ、子供の名前……考えたんだけどな」
「諦めんな。隣に俺が居る。それに、先頭にはギーラさんだ。必ず生き残れる」
「昔からお前は、自信家だな。魔法の準備に入る、援護してくれ」
「了解っと……な、なんだ……? 柱?」
「高い……魔物の、攻撃か……? いやっ、誰か乗っているぞ!」
ギーラよりも前方に、円柱状の岩の柱が伸び……上には、誰かが乗っているようだった。
その時、風に乗って誰かの声が流れて来た。
『大地を見下ろす殺戮の雨よ、見えるだろう…お前達の敵が… 』
岩の頂点に、目視出来るほどの青い魔法陣が出現。さらに黒い魔法陣と黄色の魔法陣が出現し、一つに合わさった。
ギーラが立ち止まり……立ち尽くすように上を見上げていた。
見上げた先は、巨大な暗雲から突き出た無数の黒い刃……
「あれは……誰だ……」
「わからない……ただ、あれは……私よりも……遥かに……」
『やるべき事は一つ、貫くだけ、私に見せておくれ……血で彩る大地を……魔法合成・黒の万刃』
魔法陣が輝き、黒い刃が魔物達に降り注いだ。
発射の勢いと落下の速度が合わさり、弾丸のように次々と魔物を貫いた。
魔物の断末魔が響き、前方に見える魔物が将棋倒しのように倒れていく……見た事の無いあり得ない光景だった。
「……嘘、だろ」
「こんな規模の魔法……何がどうなって……ギーラさん!」
『がぁぁぁぁぁぁぁ!』
「──っ!」
撃ち漏れた魔物がギーラに向かい、遅れて気が付いたギーラが身構えようとした瞬間……魔物が真っ二つに分かれた。
呆然とするギーラに騎士団長と魔法士団長が追い付くと、魔物の上に小さな子供が二人立っていた。
『あははははは! 人間! クルルに感謝するんだなっ!』
『そうだそうだー! クルルが可愛い髪飾りくれたから助けてやったんだ! 感謝しやがれってんだ!』
「風の、精霊……」
『『ははははは! 感謝感謝ー!』』
子供に見える精霊は、はしゃぎながら撃ち漏れた魔物を斬り刻んでいく。
三人が驚くのも無理はなかった、精霊が人間を助ける事なんて、滅多に無いのだから。
『あっ、こいつ風が効かないぞー』
『ママ呼ぶー? あっ、ヴォルトこいつ倒してー!』
『仕方、ない、な。落雷』
命懸けで討とうとしていたミスリルゴーレムは、雷によって呆気なく倒れ……気が付いた時には、立っている魔物は存在していなかった。
「「「……」」」
茫然と、目の前の光景が信じられずにいると、伸びていた岩の柱が縮んで上に居た人物が降りてきた。
一人は銀髪の少年、もう一人はギーラがよく知る青い髪の少女……セイラン・オレイドス。
そして、魔法士団長がよく知る黒髪の少年……カサンドラ・オレイドスの姿だった。
「おやおや皆さん、どうしたんですか? そんな顔して……魔物の氾濫でも、あったのですかね?」
銀髪の少年が、とてもとても楽しそうな表情でギーラ達を見据え……
「クルル、魔物の氾濫なんて起きていないわよ。私、法律詳しいの」
セイランが悪戯に笑い、クルルと呼んだ少年に笑い掛ける異常な状況で……
「クルル一人で、魔物をやっつけたからなー。クルルが、えーと、一人で」
「「……」」
カサンドラの下手くそな芝居が異彩を放っていた。




