浸らぬ坩堝
夜が明けた。
コルテスは私の隣で寝ている。
私はヘビやトカゲ等の爬虫類は気持ち悪いと長年思っていたが、悪魔になった影響もあってコルテスはとても可愛く見える。
誰かがドアをノックする。
「眠りのエンジェルが起きたわよ」
ブーケさんか、この人も顔と胴の上側以外爬虫類だったな。
「んん…オレは夜行性っての忘れてた」
コルテスは半分寝ぼけている。
部屋に向かうと少々髪が乱れた天使が白い眼差しで外を眺めていた。
「ほーらエンジェルちゃん。この人とトカゲちゃんがあなたを助けてくれたのよ」
天使はこちらを見るやいなや
「おーすげぇ!本物の悪魔だ!」
天使は私にいきなり抱き着いてきた。
結構力が強い…。
「ちょ、ちょっと。まだ安静にしてないと!」
「サタン様?それともルシフェル様?私はこの身を捧げ、あなたに従います!」
そんな訳無かろう。一昨日までただの病人だぞ。
「とても天使とは思えない発言ね」
「うわー!トカゲの悪魔だ!トカゲは大好き!よく儀式に使ってたもの!」
今度はコルテスを強く抱きしめる。
「お兄さん助けて。ブーケさんに抱きしめられた時はやわらかいのにこの天使さん肋骨が当たって痛い!」
「はいそこまで、エンジェルちゃんベッドインよ」
ようやく天使は落ち着く。
「残念だけど、私は無名の悪魔だ。君のことについて教えてもらいたい」
「あたい、自然死したカエルを生贄に儀式をしてたら、急に視界が悪くなってきて、気がついたら変なおっさんの声がして意味不明なこと呟き始めて空から落とされたの。こんな真っ白な姿、屈辱よ。」
何ということだ。私と真逆じゃないか。
「すまない。コルテス、ブーケさん。一旦退室してもらいたい」
「あら、恋の始まりかしら?トカゲちゃん行きましょ」
パタン
「信じてもらえないかもしれないが、私はこの前まで聖職者で病に倒れた後、ある場所に飛ばされ、この姿に変えられた。そう、君と対極なんだよ」
天使は目を大きく開ける。
「嘘…。じゃああたい達、敵なの?」
「いや、多分、どちらでもない。」
「もし不都合でなかったら、私と一緒に行動しないか?」
「別にいいけど…」
「私は、空から落ちてきた時から一昨日までの記憶がものすごい早さで消えて、名前すら忘れそうになっている。すでに苗字を忘れた」
「あたいもそう。飼い犬の種類と色まで思い出せない。自分の名前も」
まずい。今この瞬間でも次々に記憶が消し飛ぶ。
「名前を決めないか?幸い、こっちに来てからの記憶はほとんど残るみたいだし」
「急に言われても…」
「ヒドラ、ミミィ。私の死んだ息子と娘の名前…。嫌…かな?」
ブーケさんか。ヘビ型の悪魔だからか、気配に気づかなかった。
「ごめんね。お茶持ってきたのよ」
とてもいい香りのお茶だ。気の逸りを抑えてくれる。
「あなた達くらいの年だったわね、とてもいい子達だった。でも、やんちゃ過ぎたのかしら。自ら兵士を志願して毎日毎日、天使や魔物と終わりの見えない闘いをして、疲れ果てて亡くなった」
「いいでしょう。私はその名前にします。」
「あたいもそうする」
「私も馬鹿ね。何暗い話をしてるんだか」
彼女は深く溜息を吐く。
「いえ、気にしないでください」
外が騒がしい気が。
ガン!ガラッ!
コルテスが窓から飛び出してきた!
「大変だよ!暴走した家畜がこっちに向かってくる!」