退屈ね
第三皇女のカノンとやらが、セイランに興味津々だ。同い年と言っていたから、私とも同い年か。
元気があってよろしいね。
私は動いたらセイランの睨みに射抜かれるから動けない。後頭部に目でも付いているのではないかという反応速度だ。
「ねぇねぇセイランっ、あなたの髪飾り凄く綺麗……どこに売っているの?」
「彼氏に貰いました」
「かっ、彼氏!? セイラン彼氏居るのっ!? どんな人っ、教えてっ」
「完璧な人ですね」
「完璧……サイファーお兄様よりも?」
「はい」
完璧なルクたんだぞっ。
いやいや、彼氏言うなし。
周知の事実にする気だな……それにサイファーが完璧かどうかもセイランはわからないのに、完璧の比較対象にする辺りサイファーは完璧と言われているのだろうね。
顔は格好良い方だが格好良さならイシュラには敵わんぞ、なんたってキラキラ付きだからねっ!
「サイファーお兄様っ! セイランの彼氏はお兄様より完璧らしいですっ!」
「彼氏が居るのか……凄いね。完璧というが、カサンドラは会った事があるのかい?」
「あー、まぁ、確かに、完璧だな……ディクシムはクルルに会った事あったっけ?」
「はい……セイラン、あいつと本当に付き合っているのか?」
「ええ」
セイランは後ろ姿だけれど、頭が少し上がったからどや顔してんな。
空気な王子が微妙にショックそうに見える。そりゃセイラン可愛いからね、彼氏居るったら普通にショックか。
「珍しいな、カサンドラが完璧と言うなんて。俺には言わないだろ?」
「会ったら解るよ。すげーから」
「へぇ……」
「気になる、凄く気になるわっ! セイランっ、彼氏は来ていないのっ?」
「気が向いたら来るそうです」
「来たら会わせてっ! 絶対よっ!」
「聞いてみます」
カノンの興味が私に移ったな。
私はここだぞー。彼氏じゃないぞー。
「俺も興味があるな。カサンドラより凄い奴が居るなんて想像出来ないが……」
「俺は会った事がありますが、カサンドラさんの方が凄いです。カサンドラさんは魔物の氾濫を一人で沈めたんですよっ!」
「えっ、ディクシム……」
「一人で? それは凄い……ランクは?」
「いや、ちょっと……」
「中位ですよっ! それに何も見返りもなく立ち去って……俺尊敬しますっ!」
……カサンドラ、自分の手柄にしたんだね……見損なったよ。
「ふーん……」
怒っている。セイラン様が怒っている。カサンドラはセイランの方を見られないだろうな……目で殺されるから。
「カサンドラ様凄いですっ! 是非ご教授下さいっ!」
「いや、俺は何もしてないよ……」
「ふふっ、謙遜も過ぎれば嫌みに変わるからな」
「せ、セイラン……なんとか言ってくんない? このままだと勘違いされる」
「……私は兄が魔物の氾濫を沈めた場面を見ていませんので、なんとも……」
カサンドラは何もしていないから、セイランの言う事は間違いない。良い感じで見捨てたね。
それから雑談が始まり、座れる場所に行けよという私の思念は通じなかった。
暇なので打ち合わせをする振りをして、フランさんとミレイさんとオレイドス領のパンフレットを眺めて楽しんでいた。
「「ルクたんと温泉行きたい」」
「セイランが許せば行けますよ」
「えーお嬢様はどうせあの中から出られないもん。一日くらい行けるよね?」
「お嬢様に怒られる覚悟は出来てるよっ」
「お泊まりは出来ませんよ。それにセイランと先ず行ってからじゃないと、カサンドラさんに全て矛先が向きますよ」
「坊ちゃんがどうなろうと私達には関係ないもんねー」
「ねー。坊ちゃんのせいで私達迷惑してるもんねー」
「ねー。洗濯物そこら辺に置いてるしご飯の時間守らないし土付いた靴で歩くし……」
「私達の事エロい目で見てるし庭荒らすし一番嫌なのは……」
……聞こえているよ二人とも。みんなこっち見ているし……カサンドラの絶望した顔が良いね。写真撮っておこう、パシャリ。
セイランが無表情なのに肩が震えている。笑いを堪えているようだ。
「「ありがとうすら言わないもんねー。せーのっ」」
「「「ねー!」」」
「……変だな、涙が止まらない」
私もねー! に参加してみた。
メイド仲間出来た瞬間だね。
フランさんとミレイさんに、メイド道を教えて貰いたい。チャンスがあればアルセイアに尽くしたいのよ……一日だけでも。
「……」
「……宿に、行こうか」
サイファーの一言に、みんなが微妙な雰囲気のまま歩き出した。
良いねこの雰囲気……私も何かしたい。
高級そうな宿に到着し、一階のロビーでまた雑談が始まりやがった。今日は移動の後は自由らしく、お土産話があるみたいね。
フランさんとミレイさんは準備や打ち合わせで宿の何処かに居る……私もそっち行きたい。
「セイランお嬢様、大変です」
「どうしたの?」
「飽きました」
「我慢して」
カサンドラ、王子、サイファー、カノンになんだこいつみたいに睨まれた。
きゃー怖い。
「セイランお嬢様、退屈なのでお散歩してきて良いですか?」
「だめ、居なさい」
「じゃあここで暇を潰していますね」
「側に居るならなんでも良いわ」
ふむ、暇だ。何かしてやりたいけれど特に詰まらない自慢話ばかりだし。生きる世界の違う人達の会話って意味不よね。
という事で最近趣味になった魔導具作り。
カチャカチャ……
「……セイラン、あのメイド何? なんか変よ」
「私専属のメイドです。少し変わっていますが実力は確かですよ」
「へぇ……ねぇあなた、名前は?」
「これだと一対にしかならないなぁ……」
「……ねぇセイラン、無視されたわ」
「失礼ながら、カノン様に興味が無いようです」
「くっ……まぁ良いわ。私はこんな事で怒らないから」
「お優しいですね」
かちゃかちゃ……おっ、出来た。
「セイランお嬢様見て下さい、魔導具が出来ました」
「へぇーどんなの?」
「メイド用簡易通信魔導具です。両手の塞がるメイドさんの為に腕輪の形をしていまして、一般的な魔力量なら半径五十メートル以内の会話も可能です」
「そんな凄い物をパッと作らないで。魔導具研究所の人達が泣くわ。ちょっと試させて」
「はい……こうして、耳に当てて……離れるね」
「こうね……」
離れて、通信魔導具……名付けてメイドリンクに魔力を通しながら……小声で。
「カノンよりセイランの方が可愛いよ」
……下を向いた。
ふっ……これがしたかったのよ。
「……セイラン、それを見せてくれないか?」
「……これは私の物ではありません。彼女に聞いてみないと……」
サイファーが興味を持ったみたいだな。近付いたら寄越せだの話し掛けてくる……だがさせぬよっ!
遠くから喋れば良いのだっ!
「試験的にオレイドス家に配布してデータを取りたいのですが! 夏期休暇中はフランさんミレイさん私で使います! セイランお嬢様こちらに来て返して下さい!」
「わかったわ! そっちに行くわねっ!」
ほーらおいでセイラン。
私の元に辿り着いたら自由が待っているよー。
セイランが立ち上がり、小走りでこちらに来た。出口に私が居るからねぇー。
もう笑顔だ、立ち上がった時に今日一番の笑顔だ。それバレるから。出ていくのバレるから。
「……いや、それで喋れよ」
「……まさか……セイラン……」
「ああーセイランお嬢さまぁー! これから予定がありましたねぇー! 大事な予定がぁー!」
「ああーそうだったわねぇー! いっけなーい急がなきゃー! みなさん楽しんで下さいねぇー!」
皇子たちが立ち上がったけれど、もう遅いっ!
セイランが私の手を、取ったっ。
「方角は?」
「南よっ」
セイランを抱っこしてジャンプっ!
それから結界を空中に展開してジャーンプっ!
いざ迷宮へっ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「セイラン……逃げました、ね……」
「……まさか、あのメイド」
「カサンドラ、どうかしたのか?」
「いや、多分なんだけど……あのメイド、セイランの彼氏だと思う」
「「えっ……」」
「変装の達人なんだ……まさか女の格好するなんて……」
「実際は、あんな地味じゃないって事か?」
「あぁ……素顔は引く程格好良い。はははっ……やられたなぁ」
「カサンドラ様……わたくし、凄く悔しいです。セイランが羨ましいです」
「えっ、なんで? 彼氏平気で女装するんだぞ?」
「そこまでしてでも、セイランと一緒に居たいという事でしょう? 負けた気分です……だからセイランはあんなに堂々と……考えれば考える程悔しいです……」
「カノン……それなら、セイランと勝負をすれば良い」
「勝負を……ふふっ、欲しいものは、実力で勝ち取れ……ですね」
「……あの、お手柔らかにね」