ついに来たっ!
明け方になり、カサンドラはフラフラになって帰って行った。
私は仮眠を取りたいので、零組に向かう事にした。
「ステラちゃん、学院って今日休みですけれど開いてます?」
『開いておるぞ。本体もおるし』
「残業ですか?」
『家に帰るのが面倒だっただけじゃ。クルルと学院で二人きりじゃからドキドキするぞい』
「じゃあ抱き枕になって下さい」
『も、もちろんじゃ』
学院の中に入り、四階に上がって幼女本体を抱き枕にして零組のソファーに横になった。
眠いからちょっと寝よう。
「ん……」
目が、覚めてきた。
なんか体勢が変わって……目の前に赤い髪の…お姉さん……クベリアさんが居る。
「おはよう、クルルちゃん」
「おはよう、ございます」
なんか膝枕されていた。幼女は……隣のソファーで縛られて寝ていた。
ナデナデされている……嬉しいからお腹に抱き付こう。
「ほんと、可愛いわね。本来なら、強くて可愛いクルルちゃんは、みんなに囲まれているのに……」
「学院は、国の縮図です。私がみんなに囲まれる事はありませんよ」
「……クルルちゃんにこんな事を言わせて……私はリードが憎いわ」
「父は父で悩んでいます。爺ちゃんとは違って、この国が好きですから」
「……良い子過ぎて、胸が苦しい。アズさんに似て、本当に良かったわ」
「母と会った事あるんですか?」
そういえばクベリアさんは父の初恋の人……母と会っていたのなら気になる気になる。
「ええ、とても素敵な人……リードには勿体無いくらい」
「自慢の母です。クベリアさんは、母と似ていて心が落ち着きます」
「ふふっ、ありがとう」
「もう少し、こうしていたいです」
──コンコン。
誰か来た、な。私とクベリアさんの時間を邪魔するのは誰だー、って一人しか居ないか。
仕方がないから起き上がって、扉を開けると……やっぱりセイラン、とカサンドラも居た。
二人だけ……か。はぁ……参ったな。
「……入って」
またソファーに座ろうと振り返ると……あれ? クベリアさんが居ない! ついでに幼女本体も居ない! 私の癒しが……くっ。
「クルル、寝癖酷いぞ」
「カサンドラさんに言われたくありません。目の隈酷いですよ」
「寝不足に魔力ジリ貧なんだよ。座って良いか?」
「どうぞ、お茶淹れますね」
隣の扉が少し開いて、お茶が三つ出て来た。流石は副学院長……仕事が早い。
感謝を伝えて、お茶を配る。セイランは、緊張している様子で……カサンドラは、まだクルルはルナードと伝えていないのか?
「……クルル、ありがとう……あの……」
「ちゃんと治って、安心したよ。ところでカサンドラさん、言いました?」
「あのさ、ごめん……ヘタレが発動した」
「そんな事だろうと思いました。それで、なんで二人でここに来ちゃったんですか?」
「えっ、なんでってセイランが礼を……」
「オレイドス公爵家が、病み上がりのセイランとフラフラのカサンドラさんを二人だけで出掛けさせると思いますか?」
「あ……まさか、付けられて……」
「これから私の素性は、オレイドス家に徹底的に調べ上げられます。そして、公衆の面前で感謝の意を述べられ、オレイドス家の名を上げるために他の人も治せと脅されるでしょうね」
「えっ……私そんなつもりじゃ……」
……カサンドラを睨む。あっ、セイランよりも泣きそうだ。いや、ごめんよ、普通親も一緒に来るじゃん。来ないって事はそうなんだよ。
私はオレイドスに信用されていない。
「幸いこの部屋は防音の結界が貼られているので会話は聞こえませんが、不審な私の尾行は付きます」
「ごめん……俺のせいだ」
「別に良いですよ。私がこのまま王都から出て、もう来なければ良いだけです」
「そんなっ、もう来ないなんて……」
「……ごめんねセイラン。私はセイランの言う通り、最低だ。この後に及んで君に嫌われたくないから、必死に考えている……このまま逃げてしまえばどんなに楽だろうって……」
「クルルに……最低なんて……言わないよ」
「私は……ん?」
魔力の乱れ……この、感覚は……来た、来た来た来た来た!
窓に走って、外を見る……あまり見えないけれど、この感覚はいつもの!
「どう、したんだ?」
「くくっ……くくくくっ……来た、来ましたよ! カサンドラさん! 私にツキが回って来ました!」
「なっ、えっ、なに? 急に怖い……あっ、まさか!」
「はいっ! 来ました! 魔物の氾濫です!」
「えっ、魔物の、氾濫……避難、しないと」
「氾濫じゃと⁉︎ クルル、ほんとかえ?」
「はいっ! 私はずっと氾濫の起きそうな地点に魔力を置いていました! これで、念願叶います!」
間違いない、氾濫が起きる。
魔物の氾濫は、多い魔力に引き寄せられるように行進する。だから、王都に向かって来る。
駆け寄ってきた幼女を抱っこしよう。よーしよーし。
「まだ警報は出ておらん……いつ、王都に来るんじゃ?」
「距離から見て、あと、半日ですかね。王都の警報まで数時間という所ですか」
「流石じゃの。クルルが対処してくれるのかえ?」
「もちろんですよ! 私がやる事に意味がありますから!」
「あ、あの! クルル、状況が、わからない……」
「ふふっ、セイラン。私はずっと王都周辺に魔物の氾濫が起きるのを待っていた」
「ど、どうして?」
「ヴァン王国法第九百条に、魔物の氾濫が起きた際は、騎士団や討伐者ギルドと連携し合同で対処する。各連携が無く少人数で対処出来る場合は魔物の氾濫とはならないとある。私はこの魔物の氾濫を、大勢の前で一人で対処する」
いやぁ、良いね。気分が上がってきた。
カサンドラが私の圧に引いているけれど、ご機嫌なのだよ。
「む、無茶! 魔物の氾濫は軍で対処するのよ!」
「そう、軍が対処する。でも私には、出来るんだ。そして、クルルとして……死神アズライナの子として、表舞台に立つ」
「死神……アズライナ」
「この際だから、説明してあげる。私が魔物の氾濫を対処すれば、魔物の氾濫では無くなる。そうなれば、私に氾濫に対して恩賞を与えるのは法律違反だ。そしてクルルに何も恩賞を与えない、表彰すらしない国に国民は、どう思う?」
「疑問を持つ……不審を持つ……どうして、魔物の氾濫は起きていないと言い張るのか……どうしてクルルの活躍を無かった事にするのか……」
「そう、そこで……法律を作った元凶であるオレイドス家の者も、私と共に居たらオレイドスの被害は最小限に済むとは思うよ。私はこの国のトップに一矢報いたいだけだ」
共に来るのなら、偽りの英雄の隣に立つ覚悟があるのなら、私は受け入れる。
幼女をナデナデしながらセイランとカサンドラを見ると、セイランは困惑から抜け出せず、カサンドラは何も言えずに私を見ていた。
「私…どうしたら……」
「オレイドス家を守りたいのなら、来れば良い。私は、国を救ってあげるんだ。でも、国は私に感謝しない……今からどうなるか、楽しみで仕方がないよ」
「俺は……クルルに付いていく。家とか関係なく、クルルの助けになりたい」
「歓迎しますよ。あぁそれと、母に犯罪者の烙印を押したマグリット家のグニアお嬢さんは、声を失っているらしいんですよ。良い交渉にもなりそうですね」
「くくっ、末恐ろしいのう。流石はアズぴょんの子じゃ。同時に何もしなかった騎士団の評価も下げられる……たった一人の少年に振り回される国、か。最高じゃな」
褒めるな褒めるな、調子に乗ってしまうじゃないか。
クルルは国を救った英雄になる……でも国は何も感謝しない。疑問に思った人が調べた結果あの法律に行き着く。
そして、もし国が私に感謝する場合……クルルはルナード・エリスタという最悪の事実を知る事になる。
事実を知った上で感謝するのなら、今までのエリスタで起きた魔物の氾濫を、全て認める事になる……エリスタ家にどれ程の報酬が入るのかなぁ……入らないのかなぁ……それはそれで楽しみ。
「爺ちゃんみたいに、本当の英雄にはなれませんがね……知らしめてやりたいんです。私の家族は、私よりも凄いんだ、私よりも強くて格好良いんだ……って」
「国民のほとんどは、知らんからの。良い機会じゃな」
「ある意味国の危機なのに、止めないんですね」
「わっちは妖精の国所属じゃからこの国がどうなろうと知らんの。隣で聞いているクベリアも、この国には思う所があるで止めはしないじゃろ」
みんな、味方……こんな馬鹿みたいな穴だらけの計画を止めないなんて、どうかしているよね。
セイランは……この状況を全て把握していないけれど、私が何者なのか薄々解っているかもしれない。
「セイラン、君はどうする? 私は、国の敵になるかもしれない」
「私は……あなたが、何者か……わからなくなってきた」
「知りたいのなら、セイランになら名前を教えても良いと思っている」
「……名前?」
「私は今、三つの名前を持っているんだ。それを教えてあげるよ」
「知りたい、な」
「それなら、来るかい?」
「……うん、行く」
決まりだ。
カサンドラが俺も知りたい的な視線を向けているけれど、カサンドラは駄目。なんかウザそうだし。