ライオンさんの訪問
ある日、家の前にライオンさんがやって来た話……
三時のおやつ時、昌子はお湯を沸かしながらテレビを見ていた。
息子の小学校が終わるまであと30分。息子が帰ってくるまでのひと時の休憩の時間に、テレビをつけながらお菓子を食べることが昌子の習慣となっていた。
テレビでは、ニュース番組が最新トレンドについての特集を組んでいた。
ピロリン。
地震速報のテロップが表示された。14時45分、鹿児島県で震度4の地震。昌子の住んでいる横浜とは遠く離れた地の出来事だ。
しかし、「地震」の言葉を見た昌子は、体がほのかに震えていることを感じる。彼女の中の幼い頃の記憶が彼女の感覚を支配しようとしていた。
――まだダメなんだ。
昌子は呼吸を整え、そのイメージを追い払う。
「大丈夫。ここは横浜。地震が起きたのは鹿児島」
何度も自分に言い聞かせる。
やがて体の震えが収まっていくの感じる。昌子は体の力を抜き、再びおやつの時間に入ろうとする。テレビの向こう側では、レポーターが渋谷の最新スイーツを頬張っていた。
ピンポン。
一本のインターホンが昌子を呼び出した。
いったい何なのだろうかとインターホンの画面を覗いてみる。そして画面の前の光景に目を疑った。
画面の向こうにはライオンががいたのだ。
昌子は状況を飲み込むことができなかった。
誰かのいたずらかと考えたが、今日はそんなサプライズを仕掛けられるような特別な日でも何でもない。自分の身の回りの人間を考えてもそんなことをするような人は一人も思い当たらなかった。
しかし、画面越しには確かにライオンがいた。
インターホンの画面に顔を出せるということは二足歩行で歩いているのだろうかと疑問を浮かばせる。画面に映るライオンの顔にはリアルな感じはなかった。どちらかというとファンシーなつぶらな瞳をしながら画面を通して昌子のことをじっと見つめていた。
昌子は応答しないことにした。
――きっと誰かが間違えて家のインターホンを押してしまったのだろう。
田中という苗字はこのマンションにもたくさんいる、きっとほかの田中さんに用事があるのだろう。そう考え、昌子はインターホンの画面を切った。
しばらくすると、ドアの外にいる何者かはドアをノックし始めた。それも家中に響き渡るほど強く。もしかしたらマンションのフロア中に響くほどかもしれない。
「ショーコさん。田中晶子さん。いるんですよね?扉を開けてください!」
ノックの音と共に遠吠えのような声で誰かが部屋の中の昌子を呼び出そうとし始めた。
ドアの前にいる獣らしきものは、中に昌子がいることを確信している。昌子の背中を気持ちの悪い汗が滑り落ちていく。
ドアの向こうから聞こえる声に昌子は全く心当たりがなかった。ドアをたたく音は一向に止む気配がない。このままではマンションの人々が異変に気付いてしまうかもしれなかった。昌子は肩を下ろし、玄関まで向かうことにした。
ドアを開くとそこにはやはりライオンがたっていた。
しかし明らかに普通のライオンとは違う。昌子の予想通り、ライオンは二足歩行で立っていた。背中に棒を入れ込んだように背筋をまっすぐに立てていた。
玄関は外よりも一段高く作られていたのだが、それでもライオンは昌子のことを見下ろしていた。おそらく180センチ近くあるであろう体格の上に、体に見合わないつぶらな瞳が顔をのぞかせていた。
ライオンは紺のスーツを身にまとっていた。しわ一つなく光沢を放ったスーツ、真っ白なワイシャツの上には赤地に虎の刺繡が施されたネクタイをしていた。顔から全身のコーディネートに至るまですべてが不自然であるはずなのに、ライオンはその不自然さを一身にまといながら調和を取っていた。
「ああ、やっと開けていただけた。御迷惑をおかけして申し訳ありません」
ライオンは右手を胸に当てながら深くお辞儀をした。
「突然の訪問で申し訳ありません。今日は昌子さんとお話しをさせていただく為にやってまいりました。立ち話では申し訳ありませんので、中に入れてもらえますか?」
ライオンは流ちょうに人間の言葉を話していた。
昌子はライオンにファスナーを探してみようとするが、どうやってもみつからなかった。ライオンは口角を少し上げ穏やかに昌子のことを見つめている。
「用件だけここで済ませるのではだめなんですか」
昌子は試しに訊ねてみる。
「とても大事な要件なのです。それに、こんな身なりですので玄関先で話しているところをマンションの方々に見られましたら、昌子さんにもご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。先ほども多少目立つことをしてしまいましたし……」
ライオンはさっきまでの自分の行いを振り返りながらそう述べる。
ライオンは紳士的に振舞いながら、あくまでも肉食動物としての本能で昌子の前に立っていた。
昌子は、いつの間にかライオンの足がドアの間に置かれていたことに気づく。それも最初は顔を出す程度にしか開けていなかったドアから見える景色が、いまではライオンの肩幅まで広がっていた。ライオンは穏やかな表情をしながらもはっきりとファンシーな瞳で昌子のことを見つめ続けていた。
「決して昌子さんに危害を加えるようなことは致しません。ライオンは狩りをする生き物でございますが、決して無駄な狩りはしないのです。特にオスが狩りに出るのは空腹の限界が訪れた時だけです。今の私の腹は適度に満たされております」
ライオンは自信たっぷりに昌子に己の安全性を説いた。晶子はそんな言葉を信用することなどできなかったが、結局ドアを開けてライオンを中に招き入れた。
このわけのわからない現実を処理するには昌子の頭はもうキャパオーバーになってしまっていた。
ドアが開くとライオンは45度に礼をして中へ入ってきた。
靴を脱ぐとそれまでどうやって隠していたのかわからない獣の足が姿を見せた。靴下は履いているもの、足の形は大きな三本指だった。
ふと気になって、昌子はライオンの手も見てみる。その手(前足と呼んだ方がいいのかもしれない)は白い手袋をして、これまたきれいにライオン本来の手を、人間の手として偽装していた。そして、右手には何やら紙袋を持っていた。
「これですか。こちら、ようかんです。とらやのようかん。せっかく立ち寄りますのでお土産を持ってきた方がいいかと思いまして。味は言うこともなく絶品です」
ライオンは弾んだ口調で昌子にその紙袋の中身を紹介する。
「それに、ライオンがとらやっていうチョイスがなかなかに抜群でしょう?」
そういうとライオンは一人でくすくすと笑い始めた。昌子は何が面白いのかわからなかった。
そういえば、とネクタイも虎の刺繍が施されていたことを思い出す。どうやらこのライオンはライオンが虎と混同することが面白いらしい。
昌子は笑うライオンをリビングまで招き入れる。
「素敵なリビングです」
ライオンはリビングを見ながら言った。彼はそこににある一つ一つの家具を記憶に焼き付けるように熱心に観察していた。
昌子はなるべく他のお客さんと同じようにライオンを扱ってみることにした。ライオンに椅子に座らせてお茶の用意を始める。ライオンに何を飲むのか尋ねてみる。ライオンは昌子と同じものでいいといった。
昌子は沸かし途中だったお湯を再び温める。
昌子はライオンの事を「ライオンさん」と呼んでいた。そのことについてライオンがある提案をした。
「ぜひとも私のことは「レオ」とお呼びください。レオ、普段呼ばれている名前でございます」
ライオンは人差し指をたてながら言う。
ライオンだからレオ。昌子はその安直さに噴き出してしまう。
その間にお湯が沸いた。昌子は緑茶を湯飲みに入れてレオのところまで持っていく。そしてそのままレオの向かい側に座る。二人は顔を見合わせながら一杯お茶を飲んだ。
「実にいいお茶です」
レオは両手で湯飲みを持ちながらお茶を味わっている。特売品で買ったお茶でここまで感動されたのは昌子にとって初めての事だった。
「猫舌ではないのですね」
「熱いものが大丈夫、ということでしょうか。残念ながら世の希望に反して私は猫舌ではございません。必要とあれば熱湯のお湯でもたやすく飲むことが可能でございます」
そういってライオンはさらに一口お茶を飲む。同じ温度でありながら、昌子が冷ましながら飲むお茶を、平然と飲むレオの姿を昌子は不思議に眺めていた。
「レオさんはどこから来たのですか?」
昌子はレオに質問を投げかけてみる。
「動物園です。この近くにある入場料800円のあそこです。私はそこで生まれ育ちました」
レオは質問に答えながら、持ってきた紙袋から、ようかんを取り出した。
手袋をつけたまま、綺麗に包装紙を取っていく。そして、出てきたようかんを、爪楊枝で一口大に切り分けていく。レオはこの細かい動作を難なくこなしていた。
「ライオンの特技は狩りをすることだと一般的には思われていますが、実はこういった器用なことが得意な種類もいるのです。特に、私のように動物園を住みかとしたものに多いですね」
レオはようかんを切り分けながら話す。そして、綺麗に四等分にされたようかんを、昌子に差し出した。昌子はそれには手を付けなかった。その代わりとして、自分で入れたお茶を一口飲んだ。
彼女のそんな様子にはお構いなし、といった様子でレオはようかん食べながら話す。
「動物園の生活をしていると、本来持たないような特性を持ってしまうことが多いのです。与えられたエサのグラム数がわかるようになる者、狸寝入りが上手になる者、私のように人間の言葉を話せるようになるものなど多彩なのです」
「それで、レオさんもそのしゃべり方に?」
昌子は相変わらずようかんには手を付けないままレオに質問をする。
「そうです。私の飼育員がこのようなしゃべり方をする方でしたので、しゃべり方はその人の真似で言葉を覚えました。とてもやさしい方で、名前は確かサトオさんだったと思います。漢字? と呼ばれるものは疎いのですが、そのように呼ばれていました」
「サトウ、さんですね。きっと」
昌子はレオの言葉に補足を加える。
レオの湯飲みが空になったのを見て、急須の残りのお茶を彼に注いだ。
「ああ!そうでございます。さすがは昌子さん。ありがとうございます。これで大事な方の名前をしっかりと覚えることができました」
レオは教わった名前を何度も口で反復しながら体になじませようとしていた。
昌子は彼の緩んだ顔を見ながら、いつの間にか彼と一緒にいる感覚が自然になってきていることに気が付いた。
昌子にとって彼は本来「謎の訪問者」なのである。それも、昌子の意志に反して家の中に入り込んできている。
「あの、レオさん。どうしてもお尋ねしたいことがあるのでけど……」昌子は、レオに最初からずっと気になっていたことを聞くことにした。昌子は一度息を整える。
「レオさんはどうして私のことを知っているのでしょうか?」
レオはその質問にすぐに答えなかった。時計の音が部屋の中に響く。
レオは、ようかんを食べていた手を止め、机の上で指を組んだ。そのまま表情を変えずに昌子のことを見つめる。昌子は彼と目を合わせることができなかった。そして、レオは先ほどよりも落ち着いた調子で言った。
「それは、昌子さん自身も覚えておられるはずなのですけど」
え、と昌子は聞き返す。
昌子は必死にこのライオンと自分との接点がないか頭を働かせてみる。しかし、どれだけ記憶をさかのぼらせても、彼女の中でレオと自分が一致する地点を探し出すことができなかった。
「思い出せないようですね。それでは……」
そこまで話すと、レオは急に口を止めた。そしてそのまま表情を硬くして立ち上がった。立ち上がりながらレオは何かのにおいをかいでいる。それまで昌子を見ていた瞳は、今は見えない何かを捉えようとしてあちこちに動かしていた。
「……来ます」
レオが静かに言った。
昌子は何が起こっているのかわからなかった。しかし、次の瞬間、家が揺れ出した。始めは小さい揺れがガタガタとなりだし、段階をつけてふり幅が大きくなっていく。
――地震だ。
おそらく震度5程度はある。机の上の湯飲みが倒れ、レオの湯飲みからはお茶が床にまで零れ落ちた。
昌子はとっさに椅子から立ち上がったが、そのまま床に膝から崩れ落ちてしまった。全身が震えてしまいその場から動けない。地震で揺れる部屋の中で痙攣する手を見つめることしかできなかった。
「大丈夫ですか、昌子さん」
レオが昌子の肩にそっと手を置く。昌子の肩に手袋越しのレオの体温が伝わる。
「ここにいると危険です。机の中へ」
レオは床にいる昌子を抱えて机の下に潜り込む。
昌子の体はまだ震えている。レオは昌子の体を抱きしめながら、大丈夫、大丈夫と唱え続けていた。
昌子の背後で何かが割れる音がした。ガラスなどではない、ゴンといった音が部屋の中に響く。その音を聞いて昌子の震えはさらに大きくなる。レオは腕の中で震えを感じながら昌子の耳をふさぐように、彼女の体に覆いかぶさる。
昌子の視界は真っ暗になった。
少しずつ意識が遠くなっていく。薄れゆく意識の中で、昌子は一つの記憶にたどり着こうとしていた。
――それは5年前の動物園に家族で行った時のこと。
記憶の中で、昌子はベビーカーを押しながら動物園の中を歩いていた。隣には荷物を抱えた旦那がいる。家族三人で来るプチお出かけ。三歳になったばかりの息子はベビーカーの中で安らかに寝息を立てていた。
動物園の中では高校生のカップルたちが穏やかな日差しの中であくびをしている動物たちを眺めていた。
「見て、ライオンもあくびしている」
昌子は旦那の服を引きながらライオンの檻の前で立ち止まる。
そこにいたライオンは昌子たちに体を向けながら、日の光を体に吸収させていた。耳をすませば鳥のさえずりが聞こえてくる午後の出来事。
そんな中で地震は起こった。
始めは小さな揺れだった。しかし、その揺れは一回の揺れごとに威力を増しながら園全体を揺らしていく。檻がギシギシ鳴りだし、いびつな音を園内に響かせ始める。
檻から離れるように、とのアナウンスが流れたが、昌子はそこから動くことができなかった。ベビーカーを握る手がこわばり、だんだんと過呼吸になっていく。ついには、ベビーカーの手すりをつかんだまま、座り込んでしまった。
ベビーカーの中では息子が泣き出した。旦那はとっさに荷物から手を離し、震える昌子を抱きしめた。旦那の腕の中で昌子はそっと目を閉じる。少しずつ呼吸が元に戻っていく。
揺れが止まった。危険がないかスタッフが確認するため指示に従うよう、アナウンスが伝える。
「ごめんなさい、わたし、怖くて……」
「大丈夫。謝ることなんてない」
まだ感覚が戻らない昌子を、旦那はなお抱きしめていた。旦那は昌子に微笑みかける。
「ありがとう。私、地震が起こると立っていられないの。もしかしたら私の存在全てをどこかに飲み込んでしまうような気がして。そうするともう、震えが収まらなくなる」
「昌子が悪い訳じゃない。それに、地震が来たら僕が守るから。今日みたいに」
「ありがとう。でも、あなたがいないときは?一人で家にいるとき、私どうしたらいいのだろう」
旦那はその質問には答えられなかった。旦那にもすべてを昌子から守ってやることはできない。そのことは昌子にもわかっていた。
その時、代わりに檻の中から鳴き声がした。昌子はとっさに檻の中に目をやる。ライオンは飼育員に連れられ、飼育舎の中に戻される所だった。しかし、そのライオンはの瞳には確かに昌子のことをみていた。
檻の外からでもその瞳に移る自分の姿を、昌子は確認することができた。旦那がどうかしたかと、と昌子に訊ねてきたが、昌子は答えることなくただ檻の中を見つめていた。
*****
昌子が目を覚ました時、すでに揺れを収まっていた。
彼女は一人で机の下で倒れていた。レオの姿はもうそこにはなかった。
昌子は机から出て、部屋の中を見渡してみる。時計の針は15時30分を指していた。揺れが起きてから10分ほど昌子は気を失っていたことになる。昌子一人のリビングはいつも通りがらんとしていた。
大きな揺れがあったはずなのに、いつも通りの部屋の姿のままだった。背後で聞こえたはずの割れた音の正体も見当たらない。机の上にあったはずの湯飲みとようかんも、姿を消していた。すべてはレオが来る前の状態にきれいに戻されていた。
まるで、彼が来た、という痕跡がすべて消し去られたかのように。
昌子はテレビをつけた。そして何か地震に関する情報がないかを確認しようとした。しかし、テレビでは別の話題で持ちきりになっていた。
「速報です。ただいま、横浜市内の動物園からライオンが逃走をしたという情報が入ってきました。現在、捜索が続いております。近隣の学校では下校の見送りを行っているということです。繰り返します……」
ニュースキャスターは、入って来た異常事態について的確にアナウンスをしている。横浜市内の動物園。
昌子はそれが近所の、入場料800円の動物園だということを確信した。
ニュースキャスターはライオンが逃げた原因に関して述べている。さっきの地震の影響で、ライオンの檻がゆがみ、そこからライオンが逃げだしたのではないかということだった。
昌子はそのニュースを見ながら、近くの椅子に座った。そして深く息を吸った。ほのかではあるが、彼女の服には先ほどまでいた訪問者のにおいが残っているように感じられた。
昌子のスマホが鳴った。旦那からだった。よく見るとスマホには、短時間にたくさんの着信通知が来ていた。昌子は電話に出る。
「もしもし」
「ああ、昌子。良かった、やっと出てくれた。大丈夫か?心配したんだぞ」旦那は昌子の声を聴いて、よかったと何度も繰り返し言っている。
「ごめん」
「まあ、昌子が無事だったのならそれでいいさ。それよりも大丈夫か?震えはもう収まったか?」
昌子は自分の手を確認してみる。もう震えはなかった。
「うん、大丈夫みたい」
「それならよかった。やっぱり地震は予測できないから怖いよ。すぐ近くにいてやれなくてごめんな」
旦那は電話越しに何度もそばに入れなかったことを悔いていた。その声が少しずつ昌子を現実に引き戻していく。
「私は大丈夫だったよ。……レオさんが守ってくれたから」
「レオさん?誰だよそれ」
「私の守護霊みたいなもの」
旦那はよく意味が理解できていなかったようだ。ただ、はあ、と声を出すのみであった。
「まあよくわからないけど、無事ならよかった。それから、ニュースで見たけど、ライオンが逃げたんだろ。絶対外に出るなよ」
分かってる、そう言って昌子は電話を切った。
テレビでは依然としてライオン逃亡に関するニュースが続いていた。檻がゆがんだ原因について多くの専門家が意見を述べていた。
地震の威力、動物園の施設の劣化などそれらしい意見を見な述べているが、誰もライオン地震が檻をこじ開けた、という意見を出す者はいなかった。
昌子のお腹が鳴った。ひどく体力を消耗していた自分に気づく。台所まで行って3時に食べようとしていたおやつを探す。
台所に行くと、包装紙を解かれ綺麗に4等分されたようかんが、まだ手を付けられずに残っていた。よく見ると流し場には、洗浄済みの湯飲みとお皿が置かれていた。昌子はそれを食器棚に戻す。
そして、リビングにようかんを持っていって一口食べてみた。ライオンが持ってきた、とらやのようかんは、すぐに昌子の口の中で溶けていってしまった。
もうすぐライオンは檻に戻っていく。誰にも捕まることなく、ずっとそこにいたかのように檻の中に入っていることだろう。
昌子は、そんな妄想を膨らませながら、二口目のようかんに手を付けた。
お読みくださりありがとうございます!
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