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パンツ泥棒の告白

8月2日のパンツの日に合わせて書いた短編です。

日に合わせようとした勢いがありますね笑

 2019年4月、とある事件が世間を騒がせていた。


「パンツ連続盗難事件」と呼ばれたその事件は人々の話題の中心を奪い続けていた。


 事件内容は単純で、2019年4月の間、毎日のように一人暮らしの女性の家からパンツが盗まれたのである。被害件数は合計で500件に及ぶと言われている(一か月での被害件数である)。

 被害にあった家は、ほとんどがアパートが中心であったが、中にはセキュリティの高いマンションも被害にあっていた。某有名アイドルも被害に遭いSNSで怒りの投稿をしたことも事件のに熱を与えていた。


 この事件はその被害件数が世間を驚かせていたが、もっと人々を驚愕させたのが、そのパンツの扱い方であった。

 この事件の犯人は盗んだパンツを、その日のうちに渋谷の交差点にばらまいたのであった。それも雨のように空から舞ってくるように。


 渋谷の街には多くのカメラがあるはずなのに、犯人の姿を捉えられたものはひとつもなかった。カメラに写っていたのはいつも宙を舞い続ける女物のパンツの姿だけだった。時間はだいたい夜9時頃。天気は関係ない。その時になると渋谷の街にパンツの雨が降るようになった。そのパンツはすべての女性に恐怖を与え、ある少数の男たちに夢を与えた。

 

犯人は謎のままであったが、その行為から「現代の鼠小僧小次郎」だと言われ、「パンツ小僧」などと呼ばれメディアの恰好のネタになった。


 警察は必死になって犯人逮捕を試みたが、結局犯人を見つけ出すことはできなかった。

 事件の連絡がきて駆けつけるも、そこにあるのはいつも抜け殻となった犯行現場のみ。運よく犯人らしき足跡を見つけるも、捕まえられたのはパンツ小僧に触発された模倣犯ばかりだった。本命の鼠小僧は一切の足跡を残さず連日連夜パンツを盗み続け、それを渋谷の街にばらまき続けた。


 そんなはげしい事件であったが、5月に入った途端、パンツ小僧はまるでこれまでの犯行が嘘だったというようにぱっと犯行をやめてしまった。犯行に対する声明も何もなく、ただ世間から姿を消した。それだけだった。

 4月に起こった犯行はまるで嘘だったかのように世間は考え「幻の4月」などと語られるようになった。


 次第に世間はパンツ小僧に対する興味をなくしていき、世間には、パンツ小僧に対する嘘くさい考察本だけが出回ることになった。この事件はこの先謎のオカルト事件として語り継がれる、誰もがそのように考えていた。


 しかし、2019年8月2日、そんな「パンツ連続盗難事件」についに進展が起きた。なんと、犯人だと名乗る人物が自首をしてきたのだ。

 警察は最初はそんなことが起こるなんて信じられなかった。自首してきた相手が普通の男子高校生一人だけだったからだ。


 しかし、彼の口から語られる犯行の内容は合点の合うところが数多くあった。警察ではすぐに取り締まり室でその少年に対する取り調べが始まった。


「それじゃあ、君の名前は服部小次郎君。年齢は16歳の高校一年生でいいんだね」


 警官が取り調べを始める。服部小次郎は静かにうなずく。警官にはどうにもこの少年が世間を騒がせたパンツ小僧には見えなかった。服部小次郎は天然パーマで眼鏡をかけた真面目そうな少年だった。水色のTシャツにジーパンをはいている、目立った素行の悪さも見られない普通の少年だ。

 とても渋谷の街からパンツを降らせるような大胆さを持っているようには見えない。


「君さあ、もし嘘だというのなら早めに行った方がいいよ?友達同士の何か悪い罰ゲームなのかもしれないけど、そんなことしたってめんどくさいことになるだけだし、周りの人に迷惑をかけるだけだよ?」

「いえ、大丈夫です。僕が犯人ですから」


 服部小次郎は淡々と警官に言い返す。その言葉に迷いはなかった。


「実際にパンツを盗みに入ったのも僕ですし、渋谷の監視カメラを停止させ、パンツを降らせたのも僕です」


 その言葉を聞いて、警官もこの少年を相手にしないわけにはいかなくなった。渋谷の監視カメラについては警察も捜査しており、実際に渋谷の監視カメラが何か所か止められている痕跡があったのだ。しかし、それは警察がメディアに公表していない情報だった。服部小次郎はただ警官を見つめながら座っていた。警官から、彼が何を考えているのか読み取ることができなかった。警官は正式に取り調べを始めることにした。


 服部小次郎は淡々と告白を始めた。


*****


 さっき刑事さんにお話ししたように4月の一連に事件は僕が起こした事件です。僕が独りで女の人の部屋に盗みに入って、パンツを盗み、それを渋谷の街にばらまいていました。あの時の僕は言ってしまえばパンツに取りつかれていたんです。


 どうやって渋谷からパンツをばらまいたかって?

 それは後でまとめてお話しします。


 多分時系列ごとにお話しした方が理解しやすいと思うので。まあ一つだけ言うとしたら、盗賊の七つ道具といわれるものを使えば簡単にできるということですね。


 それは置いておいて、さっきも言ったように、あの時の僕はパンツに取りつかれていたんです。それはもう強烈に。


 はじめてパンツに興味を持ったのは6歳くらいの頃でした。


 母と一緒に近所の道を散歩していたんです。たしか春くらいかな、結構風の強い日だったのを覚えています。すごい晴れた日で、母の顔を見上げながら一緒に青空を眺めていました。ちょうどその時、強い風が吹きつけてきたんです。風自体は別に大したことはなかったんですけど、その時に風に飛ばされたパンツがぼっくの顔面にヒットしたんです。何色のものだったかまでは覚えていないのですが、とても僕の肌に合うパンツだったんです。


 僕はとっさに手でそのパンツを押さえつけました。どうしてだかわからないのですが、どうしてもそのパンツを手放したくなかったのです。結局、母がその手を放して、そのパンツはどこかにまた飛んで行ってしまいました。その日はそれで終わったのですが、それから僕はパンツの存在が頭の片隅に居座り続けるようになったのです。


 だけど、その思いが急に姿を現すようになったのは今年に入ってからです。なんでそうなったのかは自分でもよくわからないんです。


 ただ、きっかけはちゃんとわかります。あれは3月に入った日曜日のことです。特に予定のなかった僕は一人でぶらぶらと道を歩いていました。その日も気持ちのいい青空でした。目的もなくただぶらぶらと歩いていた僕は一つのアパートの前にたどり着きました。どこにでもあるような二階建ての、部屋が4つくらいある、白色のアパートでした。


 僕はなんとなくその家が気になって家の周りを一周してみました。はっきりとした理由はありませんでした。でもただ周ってみたかったんです。周ってみると裏には物干し竿のあるベランダがありました。4部屋中3部屋は別に何もかかっていませんでいた。でも、たった一つ、二階にあった部屋には洗濯物がかかっていたんです。たしかタオルとTシャツ、そしてそれで挟むようにして女性もののパンツが干されていました。


 僕はそれを見た時に目が離せなくなってしまったんです。なんていうか、そのパンツのことを放っておいたらいけないような、そんな気がして。それでそのパンツを取ってみることにしたんです。とることは別に難しいことではありませんでした。下の部屋には人が住んではいないようでしたし、幸い部屋の住人も留守みたいでした。


 僕は干されていたパンツを一つ取ってすぐにその場を離れました。ピンクのレースのパンツでした。他にも種類はあったのですが、なぜかそれだけに気をひかれたんです。そのパンツはまだ濡れていて肌触りも小さいときに顔にかかったものとは全く別のものでした。


 でも、そのパンツを手にした瞬間、なんていうかスイッチが入ってしまったんですよね。ずっと体の中に隠れていた思いというかそんなものが抑えられなくなってしまったんです。


 それからは事件のとおりです。


 僕は自分の欲の赴くままにパンツを盗りに入りました。盗りに行ったというか、パンツの声に呼び寄せられたというのが正しい表現かなって思います。

 いろいろな家に行きましたが特に特別な方法なんて使っていません。ただ呼び寄せられたところに行っただけです。パンツも僕に取られることを望んでいました。あの子たちは僕が取りに行ける最高のタイミングを教えてくれました。学校帰りの夕方時のこともあれば、真夜中家族が眠りについたあと、早朝の時だってありました。


 とにかく、ただ呼び寄せられたところに行って取って出てくる。それだけです。

 特別な道具なんてないです。必要最低限の道具はネットで調べればすぐに出てきます。そりゃあトップページにはでてきませんが、少し調べれば必要な情報なんてすぐに出てくるんです。


 取ったパンツはまとめて自分の手で選別しました。僕はその中から理想のパンツを追い求めていたんです。

 でも、そう簡単に見つかるものではありませんでした。何枚か理想に近いものは見つかりましたが、そのほとんどは僕にとっては必要のないものでした。必要ないと分かると不思議なもので、それまで惹かれていたはずの一枚一枚に急に嫌悪感がわいてくるんです。自分の手もとに置いておくのも嫌になってくるんです。


 そういうのってわかります……?


 とにかく、そうやっていらなくなったパンツはご存じの通り渋谷の街に飛ばしました。これもあとでサイトで見てもらえばいいんですけど、建物の壁によじ登れる道具とかもあるんですよ。まあ扱うにはある程度の運動神経は必要なんですけど。僕は幸運にもそういう能力にたけていたみたいです。


 監視カメラを止める方法も簡単です。アプリがあるんです。

 もちろん公式のものではないですよ。僕はそういう必要なツールを見つけるのが上手みたいです。僕ですら見つけられたくらいですから、刑事さんが本気で探せばすぐに見つかると思います。


 渋谷を選んだのはほとんど直観です。嫌いになってしまったパンツを眺めていた時、急に渋谷の夜空に舞い落ちるパンツの情景が頭によぎったんです。いくら嫌いになってしまったものであっても、僕が取ったものですからせめて華々しく散らばしてあげたかったんです。


 これは断じて言っておきたいんですが、別に僕は世間の人に周知されたかったとか、ニュースで話題になりたかった、とかそういう欲は一切ありませんでした。

 そういうことは結果として起こっていただけです。学校でもあの期間は「パンツ連続盗難事件」の話題で持ちきりでした。学校の友達ともこの話題で話しましたし、家の近くの幼馴染の女の子とも毎朝で会うたびに、今日は誰のパンツが盗まれるのだろうなんて話に付き合わなければいけませんでした。


 でも、そんな話題は僕には本当にどうでもよかったんです。僕はただ自分がパンツに呼び寄せられて向かっているだけであって、他の時間はそんなことについて話なんてしたくなかったんです。世間を騒がせるつもりだってありませんでした。結果として世間の人の注目を集め、結果として世間の大きなニュースになってしまっただけなんです。


 すみません、ちょっと取り乱してしまいましたね。


 僕としては、これでも世間に目立たないように細心の注意を払ったつもりなんです。取りに行ったときには何の証拠も残さないで立ち去りました。それなのに変にニュースに取り上げられるのはちょっと僕も思おうところがあったんですよね。大丈夫です、もうおちつきました。


 結局、それを4月の終わりまで続けていました。取りに行くのをやめた理由は簡単です。理想のパンツが見つかったからです。それだけです。


 理想のパンツは案外すぐ近くにありました。ある朝目がさめたら僕の部屋のベランダに一つのパンツが落ちていました。無地の白いパンツでした。これまで多くのパンツを見てきましたが、その中でも特に地味なパンツでした。特徴がないことが特徴だと言いたいような、そんなやつです。でもそれを見た瞬間、僕はもうそのパンツから目が離せなくなっていました。なぜそのパンツが自分のベランダに落ちているのか、そんなことはどうでもいいことでした。ただ、自分の理想のパンツが目の前にある、それだけが全てでした。


 僕はそのパンツを手に取ってみました。肌触りは小さい頃に顔にかかったものとは残念ながら違うものでした。でも、それは確実に僕の体にぴったりと合っていました。僕の成長と一緒に、僕に必要なものも変化していたんだと思います。僕はそのパンツを顔に載せてみました。砂と埃のにおいがほんのりと漂ってきました。それはやっぱり僕とぴったりと合いました。僕のしわの一つ一つまでしっかりと包み込んでくれるような感触があって、お互いにくっつきあっていることを確かに実感できました。


 それ以来僕は一切取りに行くことをやめました。僕のすぐ近くには理想のパンツがある。それだけで十分でした。世の中ではいろいろと考察もされているみたいですが、実際の真実なんて、そんなもんですよ。一人のエゴで始まり、一人のエゴで勝手に終わっていく。そこには神秘の力とか、超現象なんて介入できないんですよ。


 さて、こんなところですかね。


 え?ああ。確かに大事なことをまだ言ってなかったですね。


 なぜ、今頃になって自首しに来たのかということなんですけども、簡単に言えば急にばかばかしくなったからです。欲がさめたというんですかねえ。


 理想のパンツを手に入れてから僕は常にそのパンツを持っていました。いつだって僕は理想のパンツと共に生きている。そのことが僕の心を満たしていました。でも、最近になってその思いがだんだんとなくなってきて、ついにはパンツに関して何の感情もわかなくなってしまったんです。僕が常に肌身離さず持っていたそのパンツはその瞬間から、ただの布切れにしか見えなくなりました。かつて白かったその色も持ち続けていたせいで少しずつ黄ばんできてもいました。もしくは、それが幼馴染のパンツだと判明したことも何かの原因の一つなのかもしれないです。とにかく、僕はそれからパンツに対する思いが一切なくなってしまったんです。もうパンツの方から呼び寄せられることもありません。僕の方からもアプローチはしません。


 それから、自分がこれまでやってきたことが全部嘘だったんじゃないかと考えてしまうようになったんです。子どもの頃にたまに見るような長い夢。そんなものをずっと見ていたんじゃないかって。自分でも何が本当のことなのかはっきりといえなくなっていました。それでもニュースなどを振り返ると、自分のやってきたことはすべて真実のこととして報道されています。


 だから、自分のやっていたことにちゃんと整理をつけるために今僕はここに来ました。本当に偶然ですけど、今日は「パンツの日」なんでしょう? 

 だからちょうどいい区切りなのかなって思います。


 刑事さん、こんな僕の事どう思います?


*****


 服部小次郎はそのまま書類送検されることになった。彼の自供はすぐに報道番組のネタにされた。世間はオカルトじみた事件の真相に喜んだとともに肩を落としていた。天下の大泥棒と期待された犯行は異常な性癖を持った高校生の最新技術を駆使した異常な反抗として論理的に、科学的に収束されようとされていた。


 世間では彼が実際に見ていたいうサイトがどれなのか探すことに躍起になった。それでもそのサイトはついに見つかることはなかった。


 そうやって事件は再び人々の意識の中から消えていった。パンツが渋谷の街に降り注ぐことはもう二度とない。


お読み下さりありがとうございます!


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