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ポッキーゲーム

ポッキーの日(11月11日)に合わせて書きました。


ポッキーのチョコは、ほんのり甘くて、ほろ苦い……

 何の気なく入ったコンビニでポッキーを見つけた。

 店内には「ポッキーの日」なんて書かれたのぼりの下に、これでもかと言わんばかりの箱が置かれていた。


「今日ポッキーの日じゃん!」

「クラスのみんなでパーティしよー!」


 女子高生たちが私の脇から5箱くらいのポッキーの箱を持っていった。彼女たちのきゃぴきゃぴした空気が懐かしい。10歳も年が違わないはずなのにこの違いはいったい何なのだろう。

 女子高生たちの若い勢いに便乗して私もひと箱つい手に取ってしまう。買うつもりなんてなかったのだが、彼女たちに流されてしまったのだ、と変な言い訳を自分にしてレジを通った。


「あれから一年か」


 独り言のようにつぶやく。ポッキーの中身は一年前と何も変わっていない。「ポッキーの日」だからって別に何が変わるわけではないのだ。それでも、一年前のこの日はそんな小さなことでも特別な一日だったような気がしていた。何も変わらないはずのポッキーが一年前の光景を私に見せてくれる。


****


「ポッキーが好き。チョコをなめる感覚が好き。チョコの部分を加えて、ゆっくりとチョコが解けていくのを待つのが好き。そうして、そのままチョコが解けきる直前にその間にあるビスケットをパキっと折ってしまって口の中でとろける瞬間がとてもおいしいのだ」


 私はポッキーの箱を開けながら、隣に座る彼に熱弁していた。特別ポッキーが好きなわけでもないのに、こういう日なら許されだろう、なんて勝手に解釈して大口をたたく。


「その感覚がうらやましい」と彼は言った。

「僕は食べ始めがクッキーなんだから、ほとんど無味なんだよな」

「だったら早く食べ進めちゃえばいいのよ」と言って私は彼にポッキーを差し出す。


 チョコの方を私がくわえ、反対のビスケットを彼がくわえて支える。二人のささやかな共同作業が始まる。


 二人でゆっくりとポッキーを食べ進める。二人喋ることがなくなり、普段は聞こえないような心臓の鼓動ばかりが聞こえてくる。口の中でチョコが溶け広がり、チョコの魔法がかかっていく。


 食べ進めるうちにだんだんと彼の顔に近づき、鼻と鼻があたり、やがて目が合う。口の中でチョコの溶けるスピードが急激に早まる。裸になったビスケットが、早く折ってくれよ、と助けを求める。

私の中のこの熱はきっと彼にも伝わっているのだろう。それは彼の頬を見るだけで私にもわかった。


 ――きっと彼にもばれてしまっているのだろうな。


 少し食べるスピードを速めて彼の唇に触れる。ビスケットばかりしか口に入れることができなかった彼は、ここでようやくチョコの味を知ることができる。彼がチョコの味を知ることができるのは、私の口を通してだけなのだ。


 味なんてない私の口の中が、チョコの味でごまかされ、それが彼の口の中にも広がっていく。

早く彼のもとに行きたくて必死にチョコを頬張る。私にとっての幸せの時間だ。もともと味なんてあるはずのない私も、この時間だけは彼に魔法をかけられる。高まる温度も、甘い甘い言葉もこの空間の中で自然と出せる。


 二人の温度がとろけ合う時間。この時間だけが私の幸せだった。


****


 外に出て、ポッキーを口にくわえる。口の中がまたチョコの味に満たされる。


 でも、もうその先に彼の口はない。かつて、彼の口で支えられていたビスケットを支えるのは、もう私の指しかない。


「お前と一緒にいても何にも感じないんだ」


 別れるときに、彼はそう言った。その言葉は一年たった今でもしっかりと思い出す。


 チョコで魔法をかけているあいだは彼のことを騙せても、本当の私は何の味もしないただのビスケット。


 ポッキーをゆっくりと食べ進めていく。チョコは私の口の中で、時が止まったようにゆっくりと溶けていく。


 チョコの部分を食べ終わってビスケットを口にくわえる。甘さでこってりとしていた私の舌が程よく緩和される。甘ったるいものがあるから味がないビスケットも引き立つのだ。全部味がなければ意味がない。


 ポッキーを一本食べてしまうと、私はビスケットを支えていた人差し指にキスをした。ビスケットを掴んでいただけの人差し指からは、もう何の味もしなかった。


 残ったポッキーをそのまま箱にしまい、私は肌寒い街の中をまた歩き始めた。

お読みいただきありがとうございました!


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