……あれ?
サーレス領のサーレスの街に到着した。
街の正門からながーく続く大通りがあり、沢山の人が行き来していた。
主要な建物が大通り沿いにあり、少し逸れると商店街や職人街が見えて楽しそう。
そしていっちばん奥に大きな屋敷が見えた。
ここからは厳重にぐるぐる眼鏡を着用しておかないと。
変身魔法で髪の毛の色は金髪にしてあるので完璧だ。
まぁ別に私はバレても構わぬのだが、母の為だよ。
「凄い、ちょっと小さくした王都みたい」
「確かにそうねー大通りだけ見たら似ているかも」
「ねぇねぇ私達の家ってどこ?」
「住所が大通り1番の20だから、屋敷の近くね。ちょっと見てみる?」
「うんっ!」
綺麗に舗装された石畳を歩き、雪の無い街を珍しく思いながら大通り1番の20……っとここ?
……セイランの家くらいデカくね?
門番さんが居るし、広い庭には離れのような小さな家があるし、いや住所間違えているよね?
母も何度も住所と屋敷を見ていた……知らなかったのね。少し迷っていた母が門番さんに歩み寄った。
「あの、ここは誰の家ですか?」
「身分証を提示して下さい」
「これで、良い?」
「っ! お待ちしておりました! 申し訳ありませんがサーレス公爵の元へ御足労戴きたく……」
「あっ、間違えていなかったかの確認ですから。じゃあまた後ほど……」
「はっ! 気を付けていってらっしゃいませっ!」
圧強めね。
私は男性の大きい声にビクビクしているよ。
まだ男性は怖いから。
「ルクナ、大丈夫?」
「ぅ、うん。なんか、嫌な予感がするね」
「うーん、静かに暮らせる家を探してって言ったのになぁ……とりあえず行ってみましょ」
「……あの人、私を睨んでいる……よね」
「気のせいよ。苦手意識は簡単には変えられないものよ」
サーレス公爵の屋敷は歩いて五分の距離にあり、こりゃまた大きな屋敷だった。
噴水がある……お金持ちだぁ……
庭師が居る……お金持ちだぁ……
子供が綺麗な服で土遊びしている……お金持ちだぁ……
「そういえば……なんと呼べば良いの?」
「んー主様?」
「主様ね。了解」
「じゃあ行くわよ。ごきげんよう、守衛さん」
「これはこれはアズリーナ様。今旦那様をお呼び致します」
「えぇ、よろしく」
私はボーッと待機の姿勢のまま母の様子を眺めていた。
さっきまでのほんわかしたイメージとは違い、凛と華のある表情が王族なんだなぁって思わせる。
守衛さんが屋敷に入っていき、しばらくすると貴族服を来た三十代半ばの金髪の男性が現れた。
「やぁアズリーナ王女、長旅ご苦労様でした」
「ごきげんよう、サーレス公爵。そうそう、あの家は少し豪華過ぎると思うの。もっと小さくて良かったのに」
「アズリーナ王女の滞在先はしっかりとしないといけないんだ。ルビーがこだわってね……文句はルビーに言って」
「もぅ、やっぱりルビーお姉様のせいね。ルビーお姉様は?」
「中で待っているよ。長話をしていたら大変だから、早速今後の話をしよう」
「えぇ、ルクナも来なさい」
「……はい」
母が私の名前を言うと、サーレス公爵が視線を向け直ぐに興味無さそうに視線を外した。
挨拶しようと思っていたが、私は使用人だから必要ない、か。
母の後ろから付いて行くと、ふわふわの絨毯を踏むのが勿体なく思ってしまう。だってこの上に寝転がったら気持ちよさそうだから。
……すれ違うメイドはサーレス公爵と母に礼をし……えっ、足掛けてきやがった……なんなんだこいつ。
躱したけれどさぁ……反抗したらいけない気がするのよね……とりあえず新鮮な呪いでも贈るか。
転べ転べ……あっ、足が絨毯に引っ掛かって転んだ。ほっほっほ。
あっ、ニヤニヤ笑っているのがバレた。はっはっはー。
「ルビー、入るよ」
「どうぞ~。あっ、アズッ! もぅ遅かったじゃないっ!」
「ルビーお姉様っ」
部屋に入ると、ルビーと呼ばれた女性が駆け寄り母に抱きついた。サラサラの金髪で綺麗に整えられたボブカット、年相応の化粧にカッチリとしたシンプルな貴族服。キチンとした性格が伺えた。
歳は30代だが年齢よりも若く見える。まぁ母の10代に見える若々しさに比べたらあれだが、母とは似ていないな。
「家は見た? 貴女の為に奮発しちゃったんだからっ」
「もぅ、あれじゃあ掃除が大変だわ」
「ちゃんと人も雇っているから安心なさいっ。そうだ、今日何を食べたい? サーレス自慢の食材を用意するわっ!」
「お姉様のお任せでよろしく」
「アズの料理には敵わないかもしれないけれど、ね?」
「私なんか全然よ」
ルビー叔母さんと母がソファーに座って長話を始め、サーレス公爵はルビー叔母さんの隣で微笑ましく眺めながら時折話に入って談笑していた。
その間私はずっと扉の近くで待機の姿勢。
暇だが母が楽しいのなら特に気にはしなかった。
「ところでアズ、あれは他国から連れて来たの?」
「えぇ、紹介するわっ」
「いや紹介はいらない。ねぇアズ、未熟な使用人を連れて旅だなんて危ないったらないわね。遅れたのもあれが原因なのでしょ? ったくまた孤児に肩入れでもしたの?」
「孤児なんかじゃないわ。あの子を悪く言わないで」
「はぁ……あなたの悪い癖よ? どうせこの国の事も知らないのでしょ? それにレドでもない、魔力も平均以下、アズの盾にもならない子供なんてあなたの足枷にしかならないわ」
おや? ボーッとしていたら私の話題になった。しまったな、聞いていなかったぞ。
そりゃ魔力はゴブリン並みに抑えているから、ただの陰気な女の子に見えるよね。
……ポチッとな。
「僕もルビーに賛成だ。これから君は完璧に過ごさなければならない。少しでも足元を掬われたら駄目なんだ。そこにもし未熟な使用人が居たらどうなる?」
「そうね、これ以上お父様のご機嫌を損ねたら私でもどうなるか想像出来ない」
「それは……わかっているわよ。でも……」
「ここは私達の意見を聞いて、ね? よし、じゃあそこの者、出て行きなさい」
「……」
「ま、待ってよお姉様、話を聞いてよ」
「だーめ。身寄りの無い子供を拾う悪い癖は今の内に直してもらいますー。安心なさい、あれの衣食住は保証してあげるから」
「……」
「だってあの子は……私の……」
まずい、母が娘だと言ってしまう。これは避けねばならない。
ゆっくり首を振りながら秘密だよとサインを出すと、グッと堪えた。
ふぅ……こりゃ先行き不安を通り越して全力疾走してお空を飛び始めたくらいの感覚よね。
「お前、先程の家へ行き指示を受けなさい。以上」
「……はい」
「無礼者っ! 発言を許していない……言っておくがアズリーナ王女はこの国の宝だ、分をわきまえろ。お前のような下賎な者が居るだけで不快だ、殺されないだけ有り難く思え」
「……」
「ルクナっ! 待って!」
「アズ、あの子の為よ。貴女とは生きる世界が違うの。わかって、ね? 今後の話をするからその後にあれの処遇を決めましょ?」
……出て行けと言われたので母の声を無視して部屋を出て、出た先に居た執事服の人が私をゴミでも見るかのような眼差しで見ながら玄関の方向を指差された。
その方向へ歩いているとさっきのメイドにすれ違い、足を掛けられそうになったのでひょいっとジャンプ。
そのまま無視して出口を目指す。
またメイドが現れたので高速すれ違い。
「えっ……」
メイドには消えて後ろに現れたように見えたと思う。
玄関の扉は開かれており、さも早く帰れと言わんばかり。
そして言われた通りにさっきの屋敷に到着し、門番の前に到着した。
「お前の家はあれだ。お前のような者に家をくださるルビー夫人に感謝し過ごせ。礼をしたければ精進する事だ、まぁ下賎なガキには一生無理だがな」
「……」
あーあれ私の住む場所だったのね。
指を差された離れに到着してみると、結構ボロい。元々ここにあった物置小屋にしか見えなかった。
とりあえず入って中を確認。
……
……
……
明かりがねえ。
鍵もねえ。
シャワーもねえ。
おまけに布団は湿ってる。
そこで私はやっと感情を口にした。
「……ぁんのクソババア」
その一言だけ口にして、早速母に手紙を書く事にした。
『アズリーナ王女へ。グレイドになったら戻ってきます』
と。
後で聞いた話だが、ノースギアでグレイドになったら戻るというのは、実現不可能な事が出来ないと戻らない……つまり二度と戻って来ないという家出文句らしいよ。
腹立つから証拠写真でも撮ってやろう。
内観、外観、いえーいと自撮り、屋敷との対比、結構撮ってやったぜ。
しっかり録音もしたからな。
覚えていろよクソババア。
倉庫家から出て、そのまま結界移動で上に上がりノースギア王都を目指した。
……あれ?
移住早々いきなりぼっちじゃね?
まっ、いっか。