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一話目:知らない世界へキャストアウェイ。……ってなんですか一体。

ええ、不謹慎な妄想から生まれました。

どうかこんな感じで助かってて欲しいです。

 あぁ――、おなか、すいた。どうして、こんな。こんなに――苦しいの。


 西崎紗英の視界は、暗く濁ったままずっと動かない。太陽の熱は、弱々しくも感じている。しかし、目が――おかしい。何もかも、おかしい。今は昼間なのか夜中なのか、それさえ分からない。薄くボンヤリと、記憶が流れていくばかり。

 数日前なのか数時間前なのか、それも分からない。でも、楽しい筈だった。両親と弟と、四人で出掛けた山遊び。お弁当を食べて、弟を連れて川辺で遊んで、そして――そして――。

「あー……あ、ぁー……?」

 分からない。声が、出てこない。切れ切れの記憶の合間にあるのは、岩と森と、溢れる水の流れ。そこでようやく、幼い頭は結論を出す。遭難という言葉は知らない、だが感覚が分かる。自分は、取り返しの付かない状態にあるというのが、わかってしまう。

 手足は冷たく、心臓の鼓動だけが耳障りな程高い。指一本うごかすのも面倒な程身体は萎えきり、風さえ痛みを運んでくる。聞こえる音は歪み、詰まり、見えるのは灰色の濁った光だけ。これは、最悪の状況。死ぬ、という事。知識ではなく本能が、心がそれを受け入れてしまっている。もう防ぐ手だては何処にも無いのだと。認めてしまえば、苦しまなくて済むのだと。


 しんだら、どうなるのかな。おじいちゃんがいるところに、いくのかな。

 

 もう、これ以上何も考えられない。考えたくもない。幼い心は既に限界を迎え、意識が飛べばそこで全てが終わる。二度と目が覚めないまま、その生命はゆっくりと失われるだろう。そして数日もすれば発見され、家族は泣き叫び各種メディアが一週間ほど取り上げ、そして少しずつ少しずつありふれた悲劇として忘れさられる。そんな良くある事故として終わりとなる筈だった西崎紗英の人生は、しかし――()()()()()()()()()()()()()()()()。ある意味では、それは更なる悲劇だろうしまたある意味では救いかもしれない。また別のある意味では、逆にありきたりと呼ばれるかもしれないのだが――。


「……何してるんですか、こんな所で」

 身体を揺さぶる振動と、呆れるような声が紗英の意識を引き戻した。ハッと、瞳に感じる色彩に気付く。手足に血の熱さを感じる。痛みは、いつしか消えていた。だが、違和感は残っている。全身の感覚があちこちとおかしい。のろのろと上体を起こすと、普段感じたことのない重さが襲ってくる。

「姐さん、何ボケボケしてるんです? 顔でも洗ってきて下さいよ」

「あ、あぁー……う…ん?」

 指差された先にある川辺を見ながら、どうにも変な感じがする。今自分に言った相手は、一体誰なのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。振り替えって顔を見たいが、それより先に言われた事をしなければいけない気がする。そんな小さな事より顔を洗おう、と思ってしまう。そもそも川で顔を洗うものだろうか、何か違う気もする。

 不思議な感覚のまま水に触れ、その冷たさと共に――気付く。透き通った鏡のような水面。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 長い長い、金色の髪。青く輝く瞳。整った鼻筋。あちこちに残る浅い傷痕。……どれ一つとっても今まで一瞬たりとも持った事がないのに、何故かこれら全てが「自分の顔」だと疑いようも無く受け入れてしまう。まさか、と身体をまさぐるとやはり。やはり、手のひらに全く収まらない胸、鍛え上げた腹筋。下着の中に感じる不思議な感覚。どう考えてもこれは、子供の身体ではない。大人だ。どう考えても大人の身体をしている。まだ6歳だった紗英にとって、有り得ないほど発育した身体。しかしこの身体が自分以外の物だとは思えない。

「姐さーん、昼寝し過ぎてボケたんスかー? 私先に街戻るんで、遅れないで下さいよー」

「あ、あぁー……うん、じゃぁー」

 街。遅れないで。姐さん。どういうことか、と考えようとすると――。


 あ、そうだ、私は…知っている。


 知らない筈の記憶、経験していない筈の体験が脳の奥から浮上してきた。見たことがない見知った顔、記憶に無い思い出、見覚えのない懐かしい故郷。その他諸々、他人の記憶を無理やり注ぎ込まれたように何かが脳内を暴れまわる。その一方で、「西崎紗英」という人間の記憶もまた失われない。家族の顔も、近所の家々も、何もかもそのまま残っている。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今言ったのは騎士団の後輩で、夜に人と会う約束をしていて。まだまだ時間もあるから、ちょっと昼寝をしていて――。全てが全て、辻褄が合う。合ってしまう。

 ただ、やはりどうにも紗英にとってその記憶は信じがたい。と言うか、現実味が無さすぎる。嘘ではないと思ってしまうのが、逆に嘘臭い。だって、それが真実ならば。ここは、紗英がいた世界ではないということになる。剣と魔法のファンタジー世界に、来てしまったということになる。そんなの、

「……アニメじゃないんだから……」

 ぽつりと漏れたその声は、紗英が知らない「大人」な声だった。

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