小話02 所長
ブクマ&評価ありがとうございます。
日付跨いだ~~~orz
遅くなって、すみません。
薬用植物研究所・所長、ヨハン・ヴァルデック。
スランタニア王国のヴァルデック伯爵家の次男である。
ヴァルデック家は数ある伯爵家の中でも上位に位置し、王宮内での発言力もそれなりに強い。
そんな高貴な家柄出身で、甘いマスクに柔らかな物腰、優秀な土属性魔法の使い手というのも相まって、少年期から引く手数多のモテ男であった。
しかし、少年期から続く、貴族特有の面倒な人間関係に内心辟易としていたヨハンは、全くと言っていい程、結婚する気が無かった。
幸い、兄である長男に後継も生まれているため、悠々自適の独身ライフを過ごしている。
薬用植物研究所は、ヨハンにとって理想的な職場だった。
貴族特有の面倒な人間関係は無く、周りは研究にしか興味がない連中ばかりだった。
しかも、持ち前の土属性魔法のお陰で、あまり労せずして、研究所内でそれなりの評価を得ることができていた。
薬用植物研究所という建前により、王宮の伝で貴重な薬草を手に入れることができ、土属性魔法を駆使して、栽培が難しいそれらの薬草を増やすことが可能であったからだ。
貴重な薬草を栽培できることが研究所の功績となり、その薬草を市場に卸すことで利益を確保することが評価に繋がったのである。
そうして過ごしている内に、何だかんだで面倒見の良い彼は周りから慕われ、数年前に所長となっていた。
そんな彼の元に厄介事が舞い込んできたのは数ヶ月前のことだった。
この所、毎日研究所を訪れる女性。
最初は一人の研究員が相手をしていたが、男所帯の研究所で、薬草に興味のある女性ということで、あっという間に殆どの研究員が彼女の相手をするようになっていた。
ただ、黒髪、黒目という、この国では珍しい特徴を持つ彼女を見て、ヨハンは胸騒ぎを覚えた。
数日前、偶然王宮の廊下で出会った兄と立ち話をした際、【聖女召喚の儀】が行われたと言う話を聞いていた。
召喚された女性は二人おり、茶髪に黒目の女性と、黒髪に黒目の女性だったとのこと。
兄に、最近研究所に黒髪、黒目の女性がよくやって来るという連絡をした翌日、至急王宮に来るようにと呼び出された。
王宮の指定された部屋には兄の他に、文官でも高位の者がいた。
応接セットのソファーに座り、話を聞くと、研究所に来ている女性は、やはり召喚された女性のうちの一人であり、可能であれば薬用植物研究所で面倒を見て欲しいと頼まれた。
こちらの女性は、召喚直後に第一王子がやらかしたせいで、彼女のこの国に対する心象は非常に悪く、王宮に引き止めるのも一苦労だったとは文官が語る。
現在は王宮の一室に滞在しているが、本人の希望で、ここ最近は毎日研究所に来ているということだった。
過去に聖女が同時期に二人いた試しは無く、【聖女召喚の儀】で二人以上の聖女が召喚された試しも無いため、現在のところ、どちらか片方が聖女ではないかというのが主流の見解だ。
だが、例がないというだけで、もしかしたら二人とも聖女かもしれず、手放すのは危険だということで、王宮としては両方とも留め置きたいという話だった。
本人の希望もあり、できれば薬用植物研究所でもう一人の面倒を見てもらいたいと言う文官から、様々な優遇を引き出したヨハンは彼女を引き受けることを承諾した。
その手腕に、隣に座っていたヨハンの兄まで顔が引きつっていたのは言うまでもない。
数日後、高官に連れてこられた彼女はセイ・タカナシと名乗った。
姓を持つことから貴族なのかとヨハンが問うと、違うと言う答えが返ってきた。
この国では貴族以外は姓を持たず、馴染みの無い苗字を名乗ると色々と詮索されるかもしれないと彼が話すと、以後は姓を名乗らないと彼女は言った。
そして、ヨハンが「貴族と言うのは詮索好きな者が多くて面倒だからな」と言うと、彼女は困ったように微笑んだ。
もちろんヨハンが名乗った際にはきちんと姓を言ったのだが、彼女は特に詮索することも無く、続く研究所についての説明を黙って聞いていた。
話しながら彼女を観察する。
珍しい髪と瞳の色だったが、どことなく研究員達に通じる風貌、無造作に纏められた髪に不健康に白い肌と目の下のクマ、はヨハンの警戒心を解かせるのに役立っていた。
普段、あれほど研究員達に薬草のことを積極的に問うくせに、今は殆ど口を開くことなく落ち着いているのを見ると、興味が無い物はとことんどうでもいいと思っている研究員達と似た者同士なのかもしれないと思わせる。
一通り説明した後、研究員達に彼女を紹介して、後は彼らに任せて所長室に戻った。
何事も無く済んだ初日にほっとしていたヨハンだったが、二日後、さっそくセイはやらかした。
研究員の一人がセイにポーションを作らせたのだが、その効果が通常の物より効果が高過ぎるということで騒ぎになったのだ。
その時にヨハンの頭を過ぎったのは【聖女】という文字だった。
しかし、彼女が聖女かもしれないと公にするのは躊躇われた。
第一王子の一件で、彼女が聖女のことをあまりよく思っていないということを文官から聞いていたからだ。
仕方なく、原因不明だから調査をするようにと研究員達に申し付け、その場はうやむやにした。
たかがポーションの性能が高かっただけで、すぐに聖女に結び付けてしまうのも、おかしな話だとも思ったからだった。
セイが召喚されて三ヶ月。
ポーションの性能だけでなく、何かが色々とおかしいとヨハンに思わせるには十分な期間が経っていた。
異世界人の特徴なのかとも考えたが、もう一人の方に関しては、そのような話は聞こえてこない。
これはいよいよセイが聖女なのかと思っていた矢先に、第三騎士団が討伐で甚大な被害を受けた。
第三騎士団にはヨハンの親友もいる。
急いでポーションの在庫を抱え、負傷者が待つ部屋へと向かった。
まるで予見していたかのように、セイが作った大量のポーションは、この日、多くの騎士を救った。
その中にはヨハンの親友である団長、アルベルトも含まれていた。
寸前で失うところだった親友を救ってくれた彼女に、ヨハンは感謝した。
数日後、用があって出向いた親友の執務室で、ポーション提供の礼を言われた。
この時、ヨハンは親友にちょっとした悪戯を仕掛けた。
この程度の悪戯はいつものことだったので、軽く考えて言った一言だった。
この一言が後に大きな問題になるとは、ヨハンには予想できなかった。
ヨハン・ヴァルデック(28歳)
180cm 73kg 茶色の髪に榛色の瞳
有力な伯爵家(三男)の次男。
顔良し、家柄良し、性格も良し、ということで貴族ご令嬢・ご夫人に大人気。
本人は貴族のドロドロとした人間関係に辟易しており、長男に跡継ぎが生まれたことをいいことに、結婚もせずに貴族社会からは遠ざかっている。
第三騎士団のアルベルトとは幼い頃からの親友で、生真面目な彼をよくからかっている。
最近研究所に入ってきたセイに色々と頭の痛い事案を引き起こされているが、彼女が普段のさっぱりとした性格に反して意外に初心な反応を見せるところに興味を持ち始めている。
ヨハンのからかい対象にセイが入るのは時間の問題である。