閑話01 労働時間
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まさか5万を超える日が来るとは思いませんでした。
これもひとえに、皆様が読んでくださるお陰です。
ありがとうございます!
すみません、諸事情により今回は短めの閑話となります。
少し時間は戻り、本編10話の後位のお話になります。
※「本編16話」の後にあったお話です。
「失礼します」
所長室のドアをノックし、返事を待ってから部屋に入る。
ティーセット一式とサンドイッチやお菓子が盛り付けられたお皿をワゴンに載せて。
所長室では所長と団長さんが応接セットのソファーに座って、私が来るのを待っていた。
「美味しそうだな」
テーブルに並べられるお皿を見て所長と団長さんが嬉しそうに笑う。
今日、私は休日だったのだが、丁度団長さんが所長に用事があるとかで薬用植物研究所に来ると聞いていたので、簡単に摘まめる物を用意することにしたのよね。
イメージはアフタヌーンティー。
研究所には三段トレイが無いので普通のお皿に盛り付けたけど、これが王宮のお茶会になると高さのある脚付きの皿などにお菓子が盛られていたりするらしい。
情報源はリズね。
ティーカップに紅茶を注いで、所長と団長さんの前に置き、最後に私用のティーカップを持って、私も所長の隣に座る。
団長さんの眉が少し下がったような気がしたけど、そこはスルーしておいた。
団長さんの隣はとても緊張するのよ、えぇ。
「休みの日だというのに、すまないな」
「いえ、好きでしていることなので気にしないでください」
団長さんが申し訳なさそうに謝罪してくれたけど、あまり気にしないで欲しいな。
休日と言っても私がすることはいつも変わらないし。
それに今日は団長さんがお菓子を持って来てくれたので、こうしてお茶会ができるのは私としては嬉しいくらいなのよね。
それにしても、このお菓子、色とりどりでとても綺麗。
多分果物から作られたお菓子だと思う。
砂糖がまぶしてあるので、すこぶる甘そうだけど、こちらに来てから甘い物を食べることがほとんど無いので、ちょっと楽しみだったりする。
所長と団長さんの用事は既に終わっていたので、色々摘まみながら三人で雑談する。
「しかし、お前本当によく働くな」
「そうですか?」
「休みだと言うのに、いつも何処にも出かけないで研究所で何かしてるだろ」
「ここに住んでいますからね。休日には色々と家事もしたいですし」
休日に家事を済ませるのは日本にいた時と変わらない。
洗濯とか部屋の掃除とか、休みの日に纏めてすることが多いのよね。
それでも午前中には終わってしまう。
一番時間がかかる洗濯は普段から下働きの人がやってくれるしね。
何でも研究所に住み着いている研究員達のほとんどは貴族出身で自分で洗濯なんてしたこと無い人ばかりらしいのよ。
それで、そういう研究員達のために洗濯や掃除等の家事をする下働きの人が雇われているんだって。
私は不在時に部屋に入られるのが苦手で、掃除は自分でやってるんだけどね。
大半の人は掃除もやってもらってるみたい。
まぁ、そうじゃないと腐海が発生するわよね、きっと。
「家事以外は研究してるか図書室に行ってるんだろ?仕事しているのと変わらないじゃないか」
「でも本当に日本にいた時よりは働いていませんよ」
所長も団長さんも王宮内ではそれなりの地位にあるので、私が【聖女召喚の儀】で召喚されたことを知っている。
私のことを気遣ってか、二人とも、あまり日本にいた頃の話を聞こうとはしてこないけど、折に触れて私から話すことがあった。
そのため、私がいた国が【日本】という国であることを知っている。
「前は毎日、朝三つの鐘から真夜中の鐘まで働いていましたからね」
「は?」
所長が珍しく素っ頓狂な声を上げて目を丸くした。
団長さんも声は上げなかったが、口を付けようとしていたティーカップを持つ手が止まり、目を瞠っている。
それも仕方ないかな。
朝三つの鐘は午前九時、真夜中の鐘は午前零時を示す鐘だ。
通勤時間や身支度の時間を入れると、毎日午前六時に起きて午前二時に寝る生活をずっと続けていたのよね。
一応週休二日で土日が休みの職場だったんだけど、土曜は毎週出勤してたなぁ……。
日曜は流石に家事をしたかったし、体力的な問題もあって休んでたけど。
こちらの世界の人は基本的に日の入り日の出を基準に生活していて、職業によって異なるとは思うけど、研究所の労働時間もそれに基づいているのよね。
こちらに来てからは毎日大体午前七時から午後五時位までしか働いていないのよ。
しかも合間に研究所や第三騎士団で、のんびりとお茶をすることもある。
それでも怒られたことないのよね。
他の人達は違うのかもしれないけど、日本にいた時よりはかなーりゆるく生活しているわ。
そのゆるい生活が基本の所長達からしてみれば、前の私の労働時間は、どう見ても働き過ぎに見えるわよね。
「その……、仕事の中で夜会に参加していたりとかは……」
「ないですね。私は平民でしたし」
うん、所長や団長さんの様な、お貴族様には夜会に出席するというお仕事もあるわよね。
日本でも催されていたのかもしれないけど、私はそんなセレブな集いに参加するような身分じゃない。
「うちの宰相並みに忙しいって、どんな平民だ」
「私の周りは皆そんな感じでしたよ?」
「文官の連中は似た様な感じだな」
「そうなんですか?」
「あー、そう言えばそうだな」
こちらでも王宮に勤める文官さんはとても忙しいようだ。
もっとも、文官さん達の大半は平民ではなく貴族だけどね。
そして何かに納得した所長の手が私の顔に伸びた。
「ちょっ、何ですかっ?」
「いや、こっちに来た時に比べたら綺麗になったよな」
「は?いきなり何なんですか?」
「研究所に来た当初のお前の顔、忙しい時の内務の連中にそっくりだったなぁと思ってな」
所長は「今はすっかりクマも取れたよなぁ」と言いながら私の頬に手を添え、目の下を親指で撫でる。
そんなことを生まれてこの方、家族以外の人間にされたことのない私の心臓はバックバクである。
多分、顔も赤くなっていると思う。
そして所長はそんな私の状況を面白がっている。
こっちを見ている所長の表情は変わらないが、瞳に愉悦の色が混ざったから、きっとそう。
私がこういうスキンシップに慣れていないのに気付いたらしくて、最近こうやって弄られるのよね。
あー、もうっ。
所長の手から逃れたいけど、今座っている一人掛けのソファーは大きさのせいで動かし辛くて所長と距離が取れない。
ちくしょうと内心毒づいていると、対面から咳払いが聞こえた。
視線をやると団長さんが不機嫌そうな顔で所長を睨んでいた。
もっと睨んでやってください、氷像になるくらい。
所長も咳払いで睨まれていることに気付いたらしく、私の顔から手を離してくれた。
「なんだ、アルも触りたかったのか?」
「違うっ!」
所長の標的は団長さんに変わったらしい。
とりあえず、紅茶を一口飲み、ほっと溜息をついた。
文中のお菓子は「パート・ド・フリュイ」というお菓子を元にしています。
食べたことがないので、今度買って、食べてみようかな。