ママと言っちゃダメよ
──コンコンコンコンコンッ!
王と話していたらなんか凄い勢いで扉がノックされたな。
鍵の掛かった部屋をガチャガチャ開けようとしているし……
王が嫌そうな顔をしている……誰かしら。
「……返事はしないのです?」
──コンコンコンコンコンッ!
王が扉の前に立って、ガチャガチャしているドアノブを止めた。
「……来客中だから後にしてくれ」
「その来客に用なのっ。あなただけズルいわっ!」
「はぁ……聞くから待て。ルクナ、王妃が会いたいと言っている」
「私は嬉しいですよ?」
「……そう、だよな。わかった。入れ」
「ルクナちゃんっ! 会いたかったわっ!」
「こんにちは王妃様……」
王妃が入るなり直ぐに私を抱き締めた。デスちゃんが挟まれているので、みぞおちにデスちゃんの頭が食い込んで痛いのよ……でも良い匂いね。高級な香水……くんかくんか。
「おい、そのくらいにしておけ。困っているだろ」
「あらあなた、こんなチャンス中々無いのよ? ウォル様が居たら絶対出来ないもの」
「だからと言って何も説明無しに抱き締めるやつがあるか? 離れろ。今は俺の客人だ」
「あーあなたっていつもそうよね? 都合の良い時だけちゃっかりして、さっき宰相を追い出したのは知っているのよっ」
「用事が済んだら出ていくのは普通だろう? お前こそ無理矢理入ってきて恥ずかしいったらないな」
「ひっどーい。お前とか今の時代言っているのはじじいよ? あっ、じじいだったわねー」
想像していたよりも、凄く良い夫婦だから……嬉しいな。
爺ちゃんと婆ちゃんも、こんな風に話していたのかな……
はぁ……爺ちゃんに会いたい。婆ちゃんには会った事が無いけれど、会ってみたいなぁ……
エリスタの婆ちゃんは死んだって話を聞いたけれど、エリスタが無くなる前に一年に一度西の国から来る手紙があった……差出人は名前だけで、宛名はグラン。リード・エリスタはその手紙を直ぐに燃やしていたから、気になってアズ母に聞いた事がある。
アズ母は肩を竦めて知らないって言っていたけれど、きっと婆ちゃんなんじゃないかって私の勘が告げているのだ。
でも西の国は遠い……エリスタからは魔の森を西に抜けて更に奥だった。でもノースギアからなら、平地だから行きやすいかな?
……でもエリスタが無くなったから、一年に一度来る手紙はどこに行くのだろうね。
「……ふふっ」
「おま……ちっ、とにかく離れろ。デスちゃんが潰れるだろ」
「デスちゃん?」
王がデスちゃんとか言うのウケる。
王妃が離れると、デスちゃんが無表情で髪を整えていた。
今日の髪型はツインドリルではなく、モニカちゃんとお揃いのツインテールなので少しでもズレたらバランスが悪くなるのよね。
直してっと。
「この子はお嬢様なので優しくして下さいね」
「ごめんなさいね。って凄い、これは誰の作品? 私も人形が好きだから少しわかるけれど……こんなに生き生きとした人形は初めて見た。帝国でお迎えしたの?」
「いえ、彼女は……ヴァン王国で出会った子です。デスちゃんと呼んで下さい」
『おうひ、デスです、よろしく』
「喋った……ヴァンにそんな技術があったなんて……ヴァンに行けばデスちゃんみたいな子をお迎え出来る? 職人は?」
「いえ、彼女は特別なので世界に一人だけです……職人はですね……えーっと」
『ママ、めがみさま』
「えっ……女神、様?」
こらっ、女神様なんて言ったら説明が難しいじゃないの。
まぁ自慢したいのはわかるがね。母親が凄い人なら娘なら自慢したい……気持ちがわかるから責められないねっ。
まぁ……デスちゃんは自慢したいだけだから、言っても良いか。
嘘を言ったらデスちゃんが怒るし。
「あー、そうですね。千年前にヴァン王国に女神様がやってきたのですが、見える人がごく僅かだったせいで寂しくてデスちゃんを作ったようです。デスちゃんは聖女ライザと友達だったのですよ」
『えっへん』
「まぁ……凄い事を聞いてしまったわ……あなたっ! 私は嬉しいわっ!」
「確かに凄い話だな。その女神様はどうしてヴァン王国に?」
「迷子になって帰れなくなっただけですよ。デスちゃんを心を込めて本気で作ったら自我を持ったという感じですかね」
「へぇ……ドジな女神様もいるのねー。デスちゃん、ママは綺麗な方だった?」
『……ママ、かわいい』
私を見てから言わないでおくれ。
二人が私を見て少し沈黙が流れたではないか。
話を逸らそう。
「王妃様はどんな人形をお持ちなのですか?」
「あら、私のコレクションが見たいの? でもデスちゃんには敵わないわねぇ……」
『ケンゾク、ここにいる』
「眷属?」
「デスちゃんは呪い人形の始祖なので、眷属が多いのですよ。私も持っているのですが、五寸釘打たれ人形ゴス子ちゃんとかですね。これです」
私が収納リングからゴス子ちゃんを出すと、王妃が仰け反った。ふっふっふ、この完璧な状態を見よっ!
流石に元の力を戻したら呪いが凄い、というかデスちゃんが嫉妬するので力を戻していないがここまで綺麗なゴス子ちゃんは世界に数体しか存在していないだろう。
「ゴス……博物館レベルじゃないっ! 抱いて、良いの?」
「えぇ、デスちゃんの眷属をお持ちでしたら直してくれますよ」
「今すぐコレクションルームに行きましょうっ! あなたっ! もう用事は無いわよねっ!」
「あぁ、俺も行くよ」
「楽しみです。デスちゃん、モニカちゃん連れてくれば良かったねー」
『ふふふ、モニカ、ザンネン』
王妃のコレクションルームなんて行く機会は滅多にないので、私とデスちゃんはご機嫌だ。
デスちゃんがうっかり私が女神だと言ったとしても、許してしまいそうだねっ。
今のところギリギリを攻めるデスちゃんは私と性格そっくりというか、私の困った顔がみたいからニヤニヤしているのよね。笑っちゃいけないと思って小さな両手で口を抑える仕草をするのだが、めっちゃ可愛いのよねぇ……
下の階に降りて、王妃の部屋に入り更に奥へ進むと……直射日光が当たらないように窓が塞がれている部屋があり、ダウンライトのみの薄暗さの中で座る人形達……お嬢様スタイルが主で、服は手作りだが職人の手によるものだ。
小物も充実していて……おぉ……ガチ勢だな。
「王妃様、愛を感じます」
「……嬉しいわ。私の夫は怖いとか言うの……メイドも近付かないし、呪いの部屋なんて裏では言われているけれどみんな良い子達なのよ」
「正直興味の無い人間からすると怖いだけだぞ。光の当たり方がホラーそのものだ」
「直射日光は痛みますからね。特に髪が難しい……これだけ手入れされていて、彼女達は幸せそうで……あ……これは……暗殺メイド人形アサシン子……」
「その子をお迎えした時には右腕を無くしていてね……代わりの腕は付けたけれど、悲しそうなの」
「暗殺に失敗したのかな。デスちゃん、直してあげたら?」
『おうひ、なおして、イイ?』
「えぇどうぞっ! よろしくね」
デスちゃんがアサシン子を寝かせて、服を脱がせて右腕を取り……繋ぎ目を綺麗にしてからデスちゃん自作の収納リングから腕を出して嵌めた。繋ぎ目に魔力を注ぎ込んで滑らかにして、アサシン子の頭を撫でるとデスちゃんが何かを耳打ちしていた。
『……おうひ、なおした。あいさつ、して』
『オウヒサマ、ホゴシテクレテ、アリガトウ』
「ぁぁ……お礼なんて……ありがとう……デスちゃん……」
デスちゃんはアサシン子に服を着せて、手を引いて立たせた。
その光景を王妃は涙ながらに感動していて、王は普通に引いていた。
私はアサシン子が私に向かって土下座したせいで少し気まずい。始祖の母だから完全に頭が上がらないようだ。
「アサシン子ちゃん、王妃様を守ってあげてね」
『はっ! 命に変えてもお守り致しますっ!』
「「……」」
「いやちょっと重いから見守る程度で良いからね」
『失礼致しましたっ! 考えが至らず申し訳ありませんっ!』
『すわって、しずかに、シテイテ』
「「……」」
アサシン子は元の椅子に座って微動だにしなくなった。
……今、疑惑の目で見られている気がした。アサシン子が空気を読まずに土下座なんかするからだよ……でもそれを言ったら自害でもしそうな勢いだ。
「デスちゃん、他に眷属居る?」
『うん、そこの、おおきいの』
「……あら、それも? 骨董市で見付けたの。ボロボロだったけれど、なんか惹かれてね」
「確かに修理跡が多いですね……目も無いし、作り直したほうが早いかも」
『カク、いれかえる。ママ……げふんっ、テツダッテ』
「「……」」
「……じゃあ、核の入れ替えはやるから新しい身体はある?」
『うん、おおきいのある』
デスちゃんが同じ大きさの人形を出したので、核をヒョイっと入れ替えた。服を着替えさせて、目の部分は宝石を入れてっと。身体が大きいから他の人形のお世話が出来るように、軽い修復が出来る魔法を付与……こんなもんかな。
「……ルクナちゃん? 慣れているようだけれど、修理はよくやるの?」
「はい。こういうのが好きなので」
『デスの、メンテ、してくれる』
「へぇ……女神様の作ったデスちゃんのメンテナンスが出来るなんて、相当な腕が無いと無理よねぇ……」
「はい。慣れたら簡単ですよ」
『ふふふ……』
「修理を依頼しても職人が表面しか無理と言っていたの。でもルクナちゃんは直ぐに構造がわかったみたいだけれど?」
「はい。得意なので」
デスちゃんの中身に比べりゃ簡単さ。
永遠の歯車を上手く利用するのマジで苦労したし、太陽石も組み込むのに苦労した。
だから核の魔力だけで動くタイプの人形は楽なのだ。
きっと王妃の中では疑惑は確信に変わっているころだろうね。
はぁ……言いたいなら言いなさいな。眷属がいる手前否定はしたくないのだが……一応ウォーエルさんに言うのは止められている。
「ルクナちゃん、もしかして……女神様に会った事があるの?」
「えっ? あー……会ってはいないですね」
「じゃあ……女神様の残した書物を持っているとか?」
「いえ、書物は無いので」
「あら……思い違いかしら。何か重要な物を持っていると思ったのに」
「重要なのはデスちゃんですよ」
『ふふふフフフ……デス、だいじ』
王が何か言いたげだが、答えを当ててしまったら王妃に怒られそうだから言わないみたいね。
多分王も答えには辿り着いていないと思う。ヒントを与え続けないと察してくれないし。
さて、そろそろ出るか。モニカちゃんに自慢しないといけないし。
「では、ご飯を友達と食べるのでそろそろ失礼します。また来ても良いですか?」
「えぇ、もちろんっ! いつでもいらっしゃいっ!」
「あぁ、王妃が悪かったな。また受付に言ってくれ」
「ありがとうございました。デスちゃん、行こっか」
『うん、おう、おうひ、またな』
「あ、あぁ……」
「デスちゃん……素敵だわ……」
『あっ、ママ、めがね、したら?』
「あぁそうだった。ありがとね」
「「……ママ?」」
『ふふふ、かわいい』
「デスちゃんも可愛いよー。あっそれではまた来ますねー」
なんか突っ込まれそうだしデスちゃんがぶっ込みそうだったのでそそくさと退散。
ふっ、なんとかバレていないと思う。
お昼なに食べよっかなー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あなた、大変な答えに辿り着いたわ」
「……言わなくて良い。頭が痛くなってきた……良いか? 誰にも言うなよ?」
「言わないわよ。今のデスちゃんの主ってだけの可能性の方が高いもの」
「あぁ、そう、だと良いが……もしもそうなら、世界が揺れる」
「氷神巫女の娘で大聖女、もう揺れているのでは? ふふふっ、私達の孫は最高ね」
「良いよなお前は、仲良くしているだけで良いのだから……そうだ、アズリーナが女王になったらルクナは第一王女になるから、そのつもりで」
「えぇっ! ほんとっ! 嬉しいわ……じゃあ、いつでも学院に入れるように手配しておくわね」
「はぁ、頼んだよ。俺は急いで仕事を終わらすから、ウォル様が来る前に今後の事を話し合おう」




