実質無料の恋じゃんか。
「だぁかぁらー。聞いてる? 茉莉さぁんっ!」
失策った。飲ませすぎた。これから、ふた刻もすれば私はお稽古も控えているのに。
定休日、伽藍洞で外の光で明かりを取った店内。
「こんなこと、茉莉さんじゃなきゃ、、、相談出来ないって、でも。。。私だけ、損をしているって思わない!?」
この、私の優雅な休日の時間を奪っている、かなみさんの悩みをひと言で申し上げれば、「意中の相手が自分に振り向いてくれるかどうか。」という、単純なもの。
どうも、お相手は最近、列強国との取引も増えてきた商店の営業担当だそうで。
「ああ、私は、どうすれば。。。」
「どうもこうも、その相手に訊ねてみるしかないでしょう?」
「それができれば、私は茉莉さんに助けを求めになど、来ないでしょうにー。」
ままならないな、なんて顔で、また、ブランデーを垂らした紅茶で砂糖を溶かしながら嗜むのは、現実逃避というものではなくて?
「おいひぃ。。。」
「まったくもう、かなみさんは、相談に来たの? それとも喫茶店に来たかっただけなの?」
「どっちも!」
「そう……。」
確かに、ここのべヰくは美味しいのだけれど。それと、最近はさらに加菜平などというものを前菜として提供を始めましたけれど。
そのサラダべヰくをヒョイと摘まむ、桜ん坊の唇。
「はむはむ……おいひぃ。」
「よしてかなみさん。そんなはしたない。」
「だって。」
「だって、じゃありません。」
「はぁいー。」
「はぁ。。。」
そもそもからして、かなみさんは狡い。
自身の意中の相手の身の回りのことを、自分から訊ねることなく、あろうことか他人に訊ねて知ろうとしている。もちろん、それそのものが悪いということではないのだけれども、例えば、私が、その方に懸想していたら、どうするのだろう?
あり得ないのだけれど。
「ねえ、かなみさん。」
「はい!」
こういう時に、素直で溌剌としているところは、とても可愛らしいと思うのだけれど。
「算盤を常日頃から懐に入れて、いつでも金勘定している方の、どこがそんなに良かったの?」
私は、喫茶店の女給に過ぎない。過ぎないけれども、それゆえに知己は多くなる。件の青年も、商店の営業部長がシンガポール周りで欧州へと出張する折りに、私への窓口として、紹介に連れてきて以来、月に数度いらっしゃるお客さま。
それがどうして、華族の傍系の、お嬢さまであるかなみさんと、知り合いだったというから、世間は狭いものだと驚いてしまう。
「昔から……、」
「ああ、けっこう。それ以上は長いでしょう??」
「訊いたのは茉莉さんじゃない。」
「少し、肚が立ってしまって。……かなみさんのお顔に。」
「ええっ!? ヒドい。」
「仕方ないでしょう?」
「そんな。」
といって、ケラケラと朗らかなところ。きっと、そういうところが魅力的だなんて思ってもいないでしょう?
「茉莉さんなら、良い知恵をお貸ししてくれると思ったのに。」
といって、すごく庇護欲を唆る仕種をすることにも、気付いてもいないでしょう?
仕方ない。
本当に仕方ないひと。まつ毛の先が震える姿、自覚していないでしょう?
「そんなに気になるなら、ここに呼んだらいいでしょう? そうして、私がお酒を勧めますから、あとからかなみさんはいらっしゃいな。この、暑い夏の思い出に、酩酊した過ちとして、二階の寝台を整えて、」
「待って!? そこまでは、、、いえ、、、そんな、、、っ///」
「恥づかしがってどうするの? このほどの富国強兵、女だなんだって、三歩後ろからついていくだけかしら? あの梅子さんだって、」
「わかったから! わかりましたから!」
「かなみさんの、そういうところは私嫌いだわ。」
「えっ!?」
「嫌いになって欲しくなければ、動きなさい。もしくは、私が呼んだら、直ぐにここに来ることね。」
「はーい!」
もう……それが狡いところでしょうに。
「それまでに、、、そうね、かなみさん、将棋は打てるのだから、囲碁も嗜んだらいかが? 少なくとも、あのひとは女が勉学なんて、って怒るような方じゃないし。」
「そうかしら。」
「そうに決まってるじゃない。いい? 開放的な方ほど、女が、っていう言葉に弱いのだから。」
「ふんふん。」
「女だてらに、のその先の言葉が、力自慢なんてダメ。どうせなら、賢く疎まれたいじゃない?」
「それは茉莉さんだけじゃないかしら?」
「あら? 列強の方々とも面識のある方なら、私の言葉に納得してくださるハズよ?」
「そういうものかしら。」
「少なくとも、お洋服をお召しになるときに、ふんどしにするべきかどうか、なんて大声で叫ぶような方よりはずっと。」
「なるほどねえ。」
「決心はついた?」
「無理。」
「だから、かなみさんはダメなのよ。」
「そう言わないで。」
「だからこちらで、どうにかしようとしているのだから、絶対よ?」
「はーい。」
そもそも恋や懸想を、損だなんだと、彼の影響を受けて福沢先生の経世救済から、金勘定を目方ではなく水物として扱うだなんだって、男の酒の話を最後まで聞いて、しかも覚えている女が、どうして鈍いのかしら。
喫茶店の女給をしていれば、男の懐に取り入るなんて訳もなく、列強の蒸留酒をひと垂らしして、絡めとるなんて、常識の私からすれば、自然体として話を聞いて覚えることの難しさを、かなみさんはサラリとした顔でできてしまうじゃない?
ねえ、わかってる?
私、女給として、かなみさんの意中の方から、ご相談を持ち掛けられているの。
曰く「どうすれば、可憐な花を摘めるのか。」なんて。情熱的でよろしいわね。
今日だって無理を言って、マスターが試作している「おかさねべヰく」の意見を聞くなんて嘘で、鍵を借りているの。
今から彼を呼び寄せて、想いの丈を伝える前に過ちを起こしてしまいましょうか?
それが。
お慕い申し上げて、寄せる分だけ損だなんだと煩い、流行り病に罹ったかなみさんへの天罰としましょうか。意中のお相手から、私、かなみさんの嗜好について訊ねられていることを伝え忘れていても、お叱りくださらないよう、お願いしますね。
このかなみさんの状況を、経済では往って来いと言うのでしょう?
~fin~
まず、「おかさねべヰく」は創作です。
銀髪碧眼13歳美ショタ(https://mypage.syosetu.com/1539309/)さんが主催された飲み書き祭りで書いた短編になりますっ><
それと、改稿前の原文は、(https://live-novel.com/text/dXOrHHnrIjKPNg9tCPyb)←ここにありますっ><