ルナードが帰った後……
「ルナード……」
ルナードの夕陽に照らされた後ろ姿を見送り、ミルエルナが溜息を吐いていた。
初対面の衝撃を抑えるように、髪飾りを握った手を張り裂けそうに鼓動する胸に当て、余韻に浸る。
月の様な美しさを持つ不思議な雰囲気の少年に、瞬きをする間もなく一目惚れだった。
そんな余韻を邪魔するように、ミルエルナの兄……ヴァン王国第一王子、ディクシム・ヴァン・シンドラがお付きの者と共にベランダに入って来た。
「エルナ、今のはルナードかい?」
「えっ、はい。ルナードとお知り合い、なのですか?」
「まぁ……そう、だね」
「……ど、どのような方、ですか?」
「あぁ、彼は少し変わり者でね。地味だが……強い」
「地味? あぁいえ、お兄様が褒めるなんてルナードは凄いのですね!」
「凄いなんてものじゃない。前回のエリスタ合同視察でルナードが騎士団長と模擬戦をしたのだが……騎士団長が膝を付くなんて、初めて見たよ」
「剣聖とも言われる騎士団長相手に……凄い」
渇いた笑いを浮かべるディクシムに、ミルエルナは目をまんまるにして驚き、ルナードへの想いをより一層加速させた。
いつか、自分を守ってくれるのなら、これほど幸せな事はない……と。
「友になりたいと言ったら、虐められたくないからって振られてしまったんだ」
「えぇっ! お兄様のお誘いを? あっ、あの! 王都学院に在籍してるのですか!」
「……在籍はしている。でも学院には二年前からほとんど来ていないんだ……まさか駄目元で送った招待状で来てくれるとは……それに、いや、なんでもない」
「そう、ですか。で、ではまだ王都にいらしているならゆっくりお話ししてみたいです!」
「はははっ、随分ルナードの事を気にかけるんだね。さっき何を話したか教えてくれるのなら、ルナードに聞いてみるよ」
「えっと、世間話ですっ!」
ディクシムの嫉妬混じりの視線に、ミルエルナは思わず嘘を言ったが……ディクシムにはお見通しだった。
もし、可愛い妹が地味な奴に惹かれていたらと思うと、引き離してやりたい衝動に陥るが、妹に嫌われたくない手前渋々了承してしまう。
ディクシムは使いの者にルナードへの伝言を頼み、薄暗い王都を眺めながら友になれなかった地味な男の事を思う……エリスタ領が、間もなく違う者の領地になる事を。
「今度また、後学の為にエリスタ領に行くのだが……」
「私も行きます!」
「……エルナは学院があるだろう?」
「休みを取ります! 魔導馬車なら一週間で着きますよね!」
「いや、それでも駄目だ」
「どうして、ですか?」
「危険なんだ。魔物のランクが王都と比にならないし、魔の森と呼ばれる上位の魔物がひしめく危険地帯もあるんだ」
「……魔物」
魔物……魔石と呼ばれる物を宿した動植物で、下位、中位、上位、超位、神位とランクがあり、成人男性でも下位には勝てない者は多い。
王都周辺は下位の魔物しか居ないが、エリスタ領は最低でも中位級の魔物と危険度が桁違いだった。それに道は満足に整備もされていない。
魔物なんて見た事の無いミルエルナにとって、未知の領域……興味本位で行ける場所でも無かった。
ディクシムは落ち込むミルエルナの頭を撫で、可愛い妹が落ち込んだのはルナードのせいだと理不尽な事を思っていた。
「さぁ、いつまでもここに居たら皆が待ちくたびれてしまう。行こうか」
「……はい」
会場に戻る所で、ミルエルナが火照る身体を冷ますように伸びをしながら、空に浮かぶ青い月を見上げた。孤高に輝く月にルナードを重ね、彼を探す為に再び会場へと足を踏み入れた。
だが会場にルナードの姿は無く、ミルエルナの落ち込みようは酷かったみたいだが……そこに遅れて第一王女……アルセイア・ヴァン・シンドラがやって来た。
会場の男達がアルセイアの太陽のように輝く美しさに感嘆の声を漏らす中…アルセイアがミルエルナに近付き、優しい笑顔で視線を合わせた。
「遅れてごめんなさい。もぅエルナ、晴れの舞台でムスッとしていたら駄目よ」
「お姉様……居ないんです」
「居ない? 誰か探していたの? 私も手伝ってあげようか?」
「ありがとうございます。あの、ルナードっていう人で……」
「っ! ルナードが来ているの⁉︎」
「えっ、はっ、はい……」
「あっ、ごめんね急に声を出して」
「お、お姉様は……ルナードと、お知り合い、ですか?」
「えぇ……彼とは……お友達、だったの」
「……じゃ、じゃあ一緒にルナードを探しましょう!」
アルセイアの笑顔には、どこか寂しそうな気持ちが見え……ミルエルナの心に何かが、チクリと刺さった。