揺蕩う指紋
「なにやら思い詰めた顔をしていたな」
「あの二人は若すぎますので、バロウはんにだけお話しします。実はうち、人を殺めたことがあるんよ」
「こっちに来てからか?」
「その前どす。さっきは、斬るのが楽しくてしょうがないと仰いましたが、人を殺した時の記憶を思い出すと急に怖なって、段々剣を握るのを躊躇ってきたんどす」
「天使化し始めてるな。」
「でも、峰撃ちは得意なんよ。」
「バロウはんは好きな人がおりますか?」
「いいや」
「うちが殺したのは許婚なんよ」
「ほぉ、どうして」
「他に好きな人がおったからです。その人、お金も無いし頭も良くなくて、けど、一緒にいて楽しかった。小さなことでも一生懸命に頑張って、真っ直ぐ過ぎるその姿に惚れ込んだんどす。親から束縛されて憂欝になっていたうちの最後の希望。君はここにいてはいけない。一緒に遠くへ行こうとまで言ってくれはりました」
「ロマンチックだね~。家族や許婚が黙っちゃいなかったろ」
「そのことがばれまして、許婚とその友達に殺されました。うちの面前で」
「……辛いな」
「血まみれになってる彼を見て、下を見たら墓で眠ってるはずの蝦紫がうちの膝元に…。後は誰もが想像できますゆえ」
「そうか…大体分かった。しかしあれだ、4人とも共通点が見つからない。俺は昼寝中、ヒドラは病死、ミミィは儀式、あんたは人を斬った後、何故こんな世界に逆の存在として転生させられたのか」
「おつむの弱いうちには分かりまへんなぁ」
「あ、そうだ。その変な訛り口調、どうにかならんか?気になってしょうがねぇ」
「分かりました」
「切り替え早ぇな」
「…嫌じゃないんですか?」
「何が?」
「うちは人を殺してるんです。理由はあれど薄汚れた女。どうして簡単に受け入れられるの?」
「んなもん正当防衛だろ。それより今は与えられた命と向き合って精一杯生きるんだ」
ガチャッ
「うわー広い。天井まで本がある」
私とミミィも合流した。
「お待たせしました。私達も手伝います」
「お疲れ様です。さぁ手がかりを探しましょう」
「青鮫さんが普通の喋り方になってる!」
「バロウさんが口調変えろと言ったので」
「どうだった?能力は分かったか。」
「私が絶風でミミィが毒光です。当たりの能力だと言っていましたが」
「名前からして強そうだ。」
「今更なんだけど、この部屋にある本全部読むの?」
「あまり上を見ない方がいいな…」
……………
半日費やしたか。山の様な本達を調べてもあの二つの名を見つけることは出来なかった。
「結局手がかりも分からないし疲れ果てたわ」
「俺はもう飛べないよ。ヒドラ、肩借りるね」
コルテスは大分お疲れの様だ。肩に止まりすやすやと眠りについた。
「皆さん今日はどうします?」
「どこかに泊った方がいいですね。就寝しなくては」
「俺は眠くねぇぞ」
「バロウさん半分くらい寝てましたよね?」
ガチャッ!
『ギィヴルルググ!ガュルル』
不定形の白い生き物が何かを訴えてる。
「ああ、こりゃ早く出てけってことだな」
この世界の図書館の管理者は奇怪な生物しかいないのか?
図書館を出たらすでに外は真っ暗だった。悪魔であるおかげか闇夜でもある程度は視認出来るが、あまり遠くは見えない。町の中心部に向かうため皆で森の中を飛んで移動した。
「そういえばバロウさん。どうして青鮫さんが同じ境遇の人って分かったのですか?」
「匂いだ。お前もミミィも青鮫も、嗅いだことある匂いだった」
暫く飛んでいると、人影が見えてきた。まだ町の中心部まで距離があるはず…。
「待つんだ!」
野太く低い声。私達が地に降り立つと十人程の天使と悪魔がいた。
「俺達に何か用か?」
「神の情報を探し回っているな?」
「もしや知ってるのですか?教えてください!」
「ヒドラさん、多分聞いても無駄ですよ。戦闘態勢です」
「突然で申し訳ないが貴公等はここで召されて貰う。抵抗しなければ安らかな死を与える。大人しくしてくれ」
天使も悪魔もやる気だ。
「一人で二人を相手にしなきゃな。面倒臭ぇ」
コルテスが寝ているので二人か三人だ。
「全部おじさんがやってよ」
ガシッ!
「て、つ、だ、え」
「私も能力を使うのに慣れないと、加勢します」
バロウは四つん這いになり狙いを定める。
ダッ
「吹っ飛べぇ!」
バギンッ!!!!
「ぐぉああああぁ!!」
バロウがもの凄いスピードで突撃し早速三人の悪魔を蹴散らした。あまりの衝撃に周りが土煙に覆われる。
「クソッ!仲間をよくも!」
「愚かな、我らを退いても後悔することになる。今からでも遅くない。報復しろ!」
引く訳にはいかない。私は真実を知りたいんだ!
「死ねっ!悪魔めっ!」
「くっ!」
私は天使の刺突を避け、空高く飛んだ。
「うおおおおぉ!」
翼が大きく唸りを上げ、突風を巻き起こした。
ビュウウウウ!!
風の範囲内にいた天使と悪魔は苦しみだす。
「っ!息が出来ない!!」
「あああぁぁ!頭が割れるっ!」
「…おぇえぇ!……」
強すぎたか?このままでは殺してしまいそうだ。翼を制止させ地面に降りた。
タタタタッ
「女だからといって、容赦はしない!」
天使達が槍を構え、青鮫に近づいてゆく。
「うちも頑張らないと」
青鮫は剣を納めたまま瞳を閉じ深呼吸をする。
「……?諦めたか。心臓を狙え」
スッ
天使の槍先には何も無い。
ズバァッ
「峰撃ち…ですよね?」
蝦紫で腹部を裂き、天使達はその場に倒れた。
「わー!私まだ能力使えないんだってー!!」
「おらぁ!ちょこまか動くな!」
「なんて素早い小娘だ」
ミミィはなんだかんだで敵を翻弄している。
「ハハハ!おい見ろよ!あいつの避け方面白ぇぞ」
「見てないで助けてよ!」
「下着くれたら助けてやるよ」
「悪魔か!」
「そうだけど?」
「あーもう」
ぼかっ!
両腕が天使と悪魔に命中。最初に出会った時のように、素手で相手を倒した。
「どうしてあたいがこんな目に」
「さて、事情聴取だ!おいお前!」
グキッ
「あっ」
「バロウさん、ちょっと休んでてください…」
バロウの怪力と恐ろしい形相。このままだと全員殺しかねない。
「うちが聞いてみます」
グサッ
悪魔の首のすぐ横に剣を刺す。
「殿方ぁ~?どうしてうちらを狙ったのかしら?」
「……言えない」
剣は徐々に傾く。
「待て、俺が話す」
一番軽傷の天使が立ち上がる。青鮫は剣を仕舞う。
「俺達は…ガイアリエトゥスの使者だ。秘密の神を知っている者を探し出し、排除することが目的だ」
「ガイアリエトゥス?」
「ここからずっと東にある天使と悪魔の国だ。」
国だって?国ともなると相当調べ応えがありそうだ。と言っても敵の数も多いか。
「お前ら、ちょっと弱すぎないか?殺しに来たってのに凶器も能力も使ってない奴にさえ負けやがって」
「我々は最下級の兵隊だ。一応能力はあるが何の役にも立ちはしない。」
「んー舐められてるのか。とりあえず俺達はもう行くぜ」
「待て。一つ忠告させてくれ。これ以上は詮索しない方がいい。知っても不利益を得る物事は沢山ある。特に秘密の神に関しては名前を知った時点で殺された者もいる。その強さなら何処へ行っても食うのには困らないが次に会う敵は我々とは比べ物にならない」
「ありがとうございます。無論貴方が正しいのでしょけれども私達は余程大きな壁にぶつからない限り知ることを諦めないでしょう」
「そうか…俺の仲間は皆死んではいないようだ。俺達を殺さないでくれてありがとう」
さっきの私やバロウさんの攻撃でも絶命してないのか。安心した。よく見ると全員よろめきながらも起き上がり出した。
「さあ行ってくれ。ここにいると無益な戦いが増えるだけだ」
「ごめんなさい。いつもより深く斬っちゃったみたいで」
「いいから早く」
私達はその場を後にした。数分飛んで町の中心に来る。街灯が設置されているが光がとても弱弱しい。なんだか寂しい光景だ。
「今更だが泊る所はあるのか?」
「ありますよ。バロウさんの後ろに」
随分錆びれた宿だが外は異様に寒い。野宿よりましだ。
「おいてめぇ、一泊したいんだが」
「泊るのはいいがベッドは3つしか空いてないけど…」
ベッドは比較的小さく、大人がギリギリ体を伸ばせるくらいの長さしかなかった。
「そうか、じゃあヒドラはミミィと一緒に寝ろ」
「え、何でそうなるんですか?」
「おじさんは床で寝てよ」
「ここは公平にじゃんけんをしましょう」
じゃけんぽんっ!
………
「何となく分かってたよ」
バロウは宿を出てしまった。ちょっと可哀想だな。
「じゃあもうあたい寝るね。おやすみー」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
長時間飛行して余程疲れが溜まっていたのか目を閉じて間もなく眠りに付いた。
「ねぇヒドラさん」
「何でしょう」
「まだ、突然の出来事ばかりで頭の整理が出来てないけど、これはこれで楽しいですね。」
「はい。私もこちらに来たから驚かされるばかりで」
「ヒドラさんは面白いですね。悪魔なのにバロウさんと違って気品があって言葉も丁寧」
「コルテスにもそう言われました。でも孰れ私もバロウさんみたいに豹変してくのでしょうか?」
「見つかるといいですね。天使になる方法」
全く別の自分になる。私はそれを自分とは思いたくない。私の第一目標は、悪魔になるのを阻止すること、それには二つの神に関係する何かが必要だろう。秘密の神を追求するのをよく思ってない連中もいて、この先何回も戦うことになるだろう。しかし、今の所私以外はこの状況をそこまで嫌悪していない。想像を超える強敵が現れ危険になったら私一人で行動した方がいいだろう。私の我儘で傷つける訳にはいかない。
「もう寝ますか」
「そうですね」
コルテスを抱き抱え、眠った。脅威が迫っているとも知らずに。
…数時間後…
「あれ?ここは…」
コルテスが深夜に起きたようだ。そして、何かに気付く。窓の向こうから木の上で二人の少女がコルテス達を眺めていた。二人共悪魔であることは色で判断出来たが、顔はよく見えない。微かに喋り声がする。聴覚に全てを集中させた。
「お姉ちゃん。やっぱり下級戦士って全然使えないね」
「私達なんて見ただけで相手を殺せるのにね」
明らかに敵だ。早く皆に知らせなきゃ。だが、体に異変が生じているのに気付いた。
「おかしい。体が固まって動かない…金縛り?」
少女が屈むと目隠しのような布を取り、コルテスを直視した。
「まずい!目が合った!体がかたっ…やっぱりそうか…意識が…」
一瞬のうちにコルテスは石になった。
「よーし成功」
「お姉ちゃん。まだペッ」
ドシャアァ!!
少女二人は地面に叩きつけられた。
「痛ったぁー!何なのこいつ!」
「重い…」
少女二人と共に落下してきたのはバロウだった。
「あ!こいつも処罰対象の奴じゃん!何でここで寝てるの!オリビア!起こすわよ!」
「うん!」
二人はバロウの目を思いっきり抉じ開けようとした!
「お姉ちゃん…全然開かないよ…」
「流石に蹴りまくったら起きるでしょ」
今度はバロウを蹴り始める。姉は顔面を集中砲火、妹は男の急所を執拗に狙う。しかし、バロウは一向に起きない。
「なんで起きないのよ!」
「もうこっちが痛くなってきた…」
「おいごらぁ!!駄目だっつってんだろ!!」
「!!!」
姉妹の背筋が凍り付く。
「…………すー。すー」
「…寝言?」
「出禁だって?上等だ!今度会ったらてめぇの顔面から白を無くしてやるぜ!」
「「うるさー!!」」
あまりの騒音に周囲の家から何人か天使と悪魔が出てきた。
「もう最悪!一旦逃げるよ」
「うん」
慌てて姉妹は飛び去って行った。
「誰だこいつ?夜中に大声出しやがって」
「町の外に置いてこよう」