小話03 団長
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【残酷な描写】怪我・火傷の描写があります。
第三騎士団・団長、アルベルト・ホーク。
スランタニア王国のホーク辺境伯家の三男である。
ホーク家は代々武門の家柄であり、スランタニア王国では軍部を掌握している家である。
それに加え、辺境伯という称号もあり、王国においては並みの侯爵家よりも強い権力を保持している。
アルベルトの祖母である前ホーク辺境伯夫人は、前々国王の姉であり、氷の薔薇と呼ばれるほどの美貌を持つ女性であった。
その美貌を引き継いだ三兄弟の下には幼い頃から数多の縁談が持ち込まれ、特に長男に群がる御令嬢達を見て次男が女性嫌いになったのは、社交界では有名な話だ。
三男のアルベルトは次男程ではなかったが、貴族令嬢達に付き纏われることを疎ましく思っており、無表情と言う名の鎧を纏い、王立学園に在学中は多くの令嬢の誘いを断っていた。
しかし、無表情と寒色の瞳から放たれる冷たい視線が、かえってある種のファンを作り出してしまったのは、本人以外が知っている公然の秘密である。
そんなアルベルトと貴族の人間関係に辟易としていた薬用植物研究所・所長のヨハンが在学中に仲良くなったのは当然の帰結だったかもしれない。
学園卒業後は騎士団に入団し、早々に騎士団の隊舎に住むようになった。
隊舎は男性ばかりであり、王都にある辺境伯家の別邸に住むよりは、御令嬢達が押しかけてくる可能性が低いというのが理由である。
隊舎では役付き以外の団員は身の回りを世話する者が付かず、アルベルトの様に一般的に大貴族と呼ばれるような高位貴族の者がそこで生活するのは難しいと思われているが、ホーク家は武門の家柄ということもあり、アルベルト自身は身の回りのことは自分でできるよう教育されていたため問題が無かったことも大きい。
入隊後、魔物の討伐では祖母から受け継いだ氷属性魔法を駆使し、めきめきと頭角を現した。
その結果、実力、家柄共に問題がないと評価を受け、同期の間ではかなり早い時期に小隊を任されるに至り、その頃から、その魔法スキルと無表情から氷の騎士と呼ばれるようになっていた。
その呼び名は、ある種のファン達が呼び出したものではあったが、アルベルトを表すのにふさわしい呼び名であったせいか、いつの間にか広く社交界にも浸透していった。
アルベルトは生来の容姿と無表情から他者には冷たい印象を持たれることが多いが、真面目で実直に仕事をこなし、平民出身の騎士にも貴賎なく付き合うことから、共に働く騎士達から厚い信頼を寄せられるようになる。
そうして、ヨハンが所長になったのと同じ頃に第三騎士団の団長となった。
瘴気が蔓延る時代において、騎士団の主な仕事といえば王都周辺の魔物の討伐である。
アルベルトも例に洩れず、騎士団長となってからも度々、仲間と共に討伐に出かけていた。
王都西にあるゴーシュの森での討伐も何度も行っており、その日もいつもと変わらない討伐となるはずであった。
王都の東と南にある森と比較し、それなりに高いレベルの魔物が出没するゴーシュの森ではあったが、アルベルトの手に負えないような魔物が出たことは今まで一度もなかった。
まるっきり油断していた訳ではなかったが、それでも気の緩みがあったのだろう。
それが目の前に現れたのは、討伐の終わり頃だったのも災いしたのかもしれない。
ゴーシュの森にはいるはずのないサラマンダーが現れた時、百人以上いた兵士達の中で咄嗟に動けたのはアルベルトを含む数人だけであった。
急激に上がる周囲の温度に、迫り来る炎。
アルベルトが咄嗟に張った氷の壁により、周囲にいた数名は被害に遭わずに済んだが、離れた所にいた者達の多くは、サラマンダーが吹いた炎に巻かれた。
サラマンダーの吐く炎は高温で、近くにいる者を一瞬で消し炭にすることができる。
通常は体長十メートル程度の大きな黒い蜥蜴であるサラマンダーだが、戦闘状態になると体表は赤く輝き、膨大な熱を発生させる。
その熱波は人を容易に近付けさせず、サラマンダーを退治するには、もっぱら魔法による遠距離からの攻撃がセオリーだった。
しかし、討伐の終わりも近かったため、帯同していた魔道師や騎士達も残りMPが少なく、回復手段も乏しかったことからサラマンダーの討伐は困難を極めた。
サラマンダーの炎は騎士達だけでなく森も巻き込み、水属性魔法を使える魔道師達が延焼を防ぐために割かれたのも痛かった。
自身も重度の火傷を負いながら、何とかサラマンダーに止めを刺した後、アルベルトの意識は途切れた。
アルベルトが次に目を覚ましたのは王宮の一室でだった。
見慣れない内装の部屋だったが、とりあえず危険はなさそうだと思い至ったため、ぼんやりとした頭で記憶を辿った。
けれども、記憶にあるのはサラマンダーに止めを刺したところまでで、それ以降のことは思い出せない。
ふと右手を見ると、そこにあったはずの火傷は綺麗になくなっており、誰かが治療をしてくれたことが分かった。
ベッドから起き上がり、部屋に備え付けの鏡を覗き込むと、焼け爛れていたはずの顔も元通りになっている。
思い返して、普段使うポーションでは上級といえども、あの時に負った傷がこれほど綺麗に治るとは思えず、自然と聖属性魔法が使える魔道師が治療に当たったのだろうと思った。
それにしても、随分と腕が良い魔道師が担当したのだなと思った。
アルベルトが負った傷は、たとえ治療したとしても騎士を続けるには困難な後遺症が残るだろうと思われるほどのものだったからだ。
それが、その場で少し確認しただけでも、討伐前と変わらない感触が得られ、今後騎士を続けるのにも全く問題が無いように思えた。
実際には魔法ではなくポーションで回復したのだと、翌日見舞いに来た親友から聞かされたときにはとても驚いた。
随分と高性能なポーションを作った人物は薬用植物研究所に籍を置いているらしく、研究所を纏める立場でもある親友に是非お礼を伝えたいと話したところ、快く了承をもらえた。
それでも、討伐の後処理等に何だかんだで時間を取られ、実際に会えたのは討伐から一ヶ月が過ぎた頃だった。
その日、執務室で待っている際に、件の人物がどのような人物であるかをヨハンから聞こうとしたが、会えば分かるだろうと、研究員であるということしか教えてもらえなかった。
その人物が慈悲深くも意識のないアルベルトに口移しでポーションを飲ませたのだと揶揄う様に言われたときには、研究員が男性だと思っていたアルベルトの眉間に盛大な皺が寄った。
いつもの性質の悪い冗談だろうと、ヨハンに呆れた視線を返したところで、外にいた部下から研究員が到着したと声がかかった。
部屋に入ってきたセイを見て、アルベルトが一目で彼女が【聖女召喚の儀】で喚び出された聖女候補であると気付いたのは、その瞳と髪の色からだった。
スランタニア王国では珍しい色を持つ薬用植物研究所に籍を置く女性といえば、彼女しか思いつかず、そしてそれは当たっていた。
他の者達から以前聞いた話では、聖女候補は病人の様にやつれており、王宮にいた頃に世話をしていた侍女達の噂では華美に着飾ることを好まず、地味な服を好み、農村の女性の様だと言われていた。
ヨハンからも、他の研究員達と同様にあまり身なりに構うようには見えないと伝えられていたのもある。
しかし、今目の前にいる女性は、確かに地味な格好はしていたが小綺麗にしており、噂とはほとんど一致したところがなかった。
不健康そうだと言われていた青白い肌は、白さを保ったまま血色が良くなり、目の下に鎮座していたクマは跡形もなくなっていた。
日本にいた頃と比較してゆったりとした生活と、セイ自作の効果の高い化粧品を使っている甲斐もあって、象牙色の肌や桜色の唇も瑞々しく、後ろで纏められただけの腰近くまである黒髪も輝くばかりの艶を放っていた。
貴族婦女の様に化粧をしている訳でもなさそうだったが、その自然な美しさにアルベルトは一瞬ではあるが目を奪われた。
だが、アルベルトが一番心惹かれたのは強い意志を感じさせる、彼を見つめる切れ長の瞳だった。
アルベルト・ホーク(28歳)
186cm 87kg 金髪にブルーグレーの瞳
スランタニア王国の軍部を掌握する辺境伯家(三男)の三男。
冷たい印象を与える容姿と保持する魔法スキルから氷の騎士と呼ばれる。
呼び名に反して、付き合ってみると意外にいい奴だということで男女問わず人気は高い。
最近はセイに向ける態度から、そのギャップが良いと新たなファンが生まれているが、今のところ本人がそれに気付いた様子はない。