沈黙の風
マグリット侯爵家、代々王宮に仕える名家で、外交や貿易が得意な一面を持ち様々な交流を持つ事で有名だ。
かつて死神と呼ばれた者が物理的に破壊した家としても有名で、裏では度々話題にあがっている。
そのマグリット家の長女グニアが、夕食時に何か思い耽るように唸っていた。
「グニア、何か考え事をしているみたいだが、どうしたんだい?」
「いえ、無礼を働いた者を処する為には、どうするか考えていただけですわ」
「おやおや、グニアに無礼なんて勇気のある者がいるのだね」
マグリット家当主、グニアの父親が微笑みながらその様子を眺めていた。
グニアに無礼を働く者は、マグリット家に無礼を働いたようなもの……その無礼者を聞き出そうとした時、部屋に風が入ってきた。
『ふふっ』
「なんだ? すきま風か? おい、隙間が無いか調べろ」
「はっ」
「お父様、この家に隙間なんて……──っ!」
「グニア? どうしたんだ?」
「──っ! ──っ!」
「グニア! 大丈夫か! 誰か! 治療士を呼んでくれ!」
グニアの様子が急におかしくなり、何かを喋ろうとしても喋られない様子に、只事では無い騒ぎになった。
家の者が騒ぎ立てる中……部屋に再び風が吹いた。
『次は……あっちね』
その後、次々と同じ症状の者が現れ出す。
♀×♀×♀×♀×♀
家に帰って来た。
気が重い、ずっと重い。
「ただいまぁ……」
「……お帰りなさい。話、あるんでしょ?」
「……ぅん……ぉかぁさん……ぉかぁさん……」
母が待っていて、抱き締められて……涙が、止まらなかった。
こういう時に、優しくしないでよ……なんか、全部見透かされているみたいで……言おう。今日の事。
「辛い時は、いつでも言ってね」
「……今日、学院には、必要無いって、言われた。学院、辞めろって、言われた」
「……誰に?」
「……名前は、忘れた」
母が私の鞄に手を突っ込み、小さい幼女を鷲掴みにして睨み付けた。
幼女がプルプルして、自分じゃないと首を横に振っている。
「おいステラ、吐け。知ってんだろ?」
『……恐らく、グニア・マグリットじゃな』
「わかった、殺してくる」
『待て待て待て! 早まるでない!』
「なんで?」
『純粋に聞き返すでないぞ全く……今殺したらルナードに容疑が掛かるじゃろ? 騎士団の捜査なんて雑なんじゃから』
母が幼女を離して、私を抱き締めたままソファーに座った。
幼女は服装を直してから背中の羽根で飛び、空中であぐらをかくように足を組んだ。
「このまま黙っているなんて無理。ただでさえこの子には無理言って生活して貰っているんだから……しかもマグリット家よ? 今の内に殺しておかないと」
『わかっておる。わっちの本体が情報を集めておるで、ちょっと待っての』
「お母さん、私、大丈夫だから。あのね……しばらく休んで迷宮に行きたいの……良い?」
「……駄目、と言いたい所だけれど、きっと止めても行くんでしょ?」
「うん、お父さんには言っておいて。顔見たら殴ってしまいそうだから」
「わかった。でもお父さんなにか悪い事した?」
「私が学院で孤独なのは、お父さんのせいでしょ?」
父が学生時代に色々やらかしたせいで本気出しちゃ駄目だし、無駄に男として生活しているし、エリスタの評判悪いし、遅刻しちゃうし、眼鏡邪魔だし、学院入学の日を忘れたせいで下見すら出来なかったし、あと色々……
「お父さんには、私から言っておく……ごめんね、あと二年だけ、我慢して」
「我慢……別にもう行かなくても良いでしょ? その内平民になるし」
「私は良いと思うけれど、お父さんがねぇ……」
「何か理由があるの?」
「学院は国の縮図だから経験させてあげたかったみたいなの。それと三、四年在籍していた記録があれば、将来の為になるってさ」
「将来……今に将来を潰されそうだね」
学院のお金を払って貰っている以上は、父の意見を聞きたいけれど……腹立つ。
──コンコン。
誰か来た。この時間に来るのは、エルフィさんかな。
「はーい」
「アーズりんっ、ちょっと良い?」
「入って良いわよ」
「はいはーいお邪魔しますっと。丁度みんな居るね、早速本題なんだけど、ルクナちゃんの事でエルリンがプンプンで、シルフィードにお願いしちゃったみたいなの」
……エルフのお姉さんエルフィさんが軽い調子で言った事に、しーんとなった。
シルフィードにお願いした? 何を?
『うわっ……えー……まじかの』
「ステラ、どうしたの?」
『王都の貴族の子に、奇病が発生したみたいじゃ』
「……どんな?」
『ちょっと待っての……声が、出ないんじゃって』
「声……言葉を奪ったんだね。エルリンちゃんやるじゃない」
「あの、誰が奇病にかかったんですか?」
『うーん、現在調査中……じゃな。王都学院の生徒が中心で、度合いも違うみたいじゃが……エルリンはおるかえ?』
「家に居るよ、呼ぶ?」
私と母が頷くと、エルフィさんがエルリンおいでと呟いた。聞いているんだろう……私が、泣いたからエルリンちゃんが怒ったのか。
──コンコン。と扉がノックされ、エルリンちゃんが入って来た。泣き腫らした顔で俯いて、私をチラリと見てポロポロと涙を流していた。
「エルリン、言う事があるでしょ」
「はぃ……私の力じゃ、沈黙の呪い程度にしか出来ませんでした……ごめんなさい……」
「あ、うん、気持ちは嬉しいよ。沈黙の呪いって?」
「強弱はシルフィードの判断ですが……声を奪います。ルクナさまを囲んだゴミ共は力を込めたので、安心してください……」
「それって……治るの?」
「呪いを解く薬か魔法か、シルフィードが呪いを解くか、ルクナさまが許したら、治ります。シルフィードの石を当てるだけですから……広範囲に持続させる為に、沈黙程度にしか出来なくて、ごめんなさい……ふぐぅっ、うぅ……」
いや、先ずはさ……勝手に報復してごめんなさいだと思うけれど、それを言う空気じゃないんだよね……エルフィさんはエルリンちゃんを抱き締めて、今度は良い呪いをやろうねって言っているし、母はよくやったわと言っているし、幼女は聞かなかった事にしている。
つまり、不特定多数に呪いが掛かった疑いがあると……シルフィード判断って危険だよね。人間に興味無いから判断が判断になっていない気がするし……あっ、セイランは、大丈夫かな。
「エルリンちゃん、私の為にありがとうね。おいで」
「ルクナさまぁぁぁ……」
エルリンちゃんを抱きしめると、少し震えていた。
頭を撫でてぎゅっとすると、私の鎖骨をはむはむし始めた。駄目よ。
「ステラちゃん、奇病に掛かった人が解ったら教えて下さい」
『明日になれば解ると思うでの。今の話は聞かなかった事にするから……まぁ、良い薬になると思えば良いか……うん』
「声が出ない以外には無いよね?」
「はぃ……ごめんなさい……」
「謝らなくて良いからね。私の為にしてくれた訳だし……私を責めた奴は、まぁ、どうしようかな……」
会いたくないからなぁ……クルルになって呪いを解いてあげるのが一番被害が無いけれど、仕方がないから明日王都に行ってみるか。




